その23
響が部屋に入ると、翼と大地は、ミコトに触れ続けながらも深く頭を下げた。
それに応えるように、ゆっくりとミコトに触れる響。
「龍おじさま…これは…?」
メイが尋ねるが、龍は響を見つめ続ける。
そして響は“謡”を始めた。
その不思議な音色に、メイも自然と目を閉じ、ただ耳を傾ける。
“何だろう、この響きは…”
“これは“命謡”と呼ばれる謡。“木霊”の秘儀だよ”
頭の中で答えて来る龍。
“心臓の動きを声の波動で調整するんだ”
“ミコトさんの心臓を応援してくれているんですね…”
メイは体内に不思議な揺らぎを感じながら、響の謡に合わせて頭の中でそのメロディを口ずさむ。
しばらくすると、“ドクン”という音が耳の奥に響いた。
“ミコトさん…?”
「私にできるのは、ここまでだ」
「鼓動も呼吸も安定しているようですね…」翼が改めてミコトの脈を取り、呼吸に注意を払う。
「目を覚ますかどうかはわからぬ」
「わからぬ…?」首を傾げるメイ。
「目を覚まさないこともあり得るということだ」
響はそう言うと立ち上がり、部屋から出て行った。
その背中に向かって皆が頭を頭を下げる。
「目を覚まさないって…どういう…!」
「奇跡を信じよう」そういう龍の声は暗い。
いつからいたのか、ドラゴちゃんがコピーの神箒を持って、ミコトの体をポンポンと叩く。
「“オキテ! オキテ!”」
何度もミコトを叩くドラゴちゃんの様子に、メイは思わず声を上げて泣き出した。
「起きて! ミコトさん、起きて!」
ミコトの体を揺さぶりながら、泣きじゃくるメイ。
そして奇跡は、メイの頬を伝う涙が零れ落ち、ミコトの唇を濡らした時に起こった。
「う…ん…」ミコトが唸り声を上げる。
「ミコトさん!」
「意識が戻りつつある、大丈夫だ」安心したように言う翼。
そして窓が開き、若青龍が部屋に入って来て、卵の入った揺りかごをミコトの枕元に置く。
すると卵は、ピキピキと音を立てながら割れ、30センチくらいの青龍の赤ん坊が顔を出した。
「ピギャー」
「生まれた!」
赤ん坊は、よちよちと歩いてミコトの胸に仰向けに乗り、すやすやと眠る。
「寝ちゃった…」
メイが、というより一同があっけに取られていると、青龍は次々と揺りかごに入った卵を運び入れて来る。
そして、朱雀、白虎、玄武の赤ん坊も生まれ、次々にミコトの体に乗っていく。
「う…」ミコトが再び唸り声を上げた。
「ミコトさん!」
「おも…い…」
ミコトが言葉を発すると、横にいた翼がひと柱ずつ、赤ん坊たちをどけていく。
「これは確かに重い」
「新手の人工呼吸か何かか?」
笑いながら、翼がどけたその先に揺りかごを置き、赤ん坊を入れて行く龍。
そして、パチッと目を開けるミコト。
「…ん? ここ…?」
「“オキタ!”」ドラゴちゃんば、ぺしぺしとミコトを叩く。
「いたた…ドラゴちゃん、痛いよ」
「よかった…」
メイは、その言葉とは裏腹に、泣きながら、ドラゴちゃんと一緒になってミコトをぺしぺし叩き続けた。
* * *
清流旅館当主と跡継ぎが舞う踊りを前に、舞台袖ではミコトの準備が慌ただしく行われていた。
主治医の翼から許可が出るまでにそれなりの時間もかかったため、時間がおしていたからだ。
「んもう! 心配かけないでよね、ミコトさん!」
「ごめんごめん。へへ」
「本当に、この後の舞、大丈夫なんでしょうね。無理して倒れるくらいなら、やらないでね」
頬を膨らませながらも、ミコトの舞装束の身支度をテキパキと手伝っていくメイ。
「大丈夫だよ。気を失う前よりスッキリした感じがしてる」
「赤ちゃんたちが気を注いでくれたのかもね。…じゃあ、頑張って!」
ステージ横からミコトを送り出すメイ。
少し前から、舞の太鼓、神楽の大鼓、祭の琴と、詩音の笙の音が響いている。
反対側からは駆が先に登場していた。
神楽舞とも違う独特のリズムだ。
駆もミコトも青龍を表す帽子をかぶっていて、くねくねと体を動かすのは、龍の動きを表しているようだった。
獣神たちは、物珍しそうに二人の舞を見物している。
さっき生まれたばかりの赤ん坊たちも、ステージ前をひらひらと舞いながら、まるでそれが演出の一部であるかのように動く。
ドラゴちゃんも舞台用の衣装なのか、青龍のぬいぐるみなのに、本物の青龍っぽい被り物を漬け、駆とミコトの間で、神箒を持ってちょこちょこと駆け回っている。
“ドラゴちゃん、頑張って!”
気が付くと、ミコトよりもドラゴちゃんが気になって仕方がないメイ。
「まるで、ママね」後ろから華音が声を掛ける。
「おばあちゃま!」
「いいんじゃない。あなたもいずれ、ママになるわ」
そう言って華音が見上げた空には、見慣れない一群が押し寄せて来た。
* * *




