その4
メイの目に映ったのは、天井がぽっかり空いて、晴れた大空が見えている大広間だった。
しかも、その開いた穴から頭を出すようにして、朱雀、白虎、玄武が座している。
「ふむ。やはり体を伸ばせると気持ちがよい」朱雀が羽を揺らす。
「…これ、もしかして、朱雀さまの仕業ですか?」大声で叫ぶメイ。
「ここは天井が低すぎる」
「だからって、人んちの天井、勝手に取らないでください!」
「うるさい小娘じゃのう」
「ぬいぐるみたちと、びゃっこちゃんでいいじゃないですか!」
「その姿では、この後、都合が悪い」
「この後?」
「小娘の小言に付き合っている暇はない」
そう言うと、朱雀は天へ舞い、白虎と玄武もそれに続いた。
「もう! いなくなっちゃうなら、庭でやればいいのに…」
ため息交じりに空を見上げるメイに、ミコトが後ろから声をかける。
「メイさん…これ…」
「ごめんなさい。朱雀さまがおいたしたみたいで…」
「朱雀さまって大きいほう?」空を見上げるミコト。
「ええ。白虎さまと玄武さまを連れて飛んでっちゃったわ」
「そっかあ。祭壇、屋根のある部屋に移そうかなあ…」
「それより、結界解きや」
「あ。じいちゃん」
「そうですよね…」
ふと、再び空を見上げたメイは、誰かから見られているような感覚を覚えた。
“これって、もしかして…”
「ねえ、ミコトさん。私、これまで読んだ小説、ざっと見直してヒントを探すわ。翔太さんに答えを聞いても、それはいただけないように思うし」
“ミコトさん、時々、思念で会話にしましょう”
「え?…あ、ああ」
ミコトが答えると黙り込み、祭壇の横に積まれた小説をめくり始めるメイ。
“…何で?”
ミコトも、同様に本を開く。
“さっき、駆おじさま言ってたわ。お祭りでは“写”の力を使い合って、赤ちゃんを守るって”
“うん”
“ということは、お祭り前にはみんな省エネモードなんじゃないかしら。特に今回は青龍さまがどんなふうになるかとか、ミコトさんの加減もわからなくて、予備電力が必要というか…”
“そうだね”
“そして、ミコトさんがどういう状況かは、常に見ていると思うの。今さっきも、見られているような気配があったわ”
“まあ…モニタリングはされてるだろうね”
“一番省エネに私たちをモニタリングするなら、誰の何を使うと思う?”
“赤子流怒に直接参加する人間の力はなるべく使わないようにするだろうなあ”
“だとすれば、深潮おばさまの“目”じゃないかしら”
“母さんの?”
“だってお祭りで踊るのって亭主と跡継ぎなんでしょ? 女将は庶務はするだろうけど、青龍さまの御手伝いをするわけじゃないし…”
“そうだね。直接観察するにもいいし”
“ということはよ、龍おじさんは今、力を使っていないはず”
“ふむ”
“自分に結界を張っていないなら、頭の中を覗けるわ”
“誰の力を使うの?”
“小説で読んだわ。紗由さんが龍おじさまの頭の中を覗いていた話。西園寺の人ならできるんじゃない?”
“じゃあ、聖人おじさんあたりの、その力をコピーして、龍おじさんの頭の中にある答えをいただく”
“小説の中では、何かに気を取られていると覗きやすいっていう描写もあったかと思うの…”
“じゃあ、メイさんが龍おじさんの気を引いて。今何かすれば、母さんの目を通じてわかるはずだ”
“その間に、ミコトさんが答えをゲットする”
“で、何するの?”
メイは、ミコトの問いには答えずに、祭壇に積まれたお供えのお菓子をいきなりわしづかみにして食べ始めた。
「うーん。岡埜堂のおまんじゅうは、おいしいですねえ」
「え?」
「まりりんと、奏子ちゃんにも、あげよう!」
「あ、あの…」動揺するミコト。
「そうだ…奏子ちゃんに、にいさまが浮気してるよって教えてあげなくちゃ」
メイはニッコリ笑いながら、おまんじゅうをもう一個頬張った。
* * *
覗き見隊の面々は、何が起こっているのかわからぬまま、メイを見つめた。
「紗由…?」龍がつぶやく。
「あなた…どういうことですの?」奏子が無表情に龍に問う。
「え?」
「浮気とは、どういうことかと聞いているんです」
奏子の低い声に我に戻った龍が、一瞬、奏子を見つめ、ゆっくりと、そして素早く首を振る。
「そんなわけはないだろ!」
「では、目の前の彼女をどう説明するのです? まるで紗由ちゃんがよみがえったとしか…」
龍夫妻とメイの様子を交互に見ていた鈴露がハッとする。
「宮さま、閉じて!」
「あ…」しまったという顔で鈴露を見る龍。「やられたか…」
ため息をつく龍の目の前には、ニッコリ笑うミコトの顔が見えた。
* * *




