和やかな夕食の後で
短めです
呼ばれた夕食は天ぷらを中心とした和食。
テーブルに座る前から漂って来ていた油料理の香ばしい匂いは、それでいてしつこさを感じさせる事はなく、使っている油と調理した美園のお母さんの腕、そのどちらもが上質である事を示していた。
それはやはり食べてみても実感できた。今まで僕が作ってきた天ぷらは油を吸ったグルコースの重合体でしかなかったと思わされてしまうレベル。
そう言えばと思い出してみると、美園が年越し蕎麦を作ってくれた時も天ぷらの匂いはこんな感じだっただろうか。食べる時には蕎麦の上に乗ってしまっていたので食感の方は比べる事ができないが、あれもとてもおいしかった。
「色々用意がありますから、お好みに合う物を使ってくださいね」
「うん。ありがとう」
笑顔の美園が勧めてくれたように、区画分けされた皿の上には複数種類の塩が盛られていた。通常の――高いであろう――塩をはじめとして抹茶塩や柚子塩などが用意されており、別の器には天つゆもある。
初めて見るような塩も含めていくつも試させてもらったのだが、どれも美味くて優劣が付け難い。なのでちらりと美園を窺い、彼女が一番使っていた抹茶塩を僕も選ぶ事にした。
美園はそんな僕に気付いてか、ほんの少し頬を弛ませた。
「あらあら」
お母さんの楽しそうな声につられて正面に視線を向ければ、左から苦笑、微笑、ニヤケ面が並んでいる。
そんな三人を、僕と美園の隣にいるせいで事情がわからなかったらしい乃々香さんが首を傾げながら眺めていた。
◇
終始和やかな雰囲気に包まれていた食事時が終わり、天ぷらなので後片付けが大変だろうと手伝いを申し出たのだが、君岡家女性陣マイナス1にキッチンから追い出された。
今日は美園も追い出す側に回ってしまったので、仕方なく諦めるしかなかった僕の肩を美園のお父さんが軽く叩いた。
「牧村君。去年の約束を覚えてくれているかな? 二十歳になったのだろう?」
美園を悲しませるなという方かと思ったので、「生涯守り通ります」と答えるところだった。二十歳の単語と手に持った何かを傾けるようなジェスチャーでもう一つの方だと思い至り、ズレた事を言わなくてよかったと安堵する。
思い返してみればお父さんは今日の夕食時に飲酒をしていなかった。僕と飲むために控えてくれていたというのは都合のいい想像だろうか。だがもしそうならばそれは嬉しい。
「はい。僕で良ければ喜んでお相手をさせていただきます」
「そうか、良かったよ。何か飲みたい物はあるかな?」
分相応な酒と言いたかったが、多分安酒は置いていないだろう。
「あまり詳しくありませんので、選んでいただいてもいいでしょうか?」
「それならウィスキーにしようか。飲み方次第でバリエーションを楽しめる」
「はい。ありがとうございます」
礼を伝えたところでリビングのソファーで休んでいた花波さんが手のひらで口を抑えながら大きなあくびをした。今日は朝帰りだったので本当に眠いのだろう。迎えに来てくれた事に頭が下がる。
「牧村君お酒強いの? お父さん、潰したら美園が多分滅茶苦茶怒るだろうからね」
「ああ。強要するようなつもりはないが、大丈夫かな?」
「ええ。ウィスキーは付き合いで何度か飲んでいますので多量でなければまず大丈夫です」
「頼もしいな」
僕の背に軽く手を置いたお父さんに「恐縮です」と応じると、花波さんは「それじゃ気を付けてね」と自室に戻って行った。
「私が牧村君を取って食べるような言い方だな」
苦笑したお父さんに対し、僕も苦笑で応じるしかなかった。
今からの時間で、もう少し距離を詰められればと思う。