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115話 微笑ましい光景に重ねるもの

「こちらはご家族連れや子ども達もいますね」


 棟内展示が行われている共通A棟を第2ステージと反対方向へ通り抜け、模擬店通りの端と第3ステージの間がストリートパフォーマンスの中心エリアになる。

 棟内では学生以外の客層は比較的上よりの年齢に偏っていた。展示という静的な性質のエリアなのである意味では当然の事かもしれない。

 対して、ストパエリアは美園が言った通り低年齢層や家族連れも多い。


「うん。模擬店を除けばここが一番全年齢向けだからね」

「確かにそうですね」


 文化祭自体は広く開放されると言っても、そもそも出展側が大学生なのだから必然的に想定される客層も大学生がメインになる。例外もあるにはあるが、ステージ上の発表などは特に顕著だ。


「大道芸、ダンス、弾き語りに野点なんかもあるんですね」


 物珍しそうにキョロキョロと辺りを見回す美園が、ごった煮のエリアの様子にくすりと笑う。


「文化祭で何かをやろうとした場合、ウチの委員会を通さないといけないからね。茶道部は棟内でも教室使ってたけど」

「野点をやろうとすると、どうしてもストリートパフォーマンスの区分になっちゃうんですね」

「広い意味では間違ってないんだろうけど、イメージは全然違うよな」

「そうですね」


 軽く口元を抑えてふふっと笑った美園が、茶道部から近くのジャグリングへと視線を移す。カラフルな衣装を着た大道芸サークルのメンバーが、二人がかりでボウリングのピンのような形をした、大道芸でよく使う道具をジャグリングしている。


「大道芸を実際に見るのは初めてですけど、凄いんですね」

「ね」


 二人の間で飛んでいるピンは6本。相手に正確にピンを投げながら、逆に相手から投げられたピンをきっちりキャッチ。二人の脚はほとんど動いておらず、動作の正確さがこれでもかと伝わる。

 しばらく見ていると、背中越しに投げたり、回転しながら投げたりと投げ方が変わり、素人の僕でも難易度が上がったことがわかる。そして高く投げ上げられたピンをお互いが見事全てキャッチし、彼らが観客に向けて礼をした。

 繋いだ手を一旦、あくまで一旦離して拍手を贈る。美園も目を輝かせながら拍手をしていて可愛い。


「ちょっとやってみる?」


 最前列で大きな拍手をしていた小学校に入る前くらいの年齢の子どもに、演者から声が掛かる。少年が一緒にいたまだ若いご両親を振り返ると、「せっかくだからやらせてもらったら?」という言葉をもらい、彼は嬉しそうに頷いて、演者からボールを受け取っていた。


「小さな子って可愛いですよね」

「そうだな」


 受け取ったボールを演者に投げ返し、今度はそっと投げ返してもらう。ニコニコと笑う少年を、周囲の観客は微笑ましい視線を向けながら見守っている。手を繋ぎ直した美園も、乃々香さんに向けていたのと少し似ている、優しい表情でその様子を見ていた。


「美園、子ども好きなんだな」

「はい、好きですよ。それに乃々香の相手をする事が多かったので、あのくらいの年齢の子には懐かしさもあるのかもしれません」

「優しいお姉ちゃんだもんな」


 妹さん(乃々香さん)の懐きようを見れば、美園がどれだけいいお姉ちゃんだったのかというのは想像に難くない。見なくても美園本人からももちろんわかるが。そんな僕の言葉に照れたように笑った美園が、「智貴さんは」と口を開く。絡めた指のこわばりから、少しだけ彼女の緊張が伝わる気がした。


「子どもは好きですか?」

「うん、好きだと思うよ。一人っ子だったし、親戚の中でも年下の方だったからあんまり触れ合う機会は無かったけど、ああいう風なのは微笑ましいと思う」


 演者との間でやり取りするボールが一つ増え、ニコニコの笑顔から一生懸命な表情に変わった少年を見ながら、僕は美園に頷いて見せた。指から伝わる緊張が解けていくのを感じる。ほっとしたような彼女の様子に、流石の僕でも今の質問の意図はわかった。

 嬉しそうに笑う美園に声をかけようとした時、彼女の足元にてんてんとボールが転がって来た。ジャグリング中の彼がこぼしたらしく、小さな歩幅で一生懸命にこちらに向かっている。


「はい。どうぞ」


 ボールを拾った美園が、しゃがみ込んで少年と目線を合わせ、優しい笑みを浮かべると、周囲の男性客と演者が息を飲んだのがわかる。ボールを渡された彼も、年上の美人なお姉さんに緊張でもしたのか、「ありがとうお姉ちゃん」とぎこちなく言って戻って行ってしまった。


「美園は――」


 立ち上がってまた手を繋いだ美園は、柔らかな笑みを湛えている。


「はい」


 そんな表情のまま首を傾げる彼女に、「なんでもないよ」とだけ言って、周囲の目が少年に戻った事を確認してそっと、一瞬だけ頭を撫でる。「もう」とふくれて見せた美園が、またも「お返しです」と背伸びをしながら僕の髪を撫でた。

 美園はいいお母さんになるだろうな。つい先程言えなかった言葉を、心中で囁く。

 未婚の女性にそんな事を言うのはセクハラかもしれないという思いもあったが、何よりその言葉を伝えるのに、僕にはあと少し覚悟が足りなかった。



 ストパエリアを順に巡り第3ステージまで辿り着いたが、こちらでもちょうどバンド演奏の時間だった。

 2ステはバンドメイン、1ステはバンド以外の音楽またはダンス等。そして3ステはオールジャンルなのだが、今は折り悪くバンドの時間で、2ステ担当の僕達からすればよく見た光景だった。


「ここはまあいいか」


 3ステのテントで居眠りし後輩を困らせている純をちらりと見て、僕はため息を吐きながら美園に伝えた。彼女の方も少し困ったように笑っているが、他を見に行く事に異論は無いようだ。


「次はどうしましょうか?」

「そうだなあ」


 腕時計に目を落として現在時間を確認するが、まだ時間的な余裕はある。


「フリマでも行こうか」

「第1ステージは素通りですか?」

「美園は見たい? 今ミスコンやってるけど」

「フリーマーケットに行きましょう」


 ノータイムのレスポンスが面白くて笑いをこぼしてしまうと、美園が少し恨めし気な上目遣いを向けてくる。


「智貴さん。ミスコン、見たいんですか?」

「美園が出てないんだから興味無いかな」


 本心からそう伝え、可愛らしい嫉妬を見せてくれた彼女の頭に手を置くと、「もうっ」と頬を朱に染めた美園が視線を逸らす。


「じゃあフリマでいいかな?」


 笑いながら尋ねると、様子はそのままに、美園は「はい」と小さく頷いた。


「邪魔にならなそうだったら1ステの連中にも声かけて行こうか」

「はいっ」


 1ステにはサネがいるし、美園にとっては志保と若葉がいる。お互いに少し顔を出していきたい気持ちはある。

 ただし、邪魔にならないようにだ。ミスコンの会場に美園を連れて行くのは気が引ける。観客の視線をステージ上から引きずり下ろすような行為だと思うのは、恋人としての贔屓目だろうか。

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