その6
声を掛けて来たのは西園寺聖人の双子の妹、花巻真琴だった。
「真琴おばさま!」
「どうしたの、おばさん」
驚くミコトをさらに驚かせたのは、白猫のびゃっこちゃんがダッシュしてきたことだ。
「にゃ~ん」
真琴は、びゃっこちゃんをひょいと抱き上げ、頬ずりする。
「うーん、いいこ、いいこ」
「メイさん、これはネコのほう? トラのほう?」ミコトがメイに小声で聞く。
「ネコ…?」
「白虎さまなら、さっき裏山のほうにみんなと一緒にいたわよ」
「聞こえてた…」気まずそうなミコト。
「なついてるんですね」
「私が子どもの頃から縞猫荘で飼ってたの」
「あの…びゃっこちゃんて、おいくつですか?」驚くメイ。
「うーん、60は越えてるわね」
「ネコって、そんなに長生きだっけ?」
「猫又だから」
「えーと…神様の依り代に妖怪って、ありなんですか?」
「白虎さま、大雑把だから」
ケラケラ笑う真琴に、ミコトとメイはうつむき加減で小さく頷く。
「鳥とかカメとか、龍のぬいぐるみの依り代たちも、何かこう、特別なものなんですか?」少しばかり話題をそらすメイ。
「そうねえ。まりりんが子供の頃にデザインしたものだから、久我コンツェルン的にはお宝じゃないかしら」
「へえ…」
「4年に一度、まりりんと紗由ねえさまが相談しながらバージョンアップしてたわ」
「バージョンアップ?」
「今度のお祭りでわかると思うけど」
「そう、そうだった! お祭りのために古の青龍に復活していただかなくちゃいけないんだよ、おばさん」
「そのために、青龍さまが喜びそうなことを考えてたんです」
「青龍さまは、じいちゃん大好きだから、じいちゃんを喜ばせるのが好きかなって」
「そうね」微笑む真琴。
「ただ…」メイが言う。「青龍さまが翔太さんのために何をしていたのかはわからないので…」
「同じく、じいちゃん大好き紗由ばあちゃんが、じいちゃんのために何をしてたのかわかればヒントになるかなって…」
「もちろん、翔太さんが青龍さまのためにしていたことも知りたいんですけど」
二人の言葉に、真琴はしばし考え、答えた。
「じゃあ…今後の私の仕事のこともあるから、紗由ねえのほうから説明するわ」
真琴はミコトとメイを手招きしながら、旅館の奥へと向かった。
* * *
ミコトとメイは、目の前に出された大量のアルバムや資料に目を見張った。
「まあ、最近ではペーパーレスなんだけど…」
「これ、全部紗由さんが…」
「そう。“巫女寄せ宿女将会”を作り上げた紗由ねえさまが、毎年丹念に宿を回って集めたものよ」
「“巫女寄せ宿女将会”って何?」
「そのまんまよ。巫女寄せ宿の女将の会」
「そもそも“宿”同士は交流してもいいんですか?」
「それって先入観よね」うふふと笑う真琴。「以前は、“命”同士の交流を禁じられていたから、“宿”同士もそうだろうってみんなが思ってたわ」
「違うの?」
「伊勢にある規約を確認したら、そこには何も触れられていなかったの」
「それで会を作ったと。なるほどね」
「何をするための会なんですか?」
「女将たちの不安材料を無くすための会よ」
「不安材料?」
「“命”さまの仕事が一般人にばれないようにするの、大変なのよね、このご時世。そういうノウハウの共有が第一の目的ね」
「確かに、よくバレないなという感じですよね。うちの祖父が亭主をつとめる“雀のお宿”なんかも、年末年始に閉めちゃったりして、あそこの宿へんだよね、とかネットに書かれたりして」
「そうでしょ。その他にも、性格悪い“命”さまストレスとか、次世代女将の人材不足とか、いろいろ課題はあるわけ」
「それを解消しようとしてたんだ…大仕事だなあ、ばあちゃん」
「ぜんぶ翔にいのためよ。亭主の翔にいが、“宿”の務めをまっとうできるようにね」
「翔太さんがいちばんお喜びになることって、お宿の存続と発展なんでしょうか」
「それは違うんじゃない」笑う真琴。
「じゃあ、何?」ミコトが尋ねる。
「そうね…例えば、ミコトくんがいつも笑ってること」
「俺?」
「駆くんも深潮ちゃんも祭ちゃんも。そして、知ってる人も知らない人も、みんな笑ってること」
「あの…」メイが困り顔になる。「具体的に何をすればいいのか…」
「まずは自分が笑ってること。他の人に笑って接すること」
「へへ…」ぎこちなく笑うミコト。
「あはは…」メイもとりあえず笑ってみる。
「さてと…」真琴が立ち上がった。「私は紗由ねえの後釜として、女将会の代表になったので、ちょっと出かけて来るわね」
「え? おばさん、あの…教えてもらえるのってそれだけ?」困惑するミコト。
「後は直接聞いてちょうだい。じゃあね!」
真琴は笑顔で部屋を後にした。
「直接って…?」
ミコトとメイが首を傾げていると、庭の方から轟音が響き渡り、二人は慌てて外へと駆け出して行った。
* * *




