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番外編 (頼れる)先輩の恋愛相談

『今日お邪魔してもいいですか?時間は取らせませんので』

『せっかくだし夜来いよ。飲もう』

『わかりました。19時くらいでいいですか?』

『それでいいよ。酒は適当に用意しとく』

『ありがとうございます。こっちでも何か買って行きます』


 成島航一が二部屋隣に住む後輩とこんなやりとりをしたのは、7月の第2土曜日の昼前の事だった。

 航一にはその後輩、牧村の用件も大体察しがついている。

 つい先程、恋人の志保から確定の情報を得たばかりだが、牧村とは一緒に花火大会に行く事になっている。正確には航一と志保、牧村に加え、志保の親友の君岡美園の4人で会場まで向かう。

 志保から「美園達は初めてだと思うから、一緒に行っちゃダメかな?」と尋ねられてから、凡そ1ヵ月が経った。当初は快諾した航一も、実はその事を忘れかけていた。


(それにしてもあのマッキーが、女の子と花火大会ねえ)


 航一から見た牧村は、決して女性にとって条件の悪い男ではない。むしろあれは高性能な男と言える。しかし問題は彼の性格にある。

 問題と言っても、性格が悪い訳ではなく、航一から見てむしろいい奴であると言える。だが異性に対し――同性に対してもそうだが、異性に対してはより顕著に――まるで積極性が無い。

 話してみれば恋人を欲していない訳でも無く、性欲が無い訳でも無い。ただ何となく、女性にトラウマがある訳でも無く、話しかけるのが苦手なだけなのだ。

 そんな牧村が女の子と花火大会に行く、というのは航一からしたら、いや牧村を知る文実の人間であれば皆、誘われた結果によるものだと知っても「あのマッキーがねえ」と、同じ事を思うだろう。



「それじゃ乾杯」

「乾杯」


 来訪早々に本題に入ろうとした牧村を「まあ飲みながら話そう」と制し、航一は後輩のグラスにビールを注いだ。そうすればこの律儀な男が、同じ事を返してくれるのはわかりきっていた。


「それで本題ですけど」

「早速だな。花火の件だろ?」

「志保から聞いてましたか。そうです。当日はよろしくお願いします」

「任せろよ。その代わり会場ではちゃんとエスコートしてやれよ」

「はい」


 佇まいを正して頭を下げる牧村に、航一は笑って応じた。


「で、どうなの?」


 牧村が早々に本題を切り出したので、航一もさっさとその――文実伝統の恋バナ――カードを切る事にすると、テーブルを挟んだ後輩は嫌そうな顔でグラスのビールを呷った。


「好きですよ」


 空になったグラスを、コトリとテーブルの上に置き、真面目な顔の牧村は一言、そう言った。

 誰を、などと聞くまでも無い。


「そうか」


 空になったグラスに注ごうとビンを持つと、牧村は「ありがとうございます」とグラスを傾けた。

 航一としては、牧村がこうもあっさりと――内心複雑なものはあったのかもしれないにせよ――自らの心中を告白した事は、意外も意外だった。


 以前志保から「美園は牧村のお気に入り」という事を聞いたのが、5月連休が明けて1週間程度の頃だったので、約2ヶ月前の話になる。

 志保から聞いた話と、今回一緒に花火大会に行く事を合わせて、そこからの進展を考えるならば、まず牧村の側も美園に対し好意を持っているだろうと思っていた。


 恋バナのカードを切って、認めたがらないであろう牧村を少しからかいつつ、自分の気持ちに正直になってもらおうと、航一はそう考えていた。

 だがそんな事をするまでも無く、牧村は正直に美園に対する好意を告白した。茶化す気など一切が失せた。


「これ言うの成さんが初めてなんで、誰にも言わないでくださいよ。特に志保には」

「信用無いな」


 苦笑する航一だが、実は志保にだけは言おうと思っていた。美園が牧村に好意を向けている事は知っていたので、両想いだと言うのなら、志保と協力してさっさとくっつけてしまおうと考えた。


「そういう訳じゃないですけど、本人に知られたら困るんで。万が一にも」

「どうしてだよ?告白しないのか?」

「今したってフラれるだけじゃないですか。向うは僕に恋愛感情無いんですよ?」

「意外と可能性あるんじゃないか?」


 流石に「美園もお前の事好きだってよ」と直接バラす事は出来ないが、このくらいの援護射撃は許されるだろう。何より、事前知識を排して客観的に見ても、可能性はかなり高く見えるはずだ。

 特別な感情の無い相手を花火大会に誘わないだろうし、相手の家に行って食事を作らないだろうし、自分の家に招いて食事を作らないだろう。全部合わされば尚更だ。


「無いですよ。仲がいいとは思いますけど、先輩としか思われてませんし」

「そうかぁ?」

「そうですよ」


 航一から見て、牧村は自己評価を正当にするタイプだ。自己を卑下したりしないし、得意分野の学業成績に関しては割と自信を持っていたはずだ。

 その牧村がこうまで頑なだという事は、恐らく評価基準に大きなズレがある。航一はそう判断した。


「何でそう思うんだ?」


 そう聞いてみてわかったが、最初から高かった美園の好感度が、逆にそれがニュートラルであると牧村を勘違いさせている。

 加えて文実の男女間の距離の近さが、こういうのも普通だと思わせる原因になってしまったようだ。


「なるほどな」


 この誤解を解くのは非常に簡単だが、他人の気持ちを勝手に伝える訳にはいかない。


「でも付き合いたいんだろ?」

「はい」

「よし」


 ならば攻め方を変えようと質問した航一に、牧村はしっかりと頷いた。

 牧村と美園は、お互いがお互いを好きなくせに、相手は自分に恋愛感情が無いと考えるめんどくさい関係ではあるが、互いに相手との距離を近付けたいと思っているはずだ。


「花火大会はチャンスだぞ。手くらい握れ」

「付き合ってもいないのにそんな事出来ませんよ」

「エスコートすると思えばいけるだろ。会場は人が滅茶苦茶多いしな。はぐれないようにって口実もある」

「それで嫌そうな顔されたらその場で半泣きになる自信があります」


 堂々と情けない事をいう牧村に呆れる航一だが、このくらいで諦めるつもりはない。


「じゃあ俺と志保が手を繋いで、『お前らもはぐれないように手繋いどけよ』って言ってやろうか?」

「それは絶対にダメです」

「どうしてだ?」

「そういう、美園が断りにくい状況作って無理強いしたくありません」

「そうか、悪かったな」

「いえ、こちらこそ、せっかくの提案をすみません」


 少し気まずそうに言う牧村だが、こういう事こそ堂々と発言してもらいたいものだ。


「まあ俺と志保は普通に手を繋ぐから、そこは覚悟しとけよ?」

「そうだろうとは思ってましたから」


 苦笑する牧村は、航一のグラスに気付いてビンを持った。「さんきゅ」とグラスを傾けた航一に、後輩は尋ねた。


「会場ってどのくらい混みますか?」

「招待企画やってる時の1ステの前くらいの混雑が、河川敷数キロに及ぶくらいだな」

「芸能人来てる時と同じくらいですか……」

「ああ、だから――」


 それを聞いて驚く後輩に、航一はニヤリと笑いかけた。


「手も繋がないでエスコートするのは大変だろうな」

「頑張ります……」


 あまりしつこくするつもりも無いが、たまに発破をかけるくらいなら構わないだろう。

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