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消極先輩と積極後輩  作者: 水棲虫
おまけ
135/201

一緒にいるだけで

 年が明け、美園の帰省、智貴の成人式も終わり、1月も後半に差し掛かろうとしている。因みに、スーツ姿の智貴の写真が美園の、晴れ着姿の美園の写真が智貴の、それぞれのフォルダを潤わせた。


 この週からは、冬休み期間は休止中だった文化祭実行委員の全体会も再開される。より正確に言えば再開ではなく新しいスタート。その場に2年生――3月の追いコンで正式な引退になる――はもうおらず、1年生のみで来期に向けての態勢を整えていく事になる。


 2月の頭には試験があるので、前期に倣うのであれば試験休み期間になるところではあるが、議題が来期の根幹に関わる――委員長、副委員長と各部長の選定――為、一回の活動時間を短めにしながらも、この時期から活動スタートとなる。

 美園はと言えば、そんな来期への期待で活動に対しての充実を感じてはいた。しかし同時に、人数の半減した全体会と、その規模に合わせた利用教室、そしてその小さな教室のどこにもいない智貴に対し、胸に大きな穴の空いた感覚も味わっていた。


「帰りには連絡くれよ。迎えに行くから」と笑っていた智貴と離れたのは30分程前だと言うのに、もう寂しい。迎えの事を考えても、遅くともあと2時間以内にはまた会えるのに、やはり寂しい。

 会える時間、一緒に過ごせる時間を考えれば、半分程をただの先輩後輩として過ごした去年の実行委員期間よりも、今年の期間の方がずっと長い。にも拘わらず、もう智貴と一緒に実行委員の活動が出来ないのだと実感を得てしまい、それが辛い。


「寂しいんでしょ?」


 ふいに横からかけられた声に、美園はコクリと頷いた。この親友には隠し事は無駄だろうと、諦観も込めて少し苦笑しながら。

 親友はと言えば、わざとのように口を尖らせ、「贅沢だよねー」と笑った。


「私なんて全く被ってないんだから」

「あ……そうだよね。ごめんね」


 親友の恋人は2歳上。その人もかつて実行委員だったとは言え、2年間の活動期間を、志保とは1秒たりとも一緒に過ごせはしない。

 それに比べてみれば、実行委員として共に活動しながら恋人となり、恋人として文化祭当日を迎えた美園達は、1年間とは言えこの文化祭実行委員で多くの思い出を作って来た。

 そしてこれからの人生も共に歩むのだと誓い合った。寂しいなどと言っては罰当たりもいいところだし、何よりバトンを渡してくれた智貴達先輩に申し訳が無さ過ぎる。


「ありがとう。しーちゃん」


 目を覚まさせてくれた親友に笑顔を向けると、志保は少しいたずらっぽく笑う。


「私は高校で部活1年一緒だったし、それからも3年一緒なんだけどね。って繋げようとしたんだけど、美園が満足ならそれでいいよ」

「ひどい!羨ましい!」


 無い物ねだりな事は分かっていても、羨ましいものは羨ましい。仕方の無い事だと美園は思う。



「ひどいでしょう?」


 智貴の部屋で出してもらった紅茶を前にして、美園は今日の親友との会話を彼に聞かせていた。

 因みに、智貴は迎えに来てくれると言っていたが、正門から彼の家までは開けているし、同じ時間に帰る委員達がいる。なので美園が智貴の部屋までは一人で来る事にして、そこから先を送ってもらう約束――智貴は大分渋ったが――になった。


「まあ、あいつらしいと言うか。何だかんだでいい友達だよな」


 そんな美園に智貴は最初苦笑で応じ、次にふっと息を吐いて笑った。


「それは……はい。自慢の親友です」

「うん」


 優しく微笑んだ智貴がテーブルの向かいから隣へと席を移し、くしゃりと美園の髪を撫でる。それがたまらなく心地良くて、子ども扱いされているような気も少ししたが、美園は彼の肩にそのまま頭を預けた。


「私、頑張りますね。智貴さんと出会えた場所だからというだけじゃありません。それを無しにしても、好きな場所なんです。だから、頑張ります。見ていてくださいね」

「うん、応援するから。他の誰よりも、僕が一番美園の頑張りを楽しみにしてる」


 髪を撫でてくれていた優しい手がそのまま肩に回され、美園は肩を抱かれながらそっと恋人に体を預けた。



「でも、応援してもらえるのは凄く嬉しいですけど、あんまり気を遣わないでくださいね。智貴さんだって、ご自分のお勉強がありますから」


 5分程その幸せを堪能した美園は、意を決してここ最近思っていた事を口にした。思い出してみれば冬休みに入った頃から兆候はあったが、顕著になったのは恐らく彼の成人式の後、つまりはここ1週間程。


「それじゃあ僕の人生の意義が無くなるな」


 名残惜しくはあるが、預けていた体を離し、隣の智貴に顔を向けると、彼はそう苦笑しながらおどけて見せた。

 そんな智貴の優しい視線を受けていた自身の瞳を横に向ける。美園の視線に誘導されるかのように、彼の目が同じ場所を向き、智貴のデスクの横の小さな本棚の上で、二人の視線は重なった。


「ああ。バレてたか」


 一瞬天井を仰いだ後、バツの悪そうな笑顔を向ける智貴に、「当然です」と言って美園は彼に抱きついた。その勢いを受け、智貴は抱きついて来た美園を抱きしめ返しながら、背中からゆっくりと――それでいて美園の腕に負担がかからないように――床に倒れ込んだ。


「やっぱり美園に隠し事は無理か」

「はい。智貴さんの事でしたら何だって」


 姿勢はそのまま、胸の上の美園の髪をそっと撫でながら尋ねた智貴に、美園は静かに応じた。


「ほんとはね、隠してた訳じゃなくて、ちゃんと結果を出して示したかったんだ」


 智貴の本棚には、資格試験用の参考書とテキストが新しく加わっていた。複数のテキストの中には理系の資格もありはしたが、彼の専門分野とはかけ離れている物だという事は、調べてわかった。

 それが何を意味するのか、分からない美園ではない。


「将来の為、なんですね」


 言葉にしてみただけで少し心臓の鼓動が早くなったのがわかる。頭に「私との」なんて修飾語を付けなくて良かったと思う。だと言うのに――


「うん。美園との将来の為に、出来る事をしておきたい」

「もうっ」


 智貴は美園が言えなかった言葉をあっさりと加えて繰り返す。それも、体勢上仕方がないとは言え、彼の胸に顔を埋めるような形になっている美園の耳元で。

 大きさを増した心音が伝わったのか、智貴はくすりと笑い、「起こしていい?」と尋ねてきた。それはつまり、ここから先は向き合って話したい、彼のそんな意思表示。


「はい」と答えた美園が体を起こそうとしたのを、「そのままでいいよ」と制した智貴が、美園を抱きしめながら起き上がり、ふうっと息を吐き、「まだ成果が出るには早いかな」と少し眉尻を下げながら呟いた。

 かつてない程力強く抱きしめられ、少しぽーっとしていた美園は、その辺りの言葉の意味を考えられなかった。


 そして、智貴につられるように姿勢を正した。

 真剣な智貴の視線を向けられ、美園はそれに応える事が出来なかった。今から言われる内容は、勉強に集中するのであまり会えなくなる、そんな類の事では無いかと思えてしまう。


「違うよ」


 優しい声、優しい瞳。口には出さなくとも、智貴には美園の不安が伝わっている。不安になったばかりだというのに、それがとても嬉しい。


「逆に、美園と会えなくなったら多分僕は勉強なんか出来なくなる。だから会うのを減らそうなんて言うつもりは無いよ」


 優しい笑みを湛えながらそう言った智貴が、「だから」と少し申し訳なさそうに付け加えた。


「美園が忙しい時でも、一目だけでも会わせてほしい」

「嫌です」


 きっぱりと言い切った美園に、智貴は一瞬だけ驚いたように目を見開き、そして笑った。


「一目だけだなんて嫌です。どんなに忙しくても、一目見ちゃえば我慢できません」

「確かに、そうだな」

「どうしても会えない時間はあると思います。でも、一緒にいられる時間はきっと作れます。お話したり、その、い、……」

「いちゃいちゃしたり?」


 恥ずかしくて途切れた言葉を智貴が引き継いでくれる。言葉にされてしまうのはやはり恥ずかしいが、それでも嬉しい。


「……はい。そういう事が出来なくても、一緒にお勉強をするだけでもいいんです。同じ場所で同じ時間を過ごせるだけでも、きっと幸せなんです」

「うん」


 智貴はもう一度「うん」と頷き、美園を見つめて笑った。


「やっぱり、美園は強いな」

「そうだとしたら、智貴さんのおかげです」

「そうか」

「そうなんです」


 そう言って微笑んで見せ、美園はゆっくりと目を閉じた。

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