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消極先輩と積極後輩  作者: 水棲虫
おまけ
182/201

見学ツアーにおける迷子対策

 見学に訪れた式場は美園が「お城のような建物」と評した通り、西洋風で数世紀前の建築物といった印象を受けた。

 しかしもちろんそれを装った造りなだけで、建物自体はそれなりに新しい。

 特に一番高い場所に設置されているらしいチャペルは海外の聖堂を模して造っているらしく、より「お城のような」雰囲気を醸し出している。


 駅からはタクシーを使ったのだが、白いレンガだたみのようになっている正面入り口にはアーチ状のゲートがあり、迎えのドアマン――美園はベルボーイと呼んでいた――などもたかが見学の大学生相手に非常に丁寧な対応を見せてくれた。

 駅からさほど離れていない、車通りもそれなりにある道に面していながら非日常感を覚えてしまったほどだ。

 案内されたフロントでも目に入ったのは金の刺繍が入った赤い絨毯に大きなシャンデリアなど、改めて日常と切り離された場所なのだと理解した。美園が割と慣れた感じでいたので一応僕もきょろきょろする事はやめておいた。


「ではまずはチャペルからご案内しますね」

「はい。お願いします」


 担当してくれる新人のコーディネーターさんは大木さんという女性で、恐らく二十台の前半だと思うのだが、紺色のスーツと落ち着いたメイクに後ろでシニョンを作った髪型のせいでもう少し年嵩にも見えた。

 対面して最初の内は向こうも割と緊張していたように見えたが、既に美園とはそれなりに打ち解けたようで「美園さん」と呼びかけていて、やり取りは美園中心で行われている。因みに僕に対しては苗字呼び。

 そしてもう一人四十代後半ほどの男性が付き添うのだが、大木さんの上司にあたるという事で基本的に口は出さないとの事だ。


「ここから聖堂にはどうやって行くんですか?」

「エントランスホールの奥にエレベーターがありますので、そこから四階に上がっていきます」


 こちらを先導しつつ振り返りながらの説明は先ほどまでより少し硬い口調で、大木さんの不慣れさが何となくわかる。


「四階なんですね。見晴らしもいいんでしょうか?」

「すみません。聖堂からは外部は見えないんです。正面広場では空は見えますけど」

「質問してみたかっただけですからお気になさらないでください」

「そう言ってもらえると助かります」


 以前の宣言通りのつもりらしい美園はやわらかに笑い、大木さんもそれにつられて笑みを見せる。


 そんなやり取りをしながら四階に辿り着いて廊下を進んでいると、美園がこちらに近寄って「迷路みたいですね」と楽しそうに笑った。


「だね。分かれ道と扉も何個かあったし、一人じゃ帰れなくなるかも」

「こちらはバックヤードの通路ですので、狭いですし少し複雑になっています。お客様が通られる道は基本的に一本道ですし、式の際には分かれ道にスタッフが立ちますので大丈夫ですよ」

「なるほど」


 振り返った大木さんがにこやかに笑い、そして――


「でも、迷っちゃったら困るので手を繋いだらどうですか?」

「え」

「私も見学の見学を何件もさせてもらってますけど、手を繋がれる方は多いですよ。やはりこれから結婚されるお二人ですからでしょうか」


 僕たちはまだ結婚をする訳ではないのだがと思っていたが、左手にやわらかで温かな感覚。

 見なくてもそれが何かはわかるが当然見ると、美園がはにかみながらの上目遣いを見せるので、僕も手の向きを少し変えて彼女の手を握った。


「結婚する二人ですので」

「……うん」


 どこか誇らしげな美園は僅かに頬を染めていて、もっとその顔を赤くして見たくなる。大木さんが微笑ましい物を見るような視線を送ってきてはいたが、構わずそのまま指まで絡めた。

 美園の手がぴくりと震え、可愛らしい唇が「もう」と小さく動く。そしてそのまま、彼女の細い指にも僅かに力が込められる。


 そしてそれだけではなく、大木さんが言ったように現在の通路は狭い。手を繋ぐと必然幅がギリギリになるので密着する必要がある。

 だから今美園とぴったりくっついているのは仕方のない事で、断じて僕たちは家の外でもゼロ距離を保つバカップルと言う訳ではないのだ。


「では案内を再開しますね」


 美園の隣から少し前へと位置を変えた大木さんに従い歩き、何度目かになる扉を通過したところで雰囲気が変わった。明るめの白い壁紙から同じく白ではあるが石の壁に。

 少し暗くなったと感じるのはLEDから白熱球に変わったから。照明器具も燭台を模した物が設置されていて、その上の電球は楕円形になっていてこちらも恐らく蝋燭の炎を形どっているのだろう。


「あちらが聖堂なんですね」

「はい。通常参列の方に通っていただくのがこの道です。暗いのでお足元気を付け……大丈夫そうですね」

「はい。しっかりと支えてもらっていますから」


 定型句を途中で切った大木さんに満面の笑みで応じ、美園は絡めた右手の先にある僕の左腕に、自身の左手を触れさせた。

 指を絡めつつ腕を絡めたような恰好で、えへへと照れた様子を見せる美園のやわらかさをこれでもかと感じる。


「もう結婚式挙げちゃいません?」

「学生ですけど、挙げちゃいますか?」

「……ほんとにしたくなるんで美園を誘惑しないでください。親に借金するハメになりますから」


 大木さんのからかいに対し、美園はくすりと笑って僕を見上げた。ぎゅっと絡めた部分に力を込めながら。

 美園のお父さんとの約束を破るつもりは毛頭ないが、自分の両親に頭を下げようかと二割ほど本気で考えた。

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