少し早い目覚めと彼女の寝顔
意識が目覚めて最初に感じるのは美園の香りである事が多い。今日もご多分に漏れずそうで、彼女の甘い香りが頭に残る少しの重さを押し退けていく。
次いで包み込まれるようなやわらかい感触。昨晩は美園に抱きしめてもらいながら眠りに就いた事を思い出し、流石に腕が緩んではいるが朝までそのままだったのかと嬉しくなってくる。
普段は美園の方が早く起きる事がほとんどなので、こうやってすうすうと静かな寝息を立てる彼女――とても可愛い――を見られるのは中々希少な機会だ。とても可愛い。
恐らく昨夜は僕の方がだいぶ先に眠ってしまったのだろう。風呂上りにはそれなりに酔いも醒めていたものの酒量が多かった事には違いないし、朝から夕方までの試験でも無自覚に疲労が溜まっていたのだと思う。
枕元のスマホを確認してみるとまだ5時台前半で、二人の起床時間までには30分以上ある。美園がそれより少し早めに起きるであろう事を考えても、この上なく可愛らしい彼女の様子をもうしばらくは眺めていられる。
本当は髪を撫でたり頬やその他支障のない辺りに触れたりしたいところなのだが、目覚ましが鳴るまでの時間を考えると、流石に今起こしてしまう可能性のある行為はできない。だから愛しい美園の目覚めを待つ間は我慢を強いられる時間であり、何とも辛い幸せな時間だった。
「ん……ぅ」
見つめ続けてどれだけ時間が経っただろう、静かな可愛らしい声のすぐ後に美園の目元が僅かに動き、ゆっくりとまぶたが上がっていく。
これでやっと触れる事ができる。
「おはよう、美園」
「ともたか、さん?」
半分ほどまどろみの中にいる美園の髪に触れ、反対の手で頬に触れ、優しく撫でる。
くすぐったそうにほんの少し身をよじる姿、そして甘い吐息で僕をくすぐる寝ぼけまなこの美園に覚える様々な感情に蓋をし、愛おしさだけを残してゆっくり撫でまわすと、えへへと笑う彼女の瞳が普段の大きさを少しずつ取り戻してきた。
「おはよう、美園」
「おはようございます……智貴さん」
大きく円らな瞳が左へ上へと動き、頬が少し色付く。僕が髪と頬に触れているため視線だけで状況を確認したらしい美園は、そのまま僕の顔を埋めてしまった。
背中に回された腕に美園にしては強い力がかかり、彼女の照れが伝わってきて、そのはじらう姿がまた可愛くて仕方ない。
「可愛かったよ、寝顔」
そう口にして髪を梳きながら空いた手を背中に回したところ、「うー」と可愛らしく唸った美園がぺちぺちと僕の背中を叩く。
「別に夜だって見てるだろ?」
「夜と朝では違うんです」
「どっちも可愛いよ」
夜は美園の方が早く寝入る事がほとんどなので彼女の寝顔をしばらく堪能してから眠るのが習慣になっているくらいだ。
朝も夜も、僕にとっては言葉通りどちらも最高に可愛いのだから仕方ないのだが美園本人はご不満らしく、胸板にくっつけた顔を少し起こして上目遣いの恨めしげな視線を向けてくる。その姿がまたたまらなく可愛いのだから手に負えない。
「目覚ましが鳴るまで、いっぱい可愛がってくれないと許してあげません」
「それは困るな」
くすりと笑った美園がぎゅっと抱き着きながら足を絡ませながら擦り合わせるので、こちらも少しだけ同調するように動かした。
夏場はできないと思っていた行為だったが、早朝という事もあるのだろうが美園とこうしていて暑いとは思わない。温かくてやわらかくて幸せで、離れられなくなる。
「手も繋ぎたいです」
「うん」
ベッドの中で指を絡めると美園が嬉しそうに笑って可愛いので、空いた手で彼女の髪をそっと撫でておいた。
そこからの反応がまた可愛い。少しくすぐったそうに笑う美園にいたずら心が芽生えて耳に触れると、ぴくりと体を震わせた彼女が小さな息を吐いてこちらもくすぐったい。
絡めた指に互いの力が少し入ったところで残念ながらと言うべきか幸いというべきか、アラームが鳴動した。
「そろそろ起きる?」
感情にしておいた蓋が押し上げられて外れてしまいそうだったので、目覚ましを止めながら美園の頬に触れた。
少し膨らませていた頬を綻ばせ、優しい笑みを浮かべた美園が「はい」と頷き目を閉じるので、そっと触れ合わせるだけのキスをし、「おはよう」「おはようございます」と何度目かになる朝の挨拶を交わし、最後に抱きしめ合ってからゆっくりと、名残惜しさに抗いながら互いの体を離す。
「それじゃあ、支度しようか」
「はい」
ほんの少し眉尻を下げて笑った美園の額に口付けを落とすと、えへへと可愛らしい笑みとともに、今度は僕の頬にやわらかな感触。
この自制タイムも何度目だろうと、そんな事を考えて苦笑しながらベッドから出るハメになった。




