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消極先輩と積極後輩  作者: 水棲虫
おまけ
181/201

即断即決型女子

「マキ、暇なら俺のバイト先来るか?」

「お前今どこでバイトしてるんだっけ?」


 今年は盆の帰省もしないらしい友人との間で始まったこんなやり取りの末、美園との次のデート先候補が浮上する。

 いつものように後ろから抱きしめながら行き先を伝えて可否を尋ねてみると、美園は「行ってみたいですけど、いいんでしょうか?」と少し不安な様子を覗かせた。


 友人であるサネは今まで短期のバイトを繰り返してきた。曰く「俺は一ヶ所には縛られない」らしく、謎の伝手で資格試験の試験官や選挙の運営スタッフ、交通量調査などの割のいいアルバイトを経験している。

 そんなサネが三年生になって文実の活動が無くなってからは長期アルバイトを始めた。


「時給がいいんだよ。あと女子が多い。体きついけどな」と言うサネのアルバイト先は結婚式場との事で、見学に来ないかと誘われた。もちろん美園と一緒に。


「8月は結婚式が少なくて見学強化月間なんだって。で、普通は当然結婚の予定がある人たち対象だけど、新人のコーディネーターさんの練習相手としてどうかって」

「そういう事だったんですね。お邪魔にならないのでしたら見学させていただきたいです」


 僕は最初ブライダルコーディネーターがよくわかっていなかったのだが、ウェディングプランナーと何が違うのかとサネに聞いてみたところ、「営業がコーディネーターで企画がプランナー」とざっくりとした説明を受けた。

 そして自分でも調べてみたところ呼び方が違うだけという結論に至った――内心サネに毒づいた――のだが、一応サネが言うように営業と企画で業務を分ける事もあるらしく、彼のバイト先は分ける所という事がわかった。


「実松さんのアルバイト先はどちらなんですか?」

「駅から南西に行ったとこにある――」


 式場の名前を伝えると、美園は元々知っていたようで「あのお城のような建物ですね。中を見てみたいと思っていました」と目を細めて喜んでくれた。


「予習しとく?」


 ノートPCを開きつつ尋ねてみると、美園は小さく首を振った。


「当日の楽しみにしておきたいです」

「了解。じゃあサネに連絡しとくから楽しみにしといて」

「はいっ」


 美園は声を弾ませて僕の腕を少し強く抱きしめ、嬉しそうにふふっと笑う。


「楽しみだね」

「はい。とっても」



「オッケーだって。選んだ候補日も空いてるって言ってたからそこにしてもらったよ」

「ありがとうございます」


 サネとの二度の電話であっさりと決まった事を伝えると、少し緊張気味だった美園が顔を綻ばせて小さく頭を下げた。なのでその髪を撫でておいた。


「チャペルと披露宴会場を中心に見せてもらえるらしいんだけど、せっかくだからコーディネーターさんを困らせるような質問考えとけって、サネが」

「実松さんらしい言い方ですね」


 くすりと笑った美園を促して腰を下ろすと、彼女は「でも」と口を開く。


「確かに練習相手としてお邪魔をする訳ですので、ただ見せてもらうだけというのも悪いのかもしれませんね……質問を考えておきます」

「真面目だなあ」


 気合を入れるように小さなガッツポーズをとった美園に苦笑しながら頭をそのまま撫でると、「将来のために色々聞いておきたいのが本音です」としなを作るように首を傾げた。


「将来のため、ね」

「はい。将来のためです」


 後ろからでもその楽しそうな様子がありありと分かり、つられて楽しくなる。


「美園は将来どんな結婚式がしたい?」

「そうですね……」

 

 美園のお母さんや花波さんからは一緒に考えろと言われたし、実際にそうしたいと思うのだが、やはり美園が一番望む形こそが僕にとってもそうだ。だから一緒にその形を見つけたい。

 美園はと言えばうーんと考えるそぶりを見せ、「やっぱり」とやわらかな笑みを浮かべて振り返った。


「智貴さんと挙げられるならどんな式でもいいんだと思います」

「……そういう言い方ずるいなあ」

「そうでしょうか?」


 不思議そうに小首を傾げる美園に顔を近付けて「うん」と伝えれば、彼女は「ごめんなさい」と言ってえへへと笑う。


「でも、やっぱりそうとしか言えませんよ」

「海外で象に乗って結婚式やっても?」

「智貴さんと一緒ならきっと素敵な思い出になります」


 失礼ながら日本の女の子があまり憧れるタイプではないだろうと冗談めかしてみても、美園は優しい微笑みを浮かべて頷いた。


「智貴さんは、どんな式を挙げたいですか?」

「僕は、そうだな。美園のウェディングドレス姿を見たい」

「それじゃあ、まず一つ決まりましたね」


 またもくるりと反転した美園が指を一本立て、僕の胸の中で嬉しそうに頬を弛めた。


「そんな簡単に決めていいの?」

「だって、一番見てもらいたい人がドレスがいいって言ってくれたんですから、それ以外の選択肢はもう無いです」


 誇らしげな笑みを浮かべて僕の背中に手を回した美園を同じように抱きしめ、これからの一言一言は責任重大だなと内心で苦笑してしまう。


「まだしばらく先の事ですけど、こうやって一緒にお話しできる事が、とっても幸せです」

「うん。結婚式以外にもたくさん大切な事があるだろうけど、こうやって一つずつ幸せを増やしていこう」

「はい。ずっと」


 そうやって抱擁を交わし、少しして美園は胸元からゆっくりと顔を上げてまぶたを下ろした。

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