その7
メイが池の前で空を仰ぐ。
そして、一瞬だが青い光の筋を捉え、叫んだ。
「青龍さまだわ!」
「ど、どっちの?」
「依り代たちは、いただいていく」
「若いほう! 声がジャックバウアーだもの!」
「いただいていくって…ドラゴちゃんたちを?」
ミコトが空を探すと、青く長い影の後ろに、5体のぬいぐるみらしきものが連なっているのが見えた。
「どうしよう、ミコトさん!」
慌てるメイの手を握り、ミコトはしばし目を閉じた。
「ミコトさん…」
ふっと目を開けたミコトは、若青龍に向かって叫んだ。
「どうぞお持ちください! そして、古の青龍さまを復活させてください!」
「ミコトさん!?」
「承知」
若青龍は渋い声で言うと、天へと消えて行った。
「ミコトさん、どうして…?」
「若青龍さまも、じいちゃんが大好きだったってことだよ」
「え?」
「じいちゃんは本当なら3つの時に、そこの池で溺れて亡くなっていた。それを二柱の龍神が生かして来た。その事実は、ありがたかった半面、じいちゃんを苦しめた」
「ええ…」複雑な表情になるメイ。
「若青龍さまは、償いたいんじゃないかな」
「亡くなった翔太さんに? どうやって?」
「じいちゃんは古の青龍さまを復活させて、真大祭を滞りなく終えることを望んでいた。それは確かだ」
「でも紗由さんは青龍さまが消耗する祭を望んでいなかったのでは?」
「青龍さまが消耗しない形で祭を遂行することを二人で考えたんじゃないかな。俺たちが探すのは、むしろそっちなのかも…」
「ミコトさんと私の手で、消耗しない形の祭を行うってこと?」
「うん。よくよく考えたら、古の青龍さまを復活させるのは、若青龍さまと朱雀さま、白虎さま、玄武さまでできると思わない?」
「言われてみれば、そうね…三神さまがたは、古の青龍さまが眠りについた過程をよくご存じなわけだし…」
「消耗しない形って、どうすればいいんだろう。赤ちゃん相手に怒りを吸うのは、青龍さまの体に影響があるよなあ」
「ねえ、ミコトさん。ところで、赤ちゃんてどこから来るの?」
「例年は市内と県内からコネで呼んでたはず。あとは関係者の親戚とか」
「リストを見せてもらいましょう。人数を減らすとか、休憩時間を入れるとか、何かできるかもしれないし」
「そうだね。今回の客を確認しよう」
* * *
ミコトとメイからリストを見せてくれと言われた駆と深潮は、小さくため息をつく。
「それが…リストが見つからないのよ…」
「父さんや母さんの電話履歴にも、それらしき人たちへの連絡の跡がなくてね」
「ただね、例年来ていただいている方々には、今年はお断りを入れていたらしくて…」
「なのに全国から客が来るって、母さん言ってたんだよなあ…」
「じゃあ、父さんたち、何をどうやって準備してたの?」
「準備する用品とか食事とかの指示書はあるんだよ」
「だから、できるところから準備をしつつ、リストも探していたところなの」
「すみません。その指示書を見せていただいてもいいですか?」メイが言う。
「これよ」
深潮が差しだす指示書にメイとミコトは見入った。
* * *
駆と深潮が会場のセッティングをしに行った後も、ミコトとメイはその指示書を見ながら考え込んでいた。
「用品は普通の祭と同じだ…でも、この食事…って食事か?」
指示書には、水と酒と、それを備える容器の指示しかされていない。
「そうなのよね。だから例年通り、青龍盛りの準備はしてあるの、龍おじさんをはじめ、関係者の分は」
「水と酒か…」腕組みするミコト。
「もしかして…」メイが言う。「人間の食事ではないのでは?」
「どういうこと?」
「今回の赤子っていうのは、獣神さまたちの卵なんじゃないかしら…」
「龍は卵、鳥も卵、カメも卵…トラって哺乳類だよな」
「真琴おばさまがおっしゃってたじゃない。白虎様は大雑把だって」
「大雑把すぎない…?」
「神さまなんだから、何でもありよ」
真顔で言うメイに、くすりと笑うミコト。
「だから私たちの仕事は、卵ちゃんたちのお世話じゃないかしら」
「卵…どこから来るの?」
「紗由さん、女将会の中で、獣神さまとその卵をお招きするための準備を進めていたんじゃないかしら。それならお客様、全国から来ることになるわ」
「真琴おばさん、ばあちゃんの後釜だって言ってたよね。確認するよ」
ミコトが電話しようとしたその時、外では再び大きな音が響き渡った。
「青龍さま、戻って来たのかな?」
「…違うわ。これ、ジェットよ」
メイとミコトは、裏山へと駆け出した。
* * *




