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消極先輩と積極後輩  作者: 水棲虫
おまけ
156/201

初めてから1年

 普段デートをする時に使うバス停が大学前なので、美園が僕を迎えに来てくれる事が多い。それ以外だとどちらからの家に泊ってそのまま一緒に出掛ける事があるくらいで、待ち合わせというのはなかった。

 だから今日は鏡で最終確認を済ませた後、期待に胸を膨らませながらも少しだけ寂しい気持ちもありつつ部屋を出た。いつもならここで、いってらっしゃいのちゅーがあるのんだけどなと。


 しかしアパートの階段を降りている途中、ちょうど美園が通りかかった。


「あ」


 声は聞こえなかったが、少し気まずそうな顔をした美園も同じように口を開いていた。

 軽く手を挙げて挨拶をすれば、ぺこりと頭を軽く下げた美園がそのままこちらへ寄って来た。


「こんにちは、美園」

「はい。こんにちは。智貴さん」

「タイミングがいいと言うか悪いと言うか。一緒に行こうか」

「はい。ちょっと残念ではありますけど、それ以上に嬉しいです」


 ちょうど1年前の5月5日、僕と美園は初めてデートをした。あの頃は付き合っていなかったが、僕達からすれば紛れもなくあれが初デート。

 だから今日、去年と同じ店を予約して、美園からの提案で去年と同じように待ち合わせをするはずだった。結局家の前で会ってしまったが、示し合わせた訳でもないこの偶然が嬉しかった。


「今日も可愛いね。いつもと感じが変わるけど、こっちもよく似合っててやっぱり可愛い」


 ひらひらとした白いブラウスの胸元にはブローチ付きの藍色リボン、それに合わせられたハイウエストの黒いロングスカート、かかとの高いパンプスが全体的にゴシックな印象を与える。

 メイクもいつものナチュラルなものよりほんの少しだけはっきりとした風に変わっている。

 暖色系のふんわりとしたファッションが多い普段の美園からするとだいぶ印象が違うが、それだけに新鮮で何よりとても可愛い。とても可愛い。


「ありがとうございます。いつもと変えてみたので、ちょっと不安でした」


 えへへと嬉しそうに笑う美園を今すぐ抱きしめて頭を撫でたかったが、セットしてある髪を崩してしまっても悪いので断腸の思いで我慢した。

 代わりに手を差し出すと、美園は嬉しそうに「はいっ」と頷いて僕の手を取り、ぎゅっと指を絡めた。


「智貴さんも素敵です」


 上目遣いではにかんだ美園がそう言ってくれる。

 美園と付き合いだしてからの僕は、服装は基本的にフォーマル寄りにしている。デートの時は気合を入れるし、鏡で確認をした時には結構カッコいいなと自賛はするのだが、隣のレベルが高すぎるので並ぶと霞む。


「とってもカッコよくて、他の女の人に見せたくありません」


 並ぶと霞みはするのだが、別に他の誰に見せる訳でもないのだ。当の美園が本心で喜んでくれているので、劣等感など抱こうはずもない。


「それ、大概僕のセリフなんだけどなあ。じゃあもうデートやめて部屋に戻ろうか?」 

「いいですね」


 冗談めかして伝えると、美園はそう言って笑い手を解いた。そしていたずらっぽい笑みを浮かべ、「えい」と僕の腕に抱きついた。

 やわらかな感触はいつも通りだが、香りの方は少し違い爽やかな柑橘系。こちらも新鮮でドキッとする。


「ダメですからね。楽しみにしていたんですから」

「冗談だよ」

「知っています」


 ふふっと笑う美園の頭にまた手が伸びそうになった。ぴたりと止まった僕の手を見て、美園はほんの少し首を傾げ、そして優しく微笑んだ。


「撫でてくれないんですか?」

「髪、崩れちゃうだろ?」

「智貴さんはいつも優しく撫でてくれますし、私の髪型は単純ですから。ほとんど崩れませんよ」


 そう言って組んだ腕を一旦離し、「さあどうぞ」と僕と向き合った美園の頭に手を伸ばし、やはり止めた。


「今撫でると歯止めきかなくなって事あるごとに撫でちゃいそうだから。帰って来るまで我慢するよ。その代わり帰ってきたら覚悟しておいてほしい」

「約束ですよ」


 一瞬だけむーっと頬を膨らませた美園だったが、すぐにやわらかな微笑みを浮かべて小指を差し出した。



「去年よりも空いていますね」


 腕を組んでバス停まで歩いたが、連休中とあって大学近辺は静かで誰かに会う事はなく、乗ったバスも美園の言う通り空いていた。


「去年の5日は連休最終日で今年は中日だからかなあ。帰省中の人が多いんじゃないかな?」

「そうですね。でも、そう考えると街中は去年よりも人が多そうですね」

「確かにね」


 バスの中、窓際に座った美園は目に見えて嬉しそうだ。久しぶりのデートで思い出の場所、それに加えてやはりこのバスへの思い入れが強いらしい。握り合った手は僕の腿の上に置いてあるのだが、絡めた指を少し動かしながら僕の顔を見て、頬を弛める様がとても可愛い。髪を撫でるのを我慢するなどと言った事を早速後悔している。


「顔がだらしなくなっちゃいます」

「それでも可愛いからずるいよなあ」

「ありがとうございます。でもやっぱりちゃんとした顔を見てほしいので頑張ります」


 そう言った美園は一瞬伏せた顔によそ行きの笑顔をたたえて戻ってきた。きれいで可愛くはあるのだが、先ほどまでの方が自然で可愛い。僕がそう思う事など美園も承知だろうに。


「さっきまでの方がいいなあ」

「何の事でしょうか?」


 とぼけたフリをしながらニコリと澄ました笑顔を浮かべる美園。だから――


「可愛いみーちゃんが見たいなあ」


 顔を寄せて耳元で囁くと、握った手にぎゅっと力がこもり、美園が耳まで朱に染めた。瑞々しい唇が僅かに震えていて、澄まし顔はあっさりと崩れてしまった。


「それ、ずるいです」

「うん。やっぱり普段の方が可愛い」


 恨めしげな上目遣いの、僅かに潤んだ瞳が僕を見つめていた。

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