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11話 和風モダンと上品な後輩

「予約した牧村です」


 予約した日本料理屋は駅から歩いて2分のホテルの10階にある。和風モダンとでも言うのだろうか、店内全体の様式自体は現代風でありながら、引き戸や障子などの日本的な建具と、木目の美しいテーブルや椅子などが異物感無く配置されている。

 奥の方には純和風の座敷の個室もあるようだが、借りようとすると結構な料金がかかるので流石にやめた。


「雰囲気のいいお店ですね。素敵です」


 美園も気に入ってくれたようで、僕は内心とても安心した。

 何故ならこの店を選んだのは僕だ。食事の約束をした時は、何を食べるか自体は美園に選んで貰おうと思っていたが、美園は「牧村先輩の希望を優先してください」と言って譲らなかった。

 女の子と食事に行く店、と考えてイタリアンかフレンチが定石かと思ったが、デートでも無いのに気取り過ぎだろうと思いなおして和食にした。しかし実際に来てみると、ここも中々気取った店だった。


「はい、メニュー」


 席まで案内を受け、美園を窓側の椅子に座らせてメニュー表を手渡す。


「ありがとうございます。どうかしましたか?」

「美園がファミレスに来た時の事を思い出してた。メニューを見てたらつい」


 少し思い出し笑いをしてしまった僕に、美園が不思議そうに尋ねてきたが、思い出していたのは当の本人の事だ。赤くした顔をメニュー表で隠していた美園を思い出し、目の前の状況と見比べておかしくなった。


「忘れてください……牧村先輩、いじわるです」

「あれは可愛かったから忘れるのは無理だなぁ……あ」


 拗ねたように言う美園が可愛くて、つい本音が出てしまったが、気付いた時には遅かった。

 目の前ではあの時の再現が行われており、それがおかしくて噴き出してしまった。


「あ……ううぅ」


 本人もその状況に気付いたのだろう。メニュー表を下げて、赤い顔のまま僕に抗議の視線を送って来る。


「ごめんごめん。邪魔しないから何頼むか決めようか」

「はい……」


 出来るだけ冷静を装ったが、僕の方も「可愛い」と漏らしてしまった後にあんな視線を向けられては顔が熱くなる。美園の視線をメニューに誘導出来て、内心ほっとした。



「和食のコースって実は初めてなんだ」


 僕たちが頼んだのは5月までの春限定ランチメニューで、最初に出てきた卯の花の煮物――おからとの違いは僕にはわからない――の後に9品が続くコース料理だ。

 懐石料理とは少し違うらしいが、付け焼刃の知識ではどう違うかがよくわからなかったので、素直に白状しておく。


「そうなんですか。それは光栄です」

「光栄? どうして?」

「最初の経験は印象に残るじゃないですか。そのお相手に選んで頂いた事が、です」

「それは……お手柔らかに」

「はい」


 美園はふふっと微笑んでそう言った。その発想は全く無かったが、確かに今日の事を忘れはしないだろうな。


「食べようか」

「はい。いただきます」

「いただきます」


 この子のいいところはやはりこういうところだと思う。「いただきますを言う女は意識してわざやってるから気を付けろ」とサネが言っていたが、美園を見ていると決してそんな事は無いだろうと思う。

 流れるように自然に出てきた上品な「いただきます」だ。つられた訳でも強制された訳でも無い、美園ならきっと言うだろうと思って用意しておいた「いただきます」を僕も続けた。


「おいしいです」

「うん、よかったよ」


 正直その言葉を聞いて安心する。評判通りの店で本当に良かったと思う。


「そんなに心配しなくても、牧村先輩が選んでくれたお店に不満なんてありませんよ?」

「……そんなに顔に出てたかな?」

「少しだけですよ」

「隠せてたと思ったんだけどな。参りました」

「ちゃんと見ていますから」


 そう言って美園は少し自慢げに笑った。



 2品目、3品目と続き、4品目は湯葉の入ったお吸い物。湯葉自体を食べた事が無いし、豆乳の味だと聞いた湯葉がお吸い物に合うのかと、おっかなびっくり口を付けたが、これが意外としっくり来た。


「湯葉って初めて食べるけど、結構歯ごたえあるんだね」

「はい。これは少し厚めですから余計にそう感じますね」


 美園は湯葉を食べた事があるのだろう。たまたま僕が食べた事が無いだけで、湯葉を食べた事があるから珍しいという訳では無いが、想像通り彼女はこういう場に慣れている。

 恐らくもっと高い懐石料理なども食べた事があるだろう。所作の美しさもそうだが、僕のように、料理が出てくるたびに「これなんだろう。どうやって食べるんだろう」という迷いが無い。


「また難しい顔をしていますね」

「あ……今度は何だと思う?」


 少し困ったように笑う美園に、ちょっとした劣等感に苛まれているのを隠す為、それから一緒にいて楽しくないという誤解を与えないよう、いたずらっぽく言って見せた。


「何でもわかる訳じゃありませんよ」


 意図が伝わってくれたのだろうと思う。美園は苦笑してそう返してくれた。


「あ、牧村先輩はお酒頼みますか? そろそろ合うお料理だと思いますよ」


 お父さんが酒を飲む人なのだろうか、こういう場での飲酒のタイミングもわかっているようだ。


「惹かれる提案だけどやめとくよ。未成年だし、外で飲むのは控えてるんだ」


 酒自体は飲むので偉そうな事は言えないが、宅飲みや新歓の時のような場以外では出来るだけ飲まないようにしている。


「お誕生日はいつなんですか?」

「9月だよ」

「私も9月です!何日ですか?」

「18日。美園は?」

「私は30日です。じゃあ! ……」

「ん?」

「いえ、やっぱり何でもないです」


 お互いの誕生日がわかったところで、美園はぱっと顔を輝かせて何かを言おうとしたが、その先の言葉を飲み込んだ。

 少し気になりはしたが、9月30日には何のプレゼントを送ろうか、なんて大分気の早い事を考えていたので、聞き返す事も無くあっさりと流した。



 刺身、焼魚、野菜の煮物、炊き込みご飯、漬物と続いて今目の前に出てきたのはデザート、和食風に言うと水菓子らしい。一口サイズの桜餅、苺大福、杏仁豆腐の三種が並んでいる。

 女の子は甘味が好きだという一般常識から美園も外れる事は無いようで、楽しそうにデザートを見ている。


「私、苺が大好きなんです」


 そう言われて思い出すのは、またもあの日のバイト先。美園――と志保――に出したのは苺のムースだった。ファミレスの安物ではあるが、正解を引いていたようで嬉しく思う。

 そんなに好きなら僕の分もあげようかと思ったが、それをしたら美園は僕に気を遣わせたと申し訳ない気分になるかもしれないのでやめた。こちらの正解はわからない。


「それなら良かった」

「今日は本当に、思い切ってお願いして良かったです」


 先程勝手に想像して遠くに感じたお嬢様ではなく、可愛い後輩の姿がそこにはあった。

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