快適で辛いドライブ
「これだけ運転出来るなら合宿のドライバー立候補してもよかったかもね」
ほぼ一定の速度とそれなりに広い車間距離を保ちつつ、握ったハンドルを時折ほんの僅かに調整する様子を見せる美園。基本的に視線はずっと前ではあるが、都度バックミラーやスピードメーターにも注意を払っていた。
一般道でも思った事ではあるけど、やはり美園らしい丁寧な運転だなと感じる。は彼女の隣という事を差し引いても中々に快適なドライブだ。
「ありがとうございます。初心者マークの取れた人たちの立候補が多かったようですから、お任せしてしまいました」
顔の向きは正面から動かさなかったが、美園はほんの少し口元を緩めた。
高速道路に乗ってからしばらくは、下道を運転中よりもずっと緊張した顔でハンドルを握る手にも力が入っていたが、それから20分程経っていい具合に力が抜けつつある美園との会話が増えてきている。
運転に差し障りがありそうな事は言わないが、それでも彼女の表情が普段と近い様子になってきているのは僕にとって嬉しい変化だ。
「それに、智貴さんが助手席にいてくれる事がやっぱり大きいと思いますよ。緊張もありますけど、それでもとても安心して運転出来ます」
「それは何より」
美園がふふっと笑って短い会話が終わる。そうして彼女は僅かに綻ばせていた顔を再度引き締め、真剣な表情を覗かせた。
以前助手席に乗せた美園は運転中の智貴の表情をずっと見つめていた。「格好いい」との言葉とともに受ける視線は中々に気恥ずかしいものがあったのだが、今ではあの時の彼女の言葉が少しわかる。
緊張感を伴った顔は普段見せてくれる愛らしい笑顔とはまた違う魅力がある。普段可愛いと言い続けているこの上なく整った顔が、今は少し凛々しく映り、大変に綺麗だ。
合宿のドライバーに立候補してもよかったなどと言っておきながら、美園のこの表情を最初に見るのが自分でよかったと、幾ばくかの独占欲も自覚する。
とは言え見過ぎてしまえば流石に美園の集中を乱してしまうだろうから、今のところは時折横目で窺うに留めている。
美園の練習の成果であるドライブ自体は快適である。しかし、中々に辛い時間はまだ続くらしいと、首を反対に回して窓から外を眺めた。
◇
予定していたサービスエリアの駐車場に車を停め、サイドブレーキを引いてからようやく美園が表情を崩した。ふうっと息を吐き、「緊張しました」と僕に顔を向け、ハンドルにもたれかかりながら伸ばしていた背筋を少し曲げる。
「お疲れ様。運転中も言ったけど丁寧で上手な運転だったよ」
「智貴さんがしっかり案内をしてくれたからですよ。ありがとうございます」
「大した事はしてないよ」
僕がしたのはカーナビを見ながら先んじての道案内や車線変更のアドバイス程度。本当に大した事は言っていないのだが、美園は隣にいる僕にそれだけ安心感を覚えてくれたのだと、その優しい笑みが物語っている。
シートベルトを外し、労いと半分愛おしさ半分で手を伸ばして頭に触れると、美園はえへへと頬を緩めた。
「疲れてない?」
「少し疲労感はありますけど、大丈夫です。まだ運転出来ますよ」
体を起こした美園が小さなガッツポーズをとりながらニコリと笑い、「でも」と上目遣いの視線を送ってくる。
「もう少し、こうしていてもらってもいいですか?」
「喜んで。と言うか嫌だって言われない限りはずっとこうしてるつもりだったし」
「それは嬉しいですけど、嫌だって言いませんから時間が無くなっちゃいますよ?」
くすりと笑った美園だが、言葉に反してシートベルトを外した彼女は僅かにこちらに体を寄せる。シートの間にはサイドブレーキがあるので普段のようにゼロ距離では触れ合えないが、それでもこうやって近付いてくれた美園をしばらくは離したくない。
美園が僕を求めてくれたように、僕も美園を求めている。随分と焦らされた分、自分の方がその思いが強いのではないかと苦笑しながら「じゃあ、あと5分」と彼女の髪に手を伸ばした。
「……やっぱり10分」
やわらかでなめらかな髪に指を通してから即座に前言を撤回すると、美園はほんの少し眉尻を下げて口元を押さえた後、優しい微笑みを浮かべた。
「はい」
そう言ってくすぐったそうに目を細めた美園が伸ばした手に指を絡め、僕は宣言通り彼女の髪を撫で続けた。