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消極先輩と積極後輩  作者: 水棲虫
おまけ
145/201

追う者

 追いコンも中盤に差し掛かる頃になると、何人かの1年生が集まって階下へと降りて行くのが見えた。因みに気付いたのは美園がその中にいたから。追いコンという場で彼氏持ちである美園が囲われる事はなかったが、やはりどうしても気になってちょくちょく視線を送っていた。

 目が合うと少し照れて笑う美園は、周辺の女性陣にからかわれていて、その度に僕へと恨めしげな可愛い視線を送ってくれていた。


 今日は手伝いだと言っていた美園がそんな風に場を離れたという事は、そろそろ何かあるのだろうと――去年の経験から――思っていると、「それではそろそろ」と本日の司会が声を上げ、新旧の委員長と副委員長の四人が会場の前方へと呼び出された。1年生の二人はシンプルなデザインの白い紙袋を手に持っている。

 同じデザインでありながら持ち手にタグが付けられたそれを見て、2年生全員が察した事だろう。後輩達からの贈り物だと。


「他の2年生の方の分もちゃんとありますからねー。今下で準備してるんで帰りに下で忘れずに貰っていってください」


 恐らくいまだに戻ってこない美園はその準備を手伝っているのだろう。

 そんな風に結論付けて美園を探していた視線を前方へ戻すと、後輩達を前にしたジンが既に涙を浮かべている。隣で爽やかに笑う康太に「早いだろ」とツッコまれ、小さな笑いが起こった。

 そして次の委員長が挨拶を始めた。


 委員長と副委員長は――各部長もそうだが――決まってから引き継ぎをする為、春休み中まで文実に関わっていたが、それも今日で完全に終わりになる。

 その辺りの感謝、来年度への決意表明、引退しても遊びに来てくれ連れて行ってくれと、そんな言葉を聞かされてジンは号泣している。返礼の言葉もまともに言えず、康太が苦笑しながらそつなく代行した。

 頼りない委員長を支えるしっかり者の副委員長という構図は最後まで変わらない。ジンは「最後まで情けない委員長で」と嗚咽で途切れ途切れになりながら謝っていた。


 ちょっと絵面が汚い感じになってはいたが、こんな奴だからこそ僕達はほとんど全会一致でジンを委員長に選んだ。みんなを纏め上げるリーダーではなかったが、誰よりもみんなの気持ちを代表する奴だった。

 だからそんなジンが泣くせいで、2年生どころか1年生にも目に涙を浮かべる者が出てきている。

 普段頼りがいのある姐さんと呼ばれる香も、香だからこそ、ジンにつられて大泣きしていて、周囲から背中をさすられている。


「えー、すみません。なんかこれで終わりみたいな雰囲気出ちゃってますが、最後にムービー作ってあるんで、こちらのスクリーンを見てください」


 ちょっと気まずげな司会の言葉で部屋の照明が落ち、天井からスクリーンが降りてきた。

 同時に美園を含めた何人かが一階から戻って来て、会場の隅の方で腰を下ろしたので、軽く手を挙げてお疲れ様と労うと優しい微笑みが帰ってきた。


「こんな時までお前は」

「しょうがないよね」


 軽く小突いてきたサネが右隣に、更にその右にドクが苦笑しながらやって来てそのまま三人でスクリーンへと向き直る。


「内容聞いてるか?」

「いや、なんにも。多分美園は製作には関わってないし、関わってたとしても言わないよ」

「それもそうだな」

「じゃあ楽しみだね」

「ああ」


 僕達同様に会場の2年生達は口々に期待を漏らしていたが、映像が始まり音楽が流れだすと全員がきっちりと口を閉じた。

 内容は卒業シーズンの曲をBGMに、この1年で撮影された文実活動中の写真がスライドショーのように進んでいくものだった。

 一度は沈黙した僕達2年生だが、そんな物を見ながら黙っているというのは不可能で、小声ではあるが皆写真を見ながら思い出話に花を咲かせ始めた。


 人数が多いせいで全体写真を撮る機会はほとんどなく、自分が写っている物は多くないが、それでもやはり感慨深い。

 写真にはメッセージや解説が加えられているので、あの時はこうだった、この時自分はこんな事をしていた、などの声が聞こえる。そんな風に、写っていない所にも頑張っている者はたくさんいた。だから改めて認識する、みんなで同じ目標に向かって突き進んだのだと。


 丁度BGMが二曲目に変わり、シーンは夏休み中の実務へと移っていく。この頃から全員が白いスタジャンを着用して作業をしている。

 そう言えば美園と付き合いだしたのはこの少し前だったなと思っていると、ちょうど白いスタジャンを着た僕と美園が二人でいる写真が流された。『バカップルが誕生したのもこの頃』と加えられた文章に周囲から笑いがこぼれた。


「おい。いつ撮った」

「お前らいつも一緒なんだからいつでも撮れるだろ」


 ひしひしと感じる視線を誤魔化す為に呟くと、右隣から呆れたように言われ、そうだそうだとそれに同意する意見が周囲から聞こえた。文実の活動中はそれほど一緒じゃなかったんだが。

 ちらりと美園を窺うと、いつの間にか彼女の隣にいた志保の肩を掴んで揺さぶっていた。犯人はお前か。

 そのまま美園を見ていると余計にからかわれると思い、すぐにスクリーンへ視線を戻すと既に次の写真が流されていた。


 二曲目の終盤からは一週間前からの準備期間の写真が、三曲目からは文化祭当日の三日間の写真が映し出されていった。

 この頃からは添えられたメッセージが、1年生からの感謝を告げる色が強くなってきており、BGMと相俟って泣かせにきている。1ステを建てている写真に添えられたメッセージに、僕の横のサネは鼻をすすっていた。


『頼りになる先輩でした。色々教えてくれてありがとうございました。来年は俺に任せてください』と、僕と雄一が建設中の2ステ上で指揮を執っている写真に添えられたメッセージに目頭が熱くなった。

 だと言うのに『頼りになる』の前に『ヘタレだけど』の文面が浮かび上がってきて、またも周囲から笑いが聞こえた。何故僕を素直に泣かせてくれないのか。


 そうやって流れていく準備期間や当日の写真とメッセージに、最初の頃は思い出話に花を咲かせていた2年生の口数がどんどん減っていく。みんなもうそれどころではなくなっている。

 特に女子の方ではすすり泣くような声も聞こえ、背中をさすられる者もいたが、さすっている方の目にも涙が浮かんでいた。

 隣の隣のドクも目からこぼれた涙を手で拭っており、「泣くなよ」とそれを小突いたサネにもその跡が見えた。


 そして最後の写真は、文化祭のフィナーレの後に撮影した数少ない全体の集合写真。一人一人は確かに小さいが、自分がどこにいるかはわかる。

 大学2年間で間違いなく一番力を入れてきた事の結果がここにある。

『2年間お疲れ様でした。そして1年間ありがとうございました。来年の文化祭、楽しみにしていてください』のメッセージで締められたムービーが終わり、明るくなった部屋が眩しい。

 僕はその光から守るフリをして目を押さえた。



 帰りに渡された紙袋には上映されたムービーを焼いたディスクと2年生個人個人用に作られたオリジナルのフォトフレームが入っていた。その中には最後に映された全体写真がデフォルトで挟まれていて、これを抜いてまで他の写真は飾りづらいなと苦笑した。


 そんな袋を持って参加した二次会は、感動的な一次会に反して本当にいつも通りだった。サネの家なのが大きな原因のような気もするが。

 それでもなんとなくこれでいいような気はしている。追いコンではあるが僕達は卒業して大学を去る訳ではない。これからも遊びましょうと、お互いにそう言っているような二次会は居心地が良かった。


 そして僕は今、そんなサネの家を抜け出して若葉の部屋まで来ていた。

 チャイムを押すと中から玄関へ向かってくる足音が聞こえる。


「マッキー来た」

「悪いな。上がってもいい?」

「どーぞどーぞ」


 中から現れたミニマムな同級生の許しを得て上がらせてもらうと、若葉を含めて八人の女子がいて、内七人が僕へと視線を向けて口々に何か言っているが、こちらの視線は残り一人にしか向かなかった。


「ごめんな。こんなに弱いとは思わんくて」

「いや。飲んだ美園が悪い。みんなは気にしなくていいよ」


 志保も香も別の二次会に顔を出しているせいかここにはいない。美園がこうまでアルコールに弱い事を知っているのは本人だけだったはずだ。


「でも一口くらいって勧めたのはウチやし、怒らんといてやってな」

「怒る訳無いだろ」


 眠ってしまった美園を見ながらそう言うと、室内の空気が弛むのを感じた。どうやら美園に酒を飲ませて潰してしまった事で、僕が相当な怒りを見せるのだと思っていたようだ。「僕を何だと思ってるんだ」とこれ見よがしにため息を吐いて見せると、「バカップルの彼氏の方」と返され、他からは笑われた。


「寝ちゃう前は泣いてましたから、本当に寂しかったんだと思います。許してあげてください」

「うん。最後の機会かもしれないからって、一口だけって言って美園も飲んだんです」

「そっか。ありがとう」


 庇ってくれた1年生に礼を言い、膝を屈めて美園の頬をぺちぺちと叩き「美園」と呼び掛けていると、何度目かで彼女はゆっくりと目を開けた。


「智、貴さん……?」

「帰ろうか。立てる?」


 少し赤い顔にとろんとした目ではあったが、美園はこくりと頷いた。そんな彼女に肩を貸しながらゆっくりと立ち上がらせると、意外に足元はしっかりしていた。


「それじゃ帰るよ。悪かったな」

「ううん、こっちこそやし。美園にも気にせんといてって言っといて」

「ああ。ありがとう。それじゃ」


 美園に上着を着せながら若葉とその場のメンバーに礼を言い、若葉の部屋を辞した。ここからだと美園の部屋の方が近いのだが、予定に無かった訪問は美園も嫌がるかもしれないので、僕の部屋に向かう事にした。


「すみませんでした」


 美園の足取りはしっかりとしていて安心したが、そのまま肩を貸してしばらく歩いていると、美園が小さく謝った。


「そうだね。事情は聞いてるけど飲むべきじゃなかったかな。僕が一緒にいる時ならいいけどね」


 文化祭後に二人で一緒にお酒をという約束を果たした時も、美園はすぐに眠ってしまった。一口程度であれば次の日に残ったり危険な症状が出ない事はわかったが、それでも僕の前以外では無防備な姿を見せてほしくない。

 だから気にするなという意味も込めておどけて見せたが、美園は足を止めて俯いた。


「それもそうなんですけど……」

「うん?」

「せっかくの日だったのに、私のせいで……」


 左隣から小さな嗚咽が聞こえる。


「泣かないでくれよ」


 そう言って腰を支えていた左手に少し力を込めて、そっと美園を引き寄せて抱きしめ、指で彼女の涙を拭って笑ってみせた。


「二次会はいつもの飲み会だったし、本当に全然気にしなくていいよ」

「でも……」

「美園。僕は美園が一番大事だし、僕の友達もそんな僕をわかってくれてるよ。だから『早く行ってやって』って笑いながら送り出してくれたし、『埋め合わせしろよ』って次の機会もくれた。だから美園が気にする事なんて一つも無いんだ」


 自慢の親友達だ。2年間で育んだ友情は脆くはない。

 それを伝えて髪を撫でると、それでもやはり美園はまだ目を潤ませていた。アルコール摂取のせいか少し情緒不安定ぎみなのかもしれないが、一番の原因は恐らく――


「僕も寂しい」

「……はい」


 僕は美園が作る文化祭が楽しみだと言ったし、美園も大切な場所だから頑張ると言ってくれていた。ただそれでも、一緒の場所に所属しているという繋がりが今日無くなった。OBと現役という関係性はそれを埋めるには少し遠いのだと思う。

 それにお互いにお互いだけでなく、特に美園は先輩から可愛がってもらっていたのだからより寂しさは大きいはずだ。


「今日は帰ったらすぐ風呂入って寝ちゃおう。ぎゅーって抱きしめ合ってさ」


 きっとその全てを埋める事は出来ない。それでも僕の分くらいは、寂しい思いなど埋めてみせる。


「はいっ。ありがとうございます。智貴さん」

「うん」


 ようやく笑顔を見せてくれた美園に頷き、少しだけ周囲を見回した後で唇を重ねた。まぶたを下ろす事も忘れた美園が目を丸くしているのが可愛くて頭をくしゃっと撫でた。


「もうっ」


 アルコール以外に原因のある赤い顔の美園が、ぺちぺちと僕を叩く。


「でもやっぱり、今日の最後はこうして美園と一緒に帰れて良かった」

「……はい。実行委員の活動では、ずっとこうやって智貴さんに送ってもらいましたから。最後なのは寂しいですけどね」

「手、繋いでいいかな?」

「今更そんな事を聞くんですか?」


 美園が少し呆れたように優しく笑って首を傾げる。


「昔の僕がずっと言いたかった事だからね。最後くらいはさ」

「あ……嬉しいです。はい! 手を繋いで一緒に帰りましょう。牧村先輩」


 そう言って、美園はその白く綺麗な手を僕へと差し出してくれた。

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