親から子への贈り物
八月下旬、3日間開催されるインターンシップへの参加のため、僕は久しぶりに実家に帰った。美園を伴って帰省した前回から約半年、実行委員の合宿の日取りと重なってしまったため今回は一人で。
もちろん事前にも伝えてあったのだが、それでも当日は両親ともに大変残念がった姿を見せた。恋人の愛されている様子には心が温まった、自分の帰省が全く歓迎されなかった事を差し引いても、だ。
「美園さんから直接連絡も貰ってるけどやっぱり残念」
「美園も凄く残念がってた。『お義父様とお義母様によろしくお願いします』だってさ。あと土産、美園から」
「本当に良く出来た子で……」
片手で差し出した紙袋を母さんは丁寧に両手で受け取った。感激の表情を浮かべ、「ねえ?」と父さんの方を振り返りながら。
「ああ。本当にいいお嬢さんだな、智貴。次に会えるのを楽しみにしていると伝えておいてくれるか?」
「私が今から電話をしておきます」
「美園は明日の朝早いから短めに済ませてくれよ」
「大丈夫」
と、こんなやり取りをしたのがインターン開始の前日。
そうして前泊させてもらった実家だったが、僕の朝が早く帰宅も遅かったため、両親とはほとんど会話が出来なかった。
インターン自体はグループワークを中心とした内容である事は分かっていたが、終了時には交流会という名の飲み会にも参加し、僕としては得意でない初対面の参加者達との情報交換――兼飲み会――に勤しんだ。帰宅後は当日の内容をしっかりと自分のものにしてから眠りに就いたつもりでいる。
中々に大変な日程ではあったが、美園が旅行の合間に送ってくれた応援のメッセージに励まされ、三日間という日程を充実と満足とともに終える事が出来、充実を覚えながら家に帰ると、昨日までよりも時間が早かったためまだ両親がリビングでくつろいでいた。
「今日は早かったんだな」
「会社の方で懇親会用意してくれたからね。参加者同士の飲み会と違って規定時間で帰れた感じかな。昨日までよりもインターン自体の時間も短かったし」
「明日は昼前には出るんだろう?」
「うん。昼過ぎには向こうに着きたいかな」
「今貴明さんとちょうどその話してたとこでね。智貴が美園さんに会いたいからそのまま帰るって言わなかったのが意外だって」
「ほんとは僕もそうするつもりだったんだけどね」
当初はそういう予定を立てていたのだが、美園からお叱りを受けた。「久しぶりのご実家なんですから」と始まり、インターンが終わって落ち着いた状態で両親とゆっくり過ごすべきだと言われてしまった。
正直なところで言えば、美園抜きの帰省なので両親は僕がいつ帰るかはあまり気にしていなかったのだと思うが、美園の僕と両親に対する心遣いが嬉しかったのでその言葉を素直に受け取らせてもらった。
「はあぁぁぁ……私の娘は本当にいい子」
そういった事を伝えると、やはり母さんは感激した様子を隠そうともしない。父さんも父さんで無言で何度も頷いている。
前泊を含めて四泊五日、連絡を取り合っているとはいえ美園とこれだけ会えないのは付き合ってからでは初めてで、寂しくないとは嘘でも言えない。しかし両親のこの喜びようを目の前にして、彼女の優しさが身に染みて分かる。それが誇らしい。
「何度も言ってるけど、本当に大切にしなさいよ」
「言われるまでもない」
実際に美園は大切だ、何よりも。だから一生大切にすると決めている。
少し前に結婚式場を見学させてもらい、美園が結婚式やウェディングドレスに憧れを抱いている事もよく分かった。僕としてもそんな彼女を前にして、今までしたいと思っていた結婚というものの認識が、必ずするものへと変わっている。
今回のインターンシップもその足掛かりの一つであるし、今後の資格取得なども同様。美園と結婚をして家庭を築く経済力を手に入れるため。美園を生涯大切にするという思いを現実のものにしてみせるため、自分に出来る事は何でもするつもりでいた。
「智貴。とりあえず座らないか?」
そんな僕に優しい顔を向け、父さんはソファーを促した。L字型に並べられたソファーの長辺に両親が座っており、短辺の方に僕が腰を下ろす。
「美園さんとの将来の事はもうある程度考えているのか?」
「まだ漠然とだよ。就職に向けては動いてるけど、その先はまだ全然。ただ美園とは必ず結婚するし、そのためなら何でもする」
「そうか。智貴がそんなに強く言い切るのは美園さん以外じゃあり得ないな」
「ええ、本当に」
両親揃って嬉しそうに目を細め、互いにその笑みを向け合っている。そんな様子は息子としては少しバツの悪いものがあり、僕は目を逸らした。
「資格試験の勉強の方はどうだ? 順調か?」
「問題無いよ。今の段階でも残り二つどっちも受かる自信がある」
元々九月に入れば文実の活動が増えて来るので、美園を支えられる余裕を持てるように勉強計画は組んでいた。今はそれよりもだいぶ順調だ。
「そうか」
父さんはふっと笑い、隣の母さんに「智代」と声をかけ、母さんの方も「ええ」と優しく笑いながら頷き立ち上がり、戸棚から封筒を取り出した。
◇
両親との話を終え、時間もそれ程遅くなっていなかったので美園に電話をかけた。
「という事で、どこか行かないか?」
『ええと……』
電話の向こうの美園は迷うように言葉を切った。
「僕の試験が全部終わるの待ってると十月半ばになっちゃうし、そうなると文化祭の準備で美園が動けなくなるだろ? 九月中なら色んなとこ空いてるだろうしさ。大学生の特権を活かそう」
『確かにそうなんですけど』
「父さんも母さんも行って来いって事だったしさ」
両親から渡された封筒の中身は現金だった。「これで美園さんと旅行にでも行ってきなさい」との事である。そして美園が返答を迷っているのはこれが原因だ。そもそも僕自身でさえ最初は相当に受け取りを渋った程なのだ。
母さんは「勉強のためにアルバイトを減らしたんだから、その分の支援だと思いなさい」とこれを押し付け、「大体、美園さんの事だから智貴が試験に集中出来る様に色々してくれたでしょ? 恩返ししなさい」と完全に見透かすような事まで言ってきた。
実際に今後の就職活動や美園の誕生日にクリスマスなどを考えると、余裕のある懐具合ではなかったので提案としてはありがたかったのだが、中々素直に受け取りづらいものがあった。
しかしそんな僕に父さんは「美園さんを大切にするという言葉は嘘だったか? 自分のプライドよりも優先するものがあるだろう」と、ノーと言えない所を攻めて来た。両親に一切退く気が無い事は流石にわかったので、ありがたく受け取らせてもらう事になり、現在に至る。
「まあ美園は旅行から帰って来たばっかりだから、今更僕と旅行は嫌かもしれないけど」
『そんな訳無いじゃないですか! ……あ』
「じゃあ決定だ」
『今の言い方はずるいですよ』
スマホから聞こえる可愛らしい声は少しだけ恨めしいものに変わっていた。「ごめんごめん」と謝ると、電話の向こうからは『もう』と少し呆れたような声。
「ほら、二人で旅行するって約束が果たせてなかったし、それは母さんのせいでもある訳だし。今回は甘えとこう」
『はい。今日はもう遅いですから、明日私からもお義父様とお義母様にお礼をさせていただきます』
「うん。二人とも喜ぶと思うよ」
『本当に、私は幸せ者ですね』
ふふっと笑った後で聞こえた嬉しそうな声に「僕もだよ」と応じ、「それじゃあそろそろ」と寂しさを押し殺して言葉を告げる。
「明日は昼過ぎには帰るから、旅行先についてはまたそれから話そう」
『ええ。楽しみにしています』
「うん。おやすみ、美園」
『おやすみなさい。智貴さん』
腰掛けていたベッドにスマホ――通話終了を押すまでには少し時間を要した――を置いて息を吐く。そして、自分の頬が緩んでいるのを自覚した。