帰ってからも
しばらく続いていたお仕置きが終わり、美園が僕の鎖骨の辺りから唇を離した。抱擁は交わしたまま、すぐ近くにある満足げな笑顔に少しだけの羞恥の色が混じり、上目遣いの視線と相まって大変可愛らしい。
美園はそのまま少し顔を持ち上げて僕の頬にキスをし、「お仕置きは終わりです」とはにかみ、腕の中で器用に反転してみせた。
「くっつけるのは嬉しいけど、せっかく広いのに窮屈じゃない?」
と言いつつも背中を預けてくれた美園を離そうとしないのだから、我が事ながら説得力はゼロである。
美園も美園でそんな僕の腕にそっと触れ、ふふっと笑った。
「広いお風呂は大浴場で楽しみました。今はせっかく一緒なんですから、こうしていたいです」
「うん、ありがとう」
礼を言いつつそれでは遠慮なくといつも部屋でしているように美園をぎゅっと抱きしめると、「それに」と彼女が振り返り、いたずらっぽい笑みを浮かべた。
「向こうのお部屋に戻ったら、このくらいくっつかないと一緒に入れませんよ?」
「……入ってくれるって事?」
思わず反応が遅れたが、何とか聞き返す。多分間の抜けた顔をしていただろう。
「たまにでしたら」
「……了解。楽しみにしてる」
「はい。私も楽しみにしておきます」
そう言ってはにかみ、美園はそのまま前を向いてこちらへと体を少し倒す。元々軽い彼女の体重が浮力で低減されて少し物足りず、その分を抱きしめる事で補うと、腕の中の美園も更に体を預けた。
普段ならこうやって抱きしめながら髪を撫でるところなのだが、湯船に浸かって濡れた手でそれは出来ない。どうしたものかと考えていると、美園が少し体を前に倒した。正確に言うのであれば肩から上を僅かに、背中はぴったりと僕とくっつけたまま。つまりは、そういう事だろう。
美園の頭が離れて行った結果目に入るのは左側で作られたシニヨン。露わになった右側のうなじ。平時は雪のようなその場所は今、ほんのりと温かな色をしている。
そっと触れてみると美園がほんの僅かに肩を竦めたが、それでも彼女は何の文句も言わず、元の姿勢に戻る。。
また後でおしおきしてもらうと決めて抱きしめる力を少し緩め、そっと美園の首筋に唇で触れた。
分かっていたからなのか、美園はぴくりと小さく肩を震わせただけで他には反応を示さない。しかし僅かな前傾姿勢も崩さない。つまりもっと、という事なのだろう。
「くすぐったくない?」
両者の利害が完全一致を見せたため、二度目三度目四度目と片手の指を超えて両手の指でようやく数えられるくらいのキスを繰り返す間、美園は何度か吐息を漏らした。
「ちょっとだけくすぐったいです」
「やめた方がいい?」
顔は見えないが、声には楽しげな響きがあった。だから質問は形だけ、返事を待たずにもう一度美園のうなじに口付けを落とす。
「もう」と、少しだけの呆れを含んだような、やはり楽しげな声が聞こえた。
「もっと、強くしてもいいですよ?」
そんな中で美園が振り返り、はにかみながらほんの少し首を傾げてみせた。行為によるものか、それとも彼女が感じる羞恥故か、温泉で温まっただけと言うよりは少し頬の朱色が濃い。
「……跡残るよ?」
「構いませんよ」
所謂キスマーク。美園の普段の髪型ならば誰かに見られる事も無い。だが――
「ダメ」
「どうしてですか?」
不満の色は無く、可愛らしい顔に浮かんだのは驚き。元々大きくつぶらな瞳を更にもう少し丸くして、美園は不思議そうに首を傾げた。
「だってそれ内出血だし」
「あ……」
「僕が美園にする事は絶対無いよ」
美園本人が望んだとしても絶対に。彼女の肌に跡を残す事すらご免だというのに、それが内出血となれば尚更だ。
そう告げると、美園は一度目を伏せ、えへへと頬を緩めながら僕に上目遣いの視線を送る。
「一度してもらいたかったですけど、どうでもよくなるくらい嬉しいです」
湯船の中で器用にくるりと反転した美園がそのまま智貴へと抱き着き、僕もそんな彼女を抱きとめ、キスマークの分もとやはりここでも少し強めに抱きしめた。
「ああ、でも。美園が僕につける分にはアリだと思う」
「今の流れで出来る訳無いじゃないですか」
「まあそうだよね」
「もうっ」
抱擁を交わしたまま、美園が僕の背中をぺちんと軽く叩き、もう一度「もう」と口にして笑い、優しい笑みとともに智唇を奪う。
「代わりに何かしてほしい事ある?」
「考えておきますので、覚悟しておいてください」
「了解。楽しみにしてる」
そう言って今度は僕から美園へとキスをし、二人で笑顔を向け合った。