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8話 叱られる先輩と二人の世界

 僕が1コマを自主休講した次の日の火曜、今日は五月連休前最後の文実の全体会だ。

 今回の全体会では、連休明けの全体実務――初回は去年使った看板をメンテナンスすることになる――の説明が行われた。

 その後1年生に、メッセージアプリの文実グループに登録をしてもらう。今後の連絡事項はこれを通して行われる事になる。

 例えば教室の予約を取る関係上、文実の全体会の場所変更はたまに発生するので、その連絡にも役立つ。因みに1年生が登録する前までの全体会は、昨年度の段階から場所予約をしておいたことで確保できていた。


「牧村先輩。こんばんは」

「ああ、こんばんは」


 「こんばんは」なんて挨拶をしたのはいつぶりだろう。少なくとも、大学に入ってからは「おはよう」以外は「お疲れ(様)」で済ませていた気がする。

 全体会が終わり、部会の場所へと移動中に声をかけてくれた美園にそんな事を思う。


「よ。美園、でよかったよな?」

「はい。こんばんは、実松さん、渡久地さん」

「やあ。俺の事も覚えててくれたんだ」


 僕と行動を共にしていたサネとドクも美園に挨拶をした。お前らも「こんばんは」って言え。などと思っていたらドクが余計な事を言い出した。


「この子が一昨日マキが言ってた子?」

「そうだよ。じゃあマキ、先行くわ」

「あ、おい」


 たったそれだけを言って、同じようなニヤケ面を浮かべた二人が、僕の両肩を叩いて先に走って行った。この間酒に逃げた僕のせいでもあるが、どうもまだ変な誤解をされている。


「あの。一昨日のお話って……」

「あー。大したことじゃないから気にしなくていいよ」

「やっぱりご迷惑でしたか?」

「迷惑?何が?」


 美園が不安そうに僕を見上げる理由がわからない。この子を迷惑だと思った事など無いのだから。


「その、アルバイト先に伺った事が、お邪魔だったのかなと」

「ああ。それは関係無いし全然気にしてないから、美園も気にしなくていい」


 言われて気付くが、一昨日は美園(と志保)が僕のバイト先に遊びに来た日だ。その後のドクの家での事情を知らない美園からしたら、僕が「バイト先に後輩が来て困った」というような愚痴を言ったと勘違いしてしまったのだろう。

 カッコつけてデザートを奢ってしまった事も、かえって美園の罪悪感を助長してしまったのかもしれない。


「僕は今まで部活とかやって来なかったから、あんまりちゃんとした後輩っていなかったんだよ」


 自分の気持ちを言葉にするというのは結構恥ずかしい。特に僕はそういった事はあまりしてこなかった人間だから。しかし、目の前の後輩に不安そうな顔をさせるくらいなら、多少の恥ずかしさは飲み込める気がした。


「まあだから、後輩がバイト先に遊びに来てくれた事が少し……嬉しくもあったかなと」

「そう、ですか……そう言って頂けるなら、遊びに行って良かったです」


 不安げな表情が消え、ふふっと笑ってはにかむ美園に「まあ、あんまり来られてもそれはそれで困るけどな」と言ったのは、照れ隠しだとバレているだろうか。



「マッキー遅い!」

「ごめんなさい」


 部会の会場に入って美園と別れると、待っていたのは香の叱責だった。

 移動中の廊下で立ち止まって話していた僕たちは、部会開始ギリギリに会場に辿り着いた。ギリギリと言うのは裏を返せば間に合ったという事だが、それは1年である美園に関してだけで、今日に限っては2年である僕は少し事情が違う。

 今回の部会では、1年生に対して部内の各担当の紹介を行う。なので少し早めに着いて、同じ担当である香とその打ち合わせをしておく手筈だった、のだが僕が遅れた。


「まあまあ姐さん。マキは廊下で二人の世界を形成してたから許してやってくれ」

「二人の世界?ああ、そういう事ね。あと姐さん言うな」


 ニヤニヤしながら僕を見るサネとドクを見て、香は何やら納得したように頷いた。


「まあいいや。マッキー今度何か奢りだからね」

「了解。悪かった」


 どんな紹介をするかは既に決まっている。今日の打ち合わせは最終確認のみだったので、最悪無くてもどうにでもなる。とは言え遅れてしまったのは申し訳なかったので、僕は素直に詫び案に同意した。


 出展企画内の担当は、『第1ステージ担当』『第2ステージ担当』『第3ステージ担当』『模擬店担当』『棟内イベント担当』『ストリートパフォーマンス担当』『フリーマーケット担当』の7つ。

 現段階では各担当に最低1名ずつが割り振られるが、第1ステージと模擬店は業務量を鑑みて多めの人員配置となる。


「はい、それじゃあ部会始めるよ」


 部長の隆の声で部会が開始された。



 全担当の紹介が終わり、連休後の予定が隆から伝えられて今日の部会は終わりとなる。

 担当紹介こそ本日行われたが、実際に希望のアンケートを取るのは5月の第3週と、大分先の事になる。それまでの間に1年生は1年生同士で話し合ったり、2年生の先輩に話を聞いたりと選択の為の情報を集めてもらう。

 と言うのは表向きの理由で、実際には逆の理由もある。この期間を利用して2年生側からさり気なくアプローチをかけるのだ。露骨にやると1年生が断り辛いし、誘われなかった者が辛い思いをするので、本当にさり気なく行う事になる。因みに僕は去年ほとんど誘われなかったので、1年越しで辛い思いをした。


「マッキーさん。今日も送って行ってくれませんか?」


 帰ろうかと思っていたら、やたらとニコニコとした志保に声をかけられた。後ろには美園もいる。


「いたのか」

「いましたよ!」


 それにしては部会前に美園と一緒にいなかったな、と疑問を口にすると「電話してたんです」との事だ。


「サネ、ドク。そういう事だから、また」


 手を挙げて友人二人に挨拶をすると、二人揃ったニヤケ面のサムズアップが返って来た。だからそういうんじゃない。


「ありがとうございます、マッキーさん」

「牧村先輩。ありがとうございます。今日は途中までで結構ですので――」

「僕の家からそう遠くないし、嫌じゃなければ家まで送るよ」

「嫌じゃ……はい、お願いします」


 またもお辞儀をする美園の横で、志保がサムズアップをしている。お前もか。


 部会の行われた共通棟の教室からは、正門まで歩いて5分程かかる。


「二人はどの担当がいいかはもう決めた?」

「決めましたよー」

「私も決めました」

「意外だな」


 軽く話を振ってみたら、予想外の答えが返ってきて、僕は素直な感想を口にした。


「意外、ですか?」

「なんでですか?」

「この時期の1年生で決めてる方が珍しい、らしいからね」


 事実僕はそうだったし、だからこそ先輩からの勧誘の余地が生まれる訳だ。


「みんな文化祭ってなんか楽しそう、って入って来てくれた訳だけど、仕事の中身なんかはまだ全然わかってない状態だろ?だからその辺見てもらう為の期間を取る訳だし」

「言われてみたらそうですね」

「でも、アンケートまで3週間空きますけど、その間だけじゃ仕事わからなくないですか?」

「まあそうだね」


 花形の第1ステージや模擬店などはこの段階でも人気がある。人数が欲しい担当なので願ったり叶ったりだ。しかし他の担当はそうでもない。

 ではどんな基準で1年生が担当を選ぶのかと言えば、一番大きいのは担当に所属する2年生だ。

 広報宣伝部と委員会企画部は、それぞれ部内が2つの大きな担当に別れるので話が違ってくるが、出展企画部は7つの担当に別れているため、希望担当アンケートが先輩の人気投票に近い側面を持ってしまっている。


「だから大体、担当の2年生と話してみて決めるんじゃないかな」

「人気投票みたいですね」


 僕が何重にも包んだオブラートを、志保はあっさりと突破した。こいつ鋭いな。


「まあ実際それに近いよ。だけどよくわかったな?あと他の1年生には内緒な」

「言いませんよ。美園がそんな感じで担当決めてたんで。マッキーさんの話と合わせて考えたらそうかなって」

「言っちゃうの!?」


 志保の推測に感心したような表情を浮かべていた美園は、突然の攻撃にうろたえて顔を赤くしている。

 どこの担当か聞いてみたいが、それはつまりどの先輩が目当てか?と聞く事と同義な気がして言葉が出なかった。冷静に考えれば女子の先輩の線が強いのだろうけど。


「因みに私は第1ステージ希望です。美園がどこの担当か知りたいですか?」

「いやいい――」

「第2ステージです!」


 僕の言葉に被せるように発された言葉は意外なもので、僕はその声の主を見つめた。

 赤い顔のままの美園と目が合うと「第2ステージ担当希望です」と、もう一度しっかりと口にした。美園が希望したのは僕と同じ担当だ。


「そうか、香か」


 よくよく考えれば、美園が一番接した先輩は新歓で一緒にいた香だ。更に言えばその新歓の時に、僕が比較的無害だともわかっている。ある意味必然の選択かもしれない。


「マッキーさんてほんとアレですね」


 納得して呟いた僕だったが、何故か美園はガッカリしたような表情を見せているし、志保からは呆れたような声と視線を浴びせられた。

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