14話 ペンギンと上機嫌な後輩
バカップルと遭遇した翌日、前回から20日弱間が空いた文実の全体会の開始まであと5分程。
去年の連休明けもそうだったが、やはり1年生の出席率が下がっている。新生活に慣れていく中で、部活サークルやバイト、恋人や友人関係などに重きを置くようになっていくのは仕方ないとはいえ、少し寂しくはある。
「やっぱ減るよなあ」
「まあしょうがないよ」
隣に座るサネとドクも、僕と同じことを考えていたようで声は少し消沈気味だ。
僕と違い1年生ともよく絡んだ二人ならば、僕よりもよほど寂しく思っているかもしれない。
そんな二人を横目で見ていると、ポケットに入れてあるスマホが震えた。
『ご都合が合えば今日も一緒に帰れませんか?』
ペチペチと腕を振るペンギンのスタンプと一緒に、美園からそんなメッセージが届いた。
一緒に出掛けたあの日以降、2日に1回くらいの頻度で美園からメッセージが届くようになった。相変わらず丁寧な文章だが、結構な割合で一緒にペンギンのスタンプが追加されている。
『了解。もし2年生だけ集められたら先に帰ってくれ』
『待っています』
送って20秒程だろうか、先程とは違う手を振るペンギンのスタンプと一緒にそんなメッセージが返って来た。
「マキ機嫌いい?」
「女か?」
「そう思うか?」
「「いや」」
「友人からの信頼が嬉しいよ」
ドクとサネと軽口を叩き合っていると、委員長の一ノ宮仁、通称ジンが「少し早いけど」と前置きをして開会の挨拶をした。
今日の全体会は明日に迫った全体実務の説明と、今後の委員会活動の流れを資料化した物が配られた。
文化祭本番は11月だが、文実の本格始動は6月からだ。5月中には1年生も各担当に割り振られ、自分の仕事を与えられる。
7月は後半から期末試験があるし、8、9月は夏休みなので一般学生への宣伝、案内、周知は6月から始めなければ間に合わない。
因みに、この資料説明は副委員長の康太が行っている――去年は委員長の仕事だったが、こういう仕事は明らかにジンには向かない――ので、1年生女子はかなり真剣に聞いている。内容が頭に入っているかは別だが。
◇
そんな全体会からの続きで、部会の方でも今後の出展企画部としての活動の流れが、簡易的に説明されていた。
スライドを印刷したプリントを配り、部長の隆が説明をしていく訳だが――
「なんでペンギン?」「結構可愛くない?」「棒人間よりはいいよね」
などと言った声が、主に2年生から聞こえてくる。
配られた資料は、去年の物をほぼマイナーチェンジしただけだが、出展団体や委員会を示していた棒人間がペンギンに変わっていた。
あれを作ったのは僕だ。4月の終わりに隆から「頼める中でマッキーが一番暇そうだから」という、大変やる気をくすぐる文句で依頼を受け、去年のデータを少しだけ改造した。
隆から「棒人間は味気ないから」と言われたので最初はパンダにしていたが、連休終わり頃に「ペンギンにしよう」と思い立ってペンギンになった。
円と楕円だけの組み合わせで出来ていたパンダよりも、そこに三角形の図形オブジェクトも必要になるペンギンの方が少し大変ではあったが、作り始めると楽しくなってしまい、印刷して使うとわかっていたのにペンギンがトコトコ歩くアニメーションも設定してしまった。それを見るのが隆だけというのは、考えると少し虚しい。
「――なので、出展団体の申し込みは9月からですが、えーと、各担当は5月中には割り振られますので、6月からは広報と協力して出展団体の募集の案内をしていきます。簡単な説明は以上です。何か質問のある人いますか?」
説明を終えた隆が全体を見回して問うが、質問をする者はいない。2年生はほぼ去年のままの内容に対して質問は無いし、1年生もよくわかっていない状況な上、資料をよく読めば書いてあるかもしれないという心理も働くのか、手は挙がらない。
「それじゃあ――」
「はい」
「はい、じゃあ若葉」
手を挙げたのは2年生で第1ステージ担当の岩佐若葉。1年生どころか小学生にすら間違われかねない150cmを切る身長の毒舌系関西人だ。
「みんな気になってると思うんやけど、あのペンギン何?」
標準語ともこの地方の物とも違うイントネーションで尋ねられた質問に、若葉の近くに座る2年生女子は「うんうん」と頷いている。
「マッキー、なんで?」
上手く誤魔化せと念じた僕の期待をあっさり裏切り、隆は僕に丸投げしてきた。
「マッキーが作ったん?」
「うん。4月の終わりに僕が頼んだ」
「ふーん」
視線が僕に集まる。1年生からしたら「マッキーって誰?」というレベルの子もいるだろうが、集まった視線の先で多分気まずそうにしているのが僕だ。
「なんとなくかな~」
そうとしか言いようがなかった。
◇
「ペンギン可愛かったですよ」
あの後は、来週の土曜に行われる出展企画部としての新入生歓迎会の案内があり、部会は解散となった。2年生が集められる事も無く、今こうして美園と一緒に帰れている。
美園は上機嫌で僕の作ったペンギンの感想を言ってくれた。
「ありがとう、一応」
正直な話、パンダをペンギンに変えたのは完全に美園の影響だったので、僕が作った事は誰にも言わないつもりでいた。なのでこうやってその本人から感想を言われる事は完全な想定外で、返答に困る。
「美園は、ペンギン好きなの?」
「はい! 大好きです」
話題を逸らしたいという理由もあって、少し前から気になっていた事を聞いてみると、予想通り――ペンギンのスタンプしか使わないのだから当然そう思っていた――の答えが返って来た。
その満面の笑みに、県内でペンギンを見られる場所はどこだろうと、自然と記憶を呼び起こそうとしたことに気付き、頭を振る。いくらなんでも調子に乗り過ぎだろう。
「どうかしましたか?」
「いや何でも。そう言えば志保は?」
頭を振った理由を誤魔化したところで気付いたが、そう言えば志保がいない。僕たちは志保が使う正門前のバス停がすぐそこに見える位置まで来ている。
「しーちゃんがいないと嫌ですか?」
わざと作ったものだとわかるが、不満げな表情と上目遣いの組み合わせが凶悪で、思わず言葉に詰まる。
「冗談です」
美園はふふっと笑ってそう言ったが、志保には悪いけど不満は一切無かった。
「今日は成島さんのお家にお泊りするので、生協で待ち合わせだそうです」
「お泊りね……」
そう言う経験の無い僕のイメージでは、恋人間のお泊り=つまりそういう事だ。実際には泊ったからと言って必ずそういう事をするとは限らないのだろうが、美園の口から「お泊り」という単語が出たせいか、発想が気持ち悪い方向に傾いている。
「そう言えば。明日の準備は出来てる?」
前後の流れとしては強引だが、自分の邪念が膨れ上がる前に話題転換を図る。今日の僕は話題逸らしと話題転換しかしてない気がする。
「はい。昨日実行委員のお友達と一緒に古着を買ってきました」
第1回の明日は無いが、実務では塗料を使う事も多いので、汚れてもいい服を着て来る事が望ましい。
更に言えば、美園は僕が知る限り、ひざ下丈くらいのワンピースを着ている事が多い。作業の多い実務には明らかに向かない格好なので少し心配していたが、それを聞いて安心した。何人で買いに行ったかは知らないが、流石に全員でスカートを買ってくることは無いだろう。
「服装以外に何か注意点はありますか?」
「そうだなぁ。男は結構重い物持ったりするから軍手があればいいかなと思うけど、女の子の方はあんまりわかんないな」
とは言えここで何も言えませんでは、せっかく頼ってくれた美園に申し訳ない。頭を捻って記憶を呼び起こしてみると、女子側の注意が一つだけあった。
「あった。明日はあんまり関係ないと思うけど、髪の毛はまとめといた方がいいかも。もしくはまとめられるゴムとか用意しておくか」
記憶の中の女性陣、特に髪の長めの子たちはよく髪をまとめていた。塗料やノリを使う時に髪に付いてしまわないようにするためだろう。
アドバイスが出来て良かったとホッとした僕に対して、美園の反応は硬かった。
「ありがとうございます。そう、ですか……」
「ごめん。もう知ってた?」
「いえ、そうではなくてですね。」
「?」
「髪の毛、上手くまとめるのが苦手なんです」
美園は少し気まずそうにそう言うが、作業の邪魔にならないようにする事と、塗料などが付かないようにする事が目的なので、適当でいいのではないだろうか。そう尋ねてみると――
「色々あるんです。女の子には」
だそうだ。そう言われてしまっては男としては黙るしかない。
またもや話題を変えて、美園の姉妹の事を聞きながら家まで送って行って、今日は別れた。
「牧村先輩。おやすみなさい。また明日」
「ああ、おやすみ。また明日」