106話 最初で最後の文化祭
「今日は大分人が少ないっすね」
「ほとんど3ステに行ってるからな」
作業参加者の内、約半数が3ステに割り振られ、残りを更に半分ずつにした人員が第1と第2のステージに宛がわれている。1ステと2ステは微調整と、ステージバックと袖に木製大型看板を設置する作業が残っているのみなので、僕と雄一を入れて七人――2年三人、1年四人――足でも夜までに作業を終える事は可能だ。一方の3ステも、今日は昼からの作業なので量は多くとも同じくらいの時間には終わる予定になっている。
「微調整って何するんすか?」
「クランクの増し締めと水平の再確認だな。増し締めは他の皆に任せて、僕達は水平の再確認な」
特に2ステは下が土なので、他のステージよりも水平の狂いは発生しやすい。今年は雨が降らなかったのでまず問題ないだろうが、それならそれで大丈夫な事を確認しなければならない。
「よし、それじゃあ作業開始!」
拳こそ突き上げなかったが、純以上に似合わない大声を上げると、ノリよく全員が「オーッ!!」と拳を突き上げてくれた。
◇
「水平大丈夫っしたね」
「ああ。クランクの方も良さそうだな」
ステージの下に潜っていた五人の代表からも、サムズアップで作業完了を示された。
「じゃあ、看板運ぶか」
「了解っす」
元気に返事をした雄一と他の1年生達だったが、2年生は「ついに来てしまったか」という表情を浮かべている。
2ステが建つ広場は共通棟群と理学部棟群の間にあり、委員会室までは通常歩けば3分程度なのだが、それはあくまで校舎内を通り抜けていく場合だ。通り抜けが出来ない場合はほぼ倍かかる上に、それなりの大きさの木製看板を持って歩くので余計に時間がかかる。
ステージ袖用が両側で2枚、ステージバック用が6枚の合計8枚を七人で運ぶ訳だが、三人と四人でグループ分けしても4往復で約1時間かかり、その内40分近くが看板を持っている時間だ。休み休み作業するが、中々握力を奪われる事になる。
1往復終えたところで、1年生達もそれがわかったらしく、手をグーパーさせている。
「トラック使えないんすか?夜の作業だと資材それで運んでたっすよね?」
「木曜の午後だからな。まだ学生が多くて危ない」
「昨日の夜の内に運び込んどけば――」
「椅子や机なんかもそうだけど、降雨の可能性と万が一いたずらされるリスクを考えると、直前の運び込みが正解になるんだよ。夜通し見張りしたくないだろ?」
「……そっすね」
ステージはキリのいいところまで作業してしまえば、それを崩すのは少人数短時間では難しい。しかも明かりが無いのだからそんな事をする連中も危険だし、何より建てるのに長い時間が必要なので例外だ。
「じゃあ5分休憩して、また運ぼうか。次は今四人だった方から一人、三人だった方へ加えて再開」
「了解っす」
◇
「2ステはどんな感じだ?」
「順調。バックは付け終わったから後は袖を2枚付ければ完成。1ステは?」
「大体同じ感じだ」
1食で夕食をとりながらサネと進捗確認をしていると、少し遅れた純がトレイを持ってやって来た。
「お疲れ。3ステどうだ?」
「お疲れ様」
「お疲れ様。あとはバックと袖付け。もう運搬は終わってるから、かかってもあと2時間くらいかな」
「じゃあ全体で9時くらいには終わるか」
「まあ僕達は最終確認あるけどな」
「それを言うなよ」
何のトラブルも無く終わりが見えてきたので、僕達の気分も軽い。
「お、マキ。彼女来たぞ」
「行かなくていいの?」
「断腸の思いでここにいるんだよ。あっちはあっちで女子チームで交流があるだろうし」
髪をまとめた美園がこちらに気付いて嬉しそうに笑うので、僕の方も手をひらひらとさせてそれに応じた。
「デレッデレだね。あのマキ君が」
「だろ?ちょっと余裕見せたと思ったらすぐこれだよ」
しょうがないだろ、可愛いんだから。どうしようもなく。口に出すと色々言われたりペナルティーを付けられたりしそうなので、心中でそう叫ぶ。
「まあ可愛いもんねあの子」
「だろ!?」
二人とも何故か呆れたような顔で僕を見ていた。
◇
「3ステに今から行ってもする事無いし、ここで女子チームを手伝おうか」
第2ステージは先程ほぼ完成した。あとは今女子チームが運んできてくれた、紙製の長い看板を使ってステージの土台部分の目隠しをすれば最終的な完成になる。
「女子にいいとこ見せるチャンスっすね」
雄一はそう言って女子チームの手伝いに走って行った。そこには美園もいたので僕も走って行きたかったが、こちらにも設置準備がある。雄一にはいつか資料を見せながら教えようと思う。
「お疲れマッキー。もうそっちの準備いい?」
「ああ。資材も用意したし、頼むよ」
代表の香にそう言って作業の指揮を任せると、姐さんのあだ名は伊達ではなく、こちらに残っていた男子達も上手く使って、10分足らずで仕事を終えてしまった。
「お疲れ様。他のステージ待ちだから委員会室の方で休んでて。向こうもすぐ終わると思うから」
香が率いていた女子にそう声をかけて委員会室へと向かわせ、僕も同じように2ステ要員の男子達を見送った。この場には第2ステージ担当の四人だけが残る。
「ステージの作業は見られませんでしたけど、夜でも明るいんですね」
「うん。あれが結構役に立ってくれるんだよ」
発電機に繋がれたバルーン投光器を指差すと、急に視線を向けてしまった美園は眩しそうに手をかざした。
「じゃあ完成したステージ上がってみようか」
「いいんですか?」
ステージの写真を撮っていた香が、そんな美園の様子を見て笑いながら提案した。
「もちろん。それにマッキー達も散々上に乗ってるからね」
「はい。ありがとうございます」
そこから先は僕の役目。顔を綻ばせる美園の手を取り、袖の階段からステージへと上がる。香と雄一がやれやれと言いたげな顔をしていたが、無視してライトアップ――工事現場用のバルーン投光器だが――された壇上へと美園を誘う。
「綺麗ですね。光もですけど、ステージも」
ステージバックの看板を振り返る美園に釣られると、紅葉をイメージした赤橙色がそこに広がっている。
「うん。みんなで作った物だから、本当にそう思う」
香と雄一も同じようにステージバックに見入っている。
「俺、この辺塗ったっすよ」
「僕は2ステのバックは塗れなかったんだよな、作業割り振り的に」
雄一ははしゃぎながら看板の一部を指差して写真を撮っている。
「今は四人しかいないから無理だけど、片づけちゃう前には担当全員で写真撮ろうか」
「だな」
「はい!楽しみです」
「そうっすねえ」
それはきっと一生物の思い出になるだろう。
◇
今日の全体の作業が終わり、各部ごとに分かれて明日の段取りを再確認して解散となった後、僕は一人で2ステの最終確認に来ていた。
暗い広場の中をペンライトで照らし、発電機を動かして投光器に一つだけ明かりを灯す。
最終確認と言っても今から一人で出来る事はほとんど無い。全体を見渡して目立った異常が無いかだけをチェックするだけ。
「いよいよか」
ステージ中央正面の地面に腰を下ろし、一人そう呟いた。はずだった。
「はい。いよいよです」
かすかな甘い香りを漂わせ、美園が微笑みながら僕の顔を覗き込んでいた。
「来ちゃいました」
「うん」
成さんの部屋に泊まる志保と一緒に帰るよう言いはしたが、何故か来てくれるような気がしていた。
「二人で見たかった。来てくれてありがとう」
勢いを付けて立ち上がり、服に着いた土を払うと、美園ははにかみながら口を開いた。
「よかったです。先に帰るように言われていましたから、もしかしたら怒られるかもしれないと思っていました」
「そんな事しないよ」
「はい。もう一度、智貴さんと一緒に見たかったので来てよかったです」
「うん」
どちらともなく歩き出し、ステージの手前まで手を繋いで進んだ。
「この袖の演目表は全部美園が書いたんだよな」
「はい。私が書かせてもらいました」
「綺麗な字だよ」
「ありがとうございます」
そう言って僕はスマホを取り出してステージ袖の看板の写真を撮った。
「次は美園が入って」
「はいっ」
看板の前で控えめなポーズを取る美園を写真に収めると、「次は智貴さんの番です」と美園に呼ばれた。「交代ですね」と笑いながら歩いてくる美園を捕まえ、そのまま腰に手を添えて看板前まで押し戻す。
「智貴さんの写真……」
「僕は美園と一緒がいい」
「それは別に撮ればいいじゃないですか」
「まあまあ」
美園を宥めながら「撮るよ」と言えば、「仕方ないですね」と笑った彼女が僕に身を寄せてくれる。自撮りはもう慣れたもので、僕と美園を写しつつ看板の文字をフレームに入れる事も一発で成功した。
「それじゃもう1枚」
「はいっ」
今度は後ろから美園を抱きしめながら1枚。画面を確認すると少し照れた美園が写っている。1枚目も2枚目もどちらも可愛く撮れている。
「見せてください」
「はい。可愛く撮れてるよ」
スマホを渡すと、「智貴さんもカッコよく撮れていますよ」と美園は笑い、腕を大きく広げた。
ステージの前でそのまま美園を抱きしめ、耳元で囁いた。
「頑張ろうな。終わった後の総括なんかもあるけど、とにかくはまずこの3日間だ」
「はい。きっと素敵な文化祭になります」
「ああ」
二人で過ごす、実行委員としての最初で最後の文化祭が始まる。