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消極先輩と積極後輩  作者: 水棲虫
おまけ
149/201

3月31日

 僕達の同棲生活は3月いっぱいで終わる。そして今日はその3月最後の日、何度カレンダーを確認しても残念ながら変わらない。

 正確に言うのであれば美園は今晩もこの部屋で過ごし、明日一緒に部屋を片付けて――ほとんど必要はないのだが――彼女の部屋へと荷物を運ぶ事になっている。


「準備いいかな?」

「はい。万端です」


 時刻は8時、二人とも一つを除いた朝の支度と朝食を済ませている。

 美園は拳を握りしめて可愛らしいガッツポーズをとった。


「それじゃあ」

「はい」


 白のネグリジェを身にまとったままの美園の手を取り、二人でベッドへと向かう。当然僕も寝間着を着ている。

 ベッドの壁側に美園を寝かせ、その小さな頭の下に僕の腕を差し込み抱き寄せる。美園が自分からも僕に体を寄せてくれるので、体の距離は完全にゼロ。そして一瞬だけ唇の距離もゼロにした後で、お互いに表情を崩した。


 2、3月の同棲期間、美園の自動車学校とバイト開始や文実の活動もあり、あまり二人での外出などはできなかった。同棲していなければ結構、いやかなり寂しかったのではないかと思う。

 そして同棲の実質最終日となる今日は元々二人の予定を空けておいたのだが、美園が望んだ事がこれだった。「午前中は智貴さんとお布団の中で過ごしたいです」と恥ずかしそうに上目遣いで言った美園がとても可愛かった。


「なんだかいけない事をしているみたいです」

「美園は真面目だなあ」


 二度寝すらしなさそうだからなあと思いながら、そっと美園のさらさらの髪をかき上げて額にキスを落とす。


「智貴さんだってそうじゃないですか」


 くすぐったそうに笑う美園が僕の頬に唇を寄せた。

 そして顔を見合わせ、目を瞑った美園と少し長めに唇を触れ合わせながらそっと髪を撫でた。

 ほんのりと鼻孔をくすぐる甘い香りは日中の美園の物。夜の彼女はシャンプーと入浴後のボディークリームで、甘い香りがもっと強い。恰好は夜なのに香りや化粧は昼、なんだか不思議な気がした。


「今のはおやすみのちゅーにしないでくださいね。今日はいっぱいお話したいですから」

「大丈夫。と言いたいところだけど美園といると落ち着くし、幸せ過ぎて眠くなるんだよね」

「ダメですよ。寝ちゃったらいたずらしますからね」


 わざとらしく言ってみると、美園もわざとらしく口を尖らせた。


「いたずらって何するの?」

「……い、言えないような事をします」


 自分で言っておきながら頬を紅潮させる美園が可愛くて、ついもう少し意地悪をしたくなってしまうが、ここは我慢。


「起きてるよ。今日美園と一緒にいられる時間を一秒だって減らしたくないし」


 美園と一緒に寝ている時、彼女のやわらかな体を抱いてまどろみの中にいる時間も最高に幸せではあるのだが、それは今朝も味わわせてもらっているし今夜もその予定だ。


「約束ですよ?」

「うん」


 小指を絡めてえへへと笑う美園の髪を撫で、ゼロ距離の彼女を抱きしめてもっと近くへと寄せる。僕の胸元へと頭を預けた美園が、ゆっくりと足を絡ませてくるのでそれに応じ、お互いのつま先を軽くこすり合わせる。感じる僅かなくすぐったさが心地良い。


「明後日からはこれが出来なくなるんだよなあ……」

「確かに寂しいですけど、週末はお泊りする約束じゃないですか」


 4月以降の約束を持ち出して美園は笑う。

 お互いに明日以降も結局大丈夫なのだろう。暮らす部屋は離れるが、家の距離は歩いて数分。多分ほぼ毎日会うと思う、と言うか会う。ただ何と言うべきか、離れてしまっても大丈夫な事が少し寂しい、そんな気分だ。しかし――


「……なんか美園嬉しそうじゃない?」

「はい。ちょっとだけ。あ、拗ねないでください」

「拗ねてないよ」


 ふふっと笑った美園が僕の髪を優しく撫でてくれるので、されるがままに身を任せてそっと彼女の胸元に顔を埋めた。


「智貴さんはベッドの中では、時々ですけど甘えんぼさんになってくれますね」


 ちょっと意味が違って聞こえるのはきっと僕の心が穢れているからだろう。

 髪を撫でたままの美園は、仕方ないですねといった様子で背中も優しくさすってくれ、そのままそっと僕の耳へと顔を近付けて囁くように言った。


「そうやって智貴さんが寂しいって思っていてくれる事が嬉しいんですよ。私だって寂しいんですからね?」


 名残惜しさを感じながらも顔を上げると、美園が優しく笑いながら少しだけ頬を膨らませていた。指でつっつくとやわらかくそれでいて弾力があり、気持ちいい。

「もうっ」と息を吐いた美園が頬を綻ばせる。

 そうして僕の左手と美園の右手の指を絡ませ、瞳を閉じた彼女の唇を何度も何度も啄んだ。美園の甘い香りをかき分けるように顔を寄せて唇を食むと、漏れる吐息とかすかな声もほんの僅かに甘みを帯びる。


 ゆっくり唇を離すと、少しだけとろんとした美園がほんのり赤い顔でえへへとはにかんだ。あまりにも可愛くて我慢ができなくなりそうだったのでそっと胸元に抱き寄せた。


「心臓、凄く早くなっています」

「うん。美園が可愛いから」


 そっと僕の胸に手を当てた美園が、今度は耳を当てている。鼓動は自分でそれがわかるくらいには早くなっている。彼女と一緒に寝ていると、抱きしめていると落ち着くと思ったばかりなのに、いつの間にか心臓は早鐘を打っている。


「美園は心臓に悪いな」

「智貴さんが言いますか? 私、この一年でどれだけドキドキさせられたか」

「させない方がいい?」


 半目の美園がむーっと顔を寄せるので、その髪をゆっくりと梳きながら尋ねてみる。


「わかっているくせに、ずるいですよ」

「うん。美園といると凄く落ち着いて幸せなんだけど、やっぱりこうやってドキドキもするよ。だから美園にも同じように感じてもらいたいなって思うんだ」

「私も同じですよ」


 美園は頬に垂れた髪の一房をかき上げ、そのまま口元を押さえて笑う。その仕草が上品で艶っぽくて、またもドキリとする。


「智貴さんと一緒にいると、とっても幸せです。優しい智貴さん、カッコいいい智貴さん、大好きです。でも、私にドキドキしてくれる可愛い智貴さんも大好きです」


 そう言って優しく微笑む美園がそっと僕の頬に唇で触れた。


「僕としてはカッコいい方に愛情を注いでほしいんだけど」

「いやです。私、結構よくばりなんですよ? 色んな智貴さんが見たいんです」

「そっか」

「そうなんです」


 ふふっと笑った美園がゆっくりとまぶたを下ろすので、今度は僕から彼女の唇へとキスを落とす。


「そう考えると僕はよくばりじゃないのかもね」


 笑いながらそう言ってみせると、美園は大きな可愛い目をぱちくりとさせ、軽く首を傾げた。


「僕は可愛い美園が見られればそれでいいから。……まあ、どんな美園でも可愛いってだけなんだけど」

「もうっ」


 照れたようにぷいっと顔を背けた美園がぺちんと僕の肩を叩く。やはりこんな時も可愛い。


「因みに今の僕はカッコいい方でいい?」

「今のはいじわるな智貴さんです。……でも、大好きです」

「増えたね。美園はよくばりだ」


 少し顔を離した美園を再び抱き寄せ、頬に手を当てながら尋ねてみると、彼女は口を尖らせ、そしてはにかんだ。


「はい。でも、多分こうなっちゃったのは智貴さんのせいなんですよ?」

「僕の?」

「好きになればなる程、こうなっちゃったんです。だから――」

「うん」


 少し潤んだ瞳の美園の、左手の薬指にそっと自分の指を這わせた。


「一生かけて責任取るよ」


 髪を撫でると、美園は「はい」と瞳を閉じた。

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