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97話 雨降らずして地固まる

ちょっと短めです。

「智貴さん。喧嘩をしましょう」

「はい?」


 土曜の実務の後、家にお呼ばれして夕食を食べ終わった後の事だった。ソファーの隣に座った僕の彼女がおかしなことを言い出した。


「ごめん。疲れてるのにご飯作らせて。残ってる家事があれば僕がやるから美園はゆっくり休んでて」


 美園の授業終わりが18時を超える月曜日は僕が夕食を作ると約束をしているが、それ以外の日では特に決まり事は無い。だがそれでも彼女が作ってくれる事の方がずっと多い。料理の美味しさが僕よりずっと上なので、食事に関しては美園に甘える事が多かったと思う。


「違います。疲れてもいませんし熱もありません」


 彼女の額に当てた僕の手を優しくどかし、美園は口を尖らせた。


「お友達から聞いたんです。恋人同士で喧嘩を一度もしないなんてことは無いって。もし無いのなら、それはどちらかが我慢をしているからだって。私は智貴さんに不満なんて一切ありませんから、智貴さんが私に対して我慢をしてくれているという事ですよね?それをぶつけてください」

「そう言われてもなあ」


 表情から美園が冗談で言っている訳ではない事はわかる。発言内容に関しても一理あるとは思う。いくらお互い好き合って交際に至るとは言え、恋人同士は所詮他人だ。相手に不満くらいは持つ事も無いとは言えないだろう。


「でも僕は美園に対して我慢してる事なんて無いよ」

「本当ですか?」


 僕が嘘を吐いていない事がわかるのだろう、美園は不思議そうに首を傾げている。


「お友達に智貴さんとの事を話すと、『美園って結構めんどくさいタイプだよね』って言われるんです」

「あー」


 言いづらそうに口を開いた美園の言葉に少しだけ納得してしまったが、彼女は「やっぱり」と呟いて俯いてしまった。


「私面倒な女なんですね」

「他の人から見たらそう映る部分はあるかもしれないけど、僕はそうは思わないよ」


 美園の頭にぽんと軽く手を置いて、言葉を続ける。


「僕は美園のそう言う部分はさ、僕の事を大切に思ってくれてるんだなあって思えて凄く好きだよ」

「本当ですか?」

「もちろん。嘘言って無いのわかるだろ?」


 上目遣いでおずおずと聞いてくる美園にそう言って見せると、彼女は僅かに頬を赤らめてこくりと頷いた。


「逆に僕なんかさ、友達からはヘタレヘタレって言われるけど、美園はそういう部分はどう思う?」


 先程僕に不満は無いと言ってくれたからこそ聞けた質問だが、顔を上げた美園は大真面目な顔で答えてくれた。


「智貴さんの優しいところの一部だと思います。大好きです」

「ありがとう」


 あまりにストレートな物言いに頬が弛む。ちょっとカッコつけた手前その顔を見せたくなくて、大好きな彼女をそっと抱き寄せた。

 実務終了後に香水をつけ直したからなのか、いつもの美園よりも甘い香りが少し強く感じた。


「まあ何と言うかさ、お互いに完全無欠って訳じゃないから欠点はあるのかもしれないけど、それでもそういった部分を含めて好きだから一緒にいると思うんだ」

「はい。私の事面倒にならないでくださいね」


 耳を心地よくくすぐるその囁きに、「あり得ないよ」と自信満々に応じると、美園の腕が僕の首に回された。


「僕がヘタレでも愛想尽かさないでくれよ?」

「どうしましょうか?」


 耳元の囁きが妙に艶っぽく背筋がぞくりとする。

 そんな僕の反応に美園はくすりと笑い、「冗談です」と腕はそのままに耳元から顔を離した。


「結局喧嘩は出来ませんでしたね」

「美園と喧嘩なんてしたくないな」


 僕の腕は美園の腰元に、美園の腕は僕の首にある。顔と顔の距離は拳一つ分程度。喧嘩などしようものなら、この位置で彼女と顔を突き合わす事など叶わなくなる。少しの間だとしても、そんな時間を作りたいとは思わない。


「私もです。でも、言いたい事があったら遠慮せずに言ってくださいね」

「うん。だから美園も言いたい事があればどんどん言ってくれ」

「じゃあちゅーしてください」

「意図が違わないか?」


 苦笑して見せると、美園は「いいんです」と笑ってから目を閉じた。

 拳一つ分の距離はほんの一瞬で埋まり、そのまま彼女の唇を啄んだ。


「智貴さんは何かありませんか?」


 唇を重ね終わり、少し色っぽく息を吐いた美園が握りこぶし一つ分の距離で優しく微笑んだ。

 答えは決まっていた。

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