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15話 胸の痛みと動きやすい恰好の後輩

 来年で第60代を迎える文化祭実行委員の記念すべき第1回全体実務の朝、集合時間は9時なので8時30分に家のドアを開けた。そして次の瞬間閉めた。

 約10秒後、僕の部屋のドアをドンドンと叩く音と共にインターホンが連打される。


「ご近所迷惑だから止めろ」


 ゆっくりとドアを開けると、先程僕と全く同じタイミングで2つ隣の部屋から出てきた女の子、宮島志保が不満を露わにして立っていた。

 志保はショートカットなので髪はそのままだが、着ている服はいつもと比べて少しラフだ。


「誰のせいですか、誰の」

「志保」

「マッキーさんの為にも頑張ってるのに。私にそんな事言うと後悔しますよ」

「どういう事だ?」


 志保の世話になった事があっただろうか。考えても出てこない。


「このアパートの前で美園と待ち合わせしてるんですけど、美園が来た時に『昨夜の事は忘れますから』とか涙流しながら言いますからね」

「マジでやめろよそれ」


 僕が先輩の彼女を寝取る最低のクズ野郎になってしまう。というかそれは後悔する方であって、僕が聞きたかったのは「僕の為に頑張ってる」方だ。

 尋ねてみるが志保は答える気は無いようで、結局ぎゃあぎゃあと言い合ったまま階段を降りると、待ち合わせをしていたという美園は既にアパートの前で待っていた。


「あ!牧村先輩、しーちゃん。おはようございます」

「おはよう美園」

「おはよう。ちょうど家出たら志保がいてさ」

「浮気の言い訳みたいですね」

「そうだね」


 しれっと言う志保と苦笑する美園、女子二人の意見が一致する。実際に言った僕もそう思う、浮気した事ないけど。そもそも本命がいた事が無い。


「断じて違う。さ、行こう」


 これ以上この話題で続けても、僕にとって良くない方向に転がる気しかしないので、さっさと出発を促すと二人とも素直に――志保が何も言ってこないのは予想外だった――従ってくれた。


「ところでマッキーさん。いつもと違う格好の女の子二人を目の前にして何も無しですか?」


 正門近くに来た頃に志保の口から出たそれは、僕にとっての鬼門だ。僕は女性の外見、それもファッションを褒めた経験など無い、完全な0だ。

 言った張本人の志保は、七分袖にデニムという割といつもの印象と変わらない格好だが、先程も思った通り少しだけラフな印象を受けた。

 対して美園は、いつもワンピースタイプの服を着ているが、今日はチュニックブラウスとデニムに靴もスニーカー、髪こそまとめていないがこちらは大分印象が変わる。

 志保は堂々と、美園はちらちらと僕を見ながら、暗に「早く感想を言え」と求めてきている。


「……動きやすそうだな」

「ダメですねえ、この人は」


 必死に捻り出した言葉だったが、志保はこれ見よがしにため息を吐いて見せ、美園もどこかガッカリとしたように少し俯いてしまった。

 仕方ないだろ。僕に求めるハードルが高すぎるし、何より普段の恰好の方が好きだと本音を言う訳にもいかない場面だったし。



 文化祭実行委員の委員会室は、正門から比較的近い共通棟の群のG棟の2階にある。共通G棟は共通棟の中では少し離れた位置にあり、夜間部以外の授業がほぼ行われないので日中の学生の出入りが少なく、土日であれば人通りすらほぼ無い。その為、実務でお店を拡げてもあまり迷惑にならないという、文実にとっては好立地にある。

 集合場所はそんな共通G棟前、時刻は8時40分、既に20人は集まっているだろうか。


「ようマキ。同伴出勤か?」


 特に目立つ訳でも無い2年生が、可愛い後輩を2人連れて登場した。そんな状況を見た全員の意見を代弁するかのようにサネが問うてきた。空気を読んで弁明の機会をくれたのではないかと思う。


「バカ。たまたまそこで一緒になっただけだよ」


 嘘は言っていない。「そこ」の解釈がちょっと広いだけで、待ち合わせはしていないし、たまたま会ったのも事実だ。

 言いながらサネとドクに向かった僕が美園と志保のそばを離れると、2人の周りには1年生の男女が集まって話しかけ始めていた。


「今日の恰好もいいな」


 後ろから男の声でそんな言葉が聞こえて、その手があったかと感心した。次の機会があれば使おうと思う。

 ただ、そんな褒め言葉に、美園がどんな反応をしたかは気になったが、振り返る事は出来なかった。



 今日の実務は昨年使った木製看板の補修と、今年使う紙製看板の土台作りだ。

 木製看板は昨年使った物がほぼそのまま保管されている為、昨年のポスターが多少ボロボロになりながらも貼りついたままだ。そのポスターを剥がし、まっさらな状態にして、傷んだ箇所があれば補修する。木製の本体が傷んでいるケースはレアらしいが、そうなれば大工仕事にも発展する。

 一方紙製看板はワンシーズンごとに廃棄される為、今年も一から作らなければならない。紙製看板の土台はダンボール、掲示する際にはビニールシートを貼るが、掲示期間にはどうしても雨天もあるので、次のシーズンに使いまわすことは難しい。

 実務の参加が強制でない為、どうしても当日の人数が読めないので、多少効率は落ちるが作業割り振りは当日行われる。

 基本的に木製看板の持ち運びは男の仕事なので、僕を始め2年の男は大体木製看板組で、1,2年女子は紙製看板組。1年男子は木製の方に多少多めで配置された。


 そんな中僕は困っていた。1年生に仕事を教える事は問題ないと思っていたが、通常の会話はどうしよう、仕事の話から上手い事繋げられるだろうかと不安で仕方なかった。

 しかし予想外に後輩の方から僕に話しかけてくれる事が多い為、その不安は解消されたのだが、問題は話の内容だった。


「今朝君岡さんとどの辺で会ったんですか?」「ほんとにたまたま会っただけなんですか?」「宮島さんも一緒って事はバス停の辺ですか?」「君岡さんはどこに住んでるんですかね」「可愛いですよね」「君岡さんは~~」


 僕に関しての質問は0か。まあ気持ちはわかる、特徴の無い男の事なんかよりも可愛い女の子の事知りたいよな。

 個人情報に関しては本人に聞くべきだと思うが、美園は中々ガードが(志保のおかげで)堅いらしい。

 とは言え美園も志保も1年生なので、2年生からアプローチを受けるとガードしきれないらしく、1年男子はそんな2年男子を羨ましがっているようだ。どうやら僕もそんな2年男子の一員だと思われたらしく、質問攻めを受ける事ハメになった。

 ただ、そんな彼らに美園の個人情報をやる訳にはいかない。僕は美園の壁なのだからと、後輩からの問いに無難な受け答えだけをしていたら、次第に美園に関する質問は減っていった。


「思った以上に人気だな」


 周りに誰もいなくなったタイミングで、紙看板グループにいる美園を探すと、すぐに見つかった。必要なサイズに切ったダンボールを重ね合わせ、土台を作っている最中のようだ。

 しかしやはりと言うべきか、美園の周囲は少し人口密度が高い。今日は女子比率が高いが、そこに何人か男が混ざっている。紙看板の方に配属された男もいる為、彼らも仕事をさぼってナンパをしている訳では無いだろう。

 そんな状況ではあるが周辺に志保や香がいる為か、美園も困る事は無いようで楽しそうに笑っている。その様子を見て安心し、「保護者気取りか」と内心で自分にツッコんだ。

 しかし同時に、何故かほんの少しだけ、胸が痛んだ。

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