ぶかぶかでだるだるなアレの中
今日は金曜、文化祭実行委員の全体会終わりに美園を迎えに行き、そのまま泊める日だ。まだ6月なので終了もそれほど遅くならなかったが、お互い早々に風呂を済ませ、美園は今洗濯機を回す準備をしてくれている。
そして僕はこの隙にと、隠しておいた箱をこっそりとひっぱり出した。
「お待たせしました」
「ありがとう、美園」
洗濯機を回し始めて戻ってきた美園に礼を言ったのだが、水色のネグリジェ姿の彼女は僕を凝視したまま固まった。
「何か言ってくれると助かるんだけどな」
「……かわいいです。かわいいですっ」
「可愛いって言われるのも少し複雑なんだけどね」
狭い室内なので駆け寄ってくるような事はなかったが、頬を弛ませた美園が僕に近付き、そのまま抱きついた。ペンギンの着ぐるみを被った僕に。
着ぐるみと言っても足まである本格的な物ではなく、デフォルメされたペンギンをローブのように頭からすっぽりと被っているような状態。シーツを使ったおばけのコスプレに近い。
第三者が絵面だけ見たら中々ユニークな状況ではあるだろうが、僕はそんな美園を片腕で抱きしめ、そっと髪を撫でた。もちろん着ぐるみをきたままだが、手は羽の内側から出せるので問題ない。
しばらくそうしている間、美園は僕に抱きつきながら手を動かして着ぐるみの触感を確かめたり、胸元に顔を埋めてみたり、そうかと思えば頭を上げてはにかんでみたり、「こんな風になっているんですね」と羽の部分を触りながら僕の手を握ったりと、とても楽しそうにしていた。
「写真を撮ってもいいですか?」
「誰にも見せないならね」
おずおずと上目遣いで尋ねる美園に苦笑してみせる。
「私たちの子どもにもですか?」
「今回のは美園だけ」
「……わかりました」
少しだけ寂しそうに頷く美園。
僕が少し恥ずかしいのを我慢すればいいだけだなと、そんな美園の髪をくしゃりと撫でた。
「後で美園が着たところも写真に撮らせてくれるなら。交換条件で」
「はいっ。ありがとうございます」
顔を綻ばせた美園が、少し背伸びをして僕に唇を寄せ、そしてやわらかく微笑んだ。
そして机の上に置いてあったスマホを持ち、「羽を広げてください」や「そのまま体を倒してください」だの、嬉しそうに僕に注文をつけながら何枚も写真を撮っていく。シャッター音からするとゆうに十枚は超えた。
「それじゃあ最後に、一緒に撮りましょう」
「うん」
頷いてみせると、ふふっと笑った美園が僕に抱きつきながら一枚、次に僕に後ろから抱きしめられるような形で一枚。計二枚の写真を撮った彼女はスマホを確認し、満足げに微笑んだ。
「じゃあ次は……」
羽から手を出して美園の髪を撫でながら笑いかけると、彼女は少し恥ずかしそうに「はい」と小さく頷いた。
着ぐるみを脱ぎ、やや緊張の面持ちで直立する美園の頭をくしゃりと撫でると、嬉しそうに細められた目がそのまま閉じられ、彼女の端正な可愛らしい顔が僅かに上を向く。
やわらかな髪に置いたままの手を滑らせて形の良い耳に触れると、僅かに身を動かした美園の吐息が一瞬強くなり、ふっと笑みがこぼれた。
そんな僕の反応に美園は目を閉じたまま僅かに唇を尖らせ、「んー」と催促をしてくる。可愛くてもう少し焦らしたい気持ちも強いのだが、残念ながらこちらも限界で耳から頬に手のひらを移した。
硬さを全く感じない肌に手指で触れると僅かに吸い付くような感覚を覚え、いつまでもこうしていたくなるくらいだが、それはまた後の楽しみにしよう。
頬に触れた事と僕の顔が近付く事で美園の表情が少し変わるなか、変わらなかった唇にそっと触れ、何度か啄んだ。
名残おしさを覚えつつも、彼女のやわらかな香りから少し顔を遠ざけると、頬をほんのりと色付かせた美園がそっと僕の頭を撫でてくれた。身長差のせいか少し背伸びをしながら、ひらひらとしたネグリジェが僕に当たらないように頑張ってくれている。
「ちょっと髪の毛が跳ねていました」
「ありがとう」
こちらからもニコリと微笑んだ美園の髪を髪を撫で、「それじゃあ」と言ってペンギンを宛がうと、彼女は「はい」と腕を下ろして僅かに眉尻を下げた。
そんな美園にそのまま着ぐるみを被せ、羽の部分に腕を通させたが――
「ぶかぶかです」
「うん。可愛いよ」
「笑わないでくださいっ」
平均身長より少し大きな僕でさえもだいぶ余裕があった成人男性用サイズ。着せる前からこうなる事はある程度わかっていたが、想像以上だった。
「動くと危ないからちょっと待ってて」
「ありがとうございます……」
ペンギンの着ぐるみがだるんだるんに余っており、下の部分は踏んづけて転ぶ危険性があったため、美園の腰に手を回した。ぶかぶかのペンギンのせいで見た目では位置がわかりづらいのだが、一発で完璧に正解できたのはちょっとだけ自慢をしたくなった。
因みに余っているのは足元だけではなく、羽の方も僕が手を出していた部分から美園が出せているのは指先だけ。
肩幅も余りに余っているので、まるで両肩と言うか両羽を脱臼したかのようになっていて、想像すると痛くなる。
「この状態を写真に撮るんですか?」
着る前は楽しみにしていた様子を見せていた美園だが、部屋の姿見に視線をやって以降は気分が沈んでしまっている。ペンギンが好きな分、今の自分の状態が許せないようなところもあるのだろうか。
「またいつか別の物を着てもらって写真に撮るよ。可愛いのを考えとく」
「はい。ありがとうございます」
そう言った美園はぶかぶかのペンギンの中で動きづらそうにしながらも、ぎゅっと僕に抱きついてきたので、フードの部分を脱がせてそのまましばらく髪を撫でた。
「それじゃそろそろ脱がすよ」
「はい」
後ろに回りながら美園にばんざいをしてもらい、ゆっくりとペンギンを脱がせていく途中、彼女の肩辺りまでめくったところで動きを止めた。
「どうかしましたか?」
「ん。ちょっとね」
美園が怪訝そうな様子で尋ねる言葉に曖昧な返しをし、僕は美園の背中に自分の体をくっつけた。
「本当にどうしまし――え」
かと思わせてそのままペンギンの着ぐるみに頭を入れ、持っていた手を放した。
当然着ぐるみには重力加速度が働く。摩擦があるにせよ等加速運動に近似できる動きで裾が床に向かうのだが、今度は支えるのが僕の頭になるので直前で止まる。
「え? え?」
「これでサイズが合わないって問題は解消できるだろ?」
「あ……ありがとうございます」
着ぐるみの中、美園はぴったりくっついた僕を振り返り、顔を綻ばせる。
「うん。それじゃ持ち上げるよ」
「はい。お願いします」
羽の部分に腕を通させた美園の脇に腕を差し込み力を入れ、その華奢な体を浮かせる。ちょっと、と言うかだいぶ大きなモノに触れる感触はあるのだが、今は我慢。我慢。我慢。
そのままフード部分から顔を出させ、姿見の方を向けてやると、美園は「あ」と口にし、「ありがとうございます。もう大丈夫です」と続けた。その声に含まれた喜色は明確に伝わった。
「もういいの?」
「はい。あんまり支えてもらって重いと思われちゃったら嫌ですから」
一旦下ろした後、美園はそう言ってふふっと笑った。
「体の膨らみや厚みが本物みたいに見えましたから、とっても満足です。写真はまた今度、踏み台を用意して撮ります」
「あ、撮るのは撮るんだ」
「もちろんです。だから、また一緒に入ってくださいね」
二人一緒でもまだ少し余裕のある着ぐるみの中、美園は振り返りはにかみながらの上目遣いを僕に向ける。
「うん。むしろ写真抜きでもお願いしたい」
「もうっ」
少し乱れた髪を優しく撫でると、美園は僅かに頬を膨らませてみせ、そのまま僕に抱きついた。
ある意味狭い密室、密着した美園の匂いがいつもよりも甘く香り、それをより強く感じたくて僕の方も彼女を少し強く抱きしめた。