その22
ミコトが庭にしつらえられた、獣神の卵たちを置く揺りかご台の様子を確認していた時の事だった。
台の傍らにあった台車が、突風で動き、台に当たる。
その拍子に揺りかごのひとつが卵ごと台から転げ落ちた。
正確に言うなら、ミコトが落ちそうな揺りかごに気付いて、ジャンピングレシーブのような形で、すんでのところで受け取り、地面に置いた。
だが、伸ばした足が台車の上に載ってしまい、その勢いで転がり出した台車。
体勢を立て直そうにも、卵に影響があってはいけないと咄嗟に思ったミコトは、そのまま台車に引きずられるようにして池に落ちて行った。
背の高いミコトなら、池底に足が着けば顔が水面上に出るはずなのだが、すべりおちた先にあった石の間に、足が挟まってしまい、身動きが取れなくなってしまった。
“やべえ…”
挟まった足を何とかしようともがくミコト。だがうまく足を出せない。
おまけに、息をしようとした時に水を飲んでしまう。
“ここで死ぬのかな…俺…”ぼんやり思うミコト。“でも…卵たすかってよかった…”
一方、台車が落ちる音に気付いた駆が池に駆け寄った。
一瞬にして事の次第を理解した駆は、池に飛び込み、ミコトの姿に気づく。
“ミコト!”
ミコトの足を挟んでいた石は、駆が手を振れるとぐにゃりと曲がり、ミコトの足を解いた。
必死にミコトを水面へ、池の淵へと押し出す駆。
「誰か! 誰か来てくれ!」
駆は必死に声を張り上げた。
* * *
駆の声に、メイは咄嗟に駆けだした。
他の人々もまた、異様な状況を察知し、声の方向へと急いだ。
ずぶ濡れのミコトは部屋に運び込まれ、医師である四辻の宮、翼が応急処置を施し、その横では癒の宮、大地が様子を見ている。
他の者は部屋の外で待機中だ。
「救急車はまだなんですか…」
メイの問いに龍が答える。
「この空間には救急車が呼べない」
「呼べない?」
「今ここは5次元になっている。真大祭が終わるまで元の次元とは交われない」
そう言う龍の傍らで強く唇を噛んでいる深潮の姿。
「でも…」メイは必死に考える。「そうだわ! 凛おじさまの時みたいに、西園寺の“写”の力を合わせて、大地おじさまの“癒”の力や、四辻の石の力で増幅させれば…」
「メイ」鈴露が硬い声で言う。「それができるなら、最初からやっているよ」
「それもだめなの…?」
「ここは今、獣神さまたちが訪れやすいよう、参道に匹敵する道が敷かれている。それは龍の宮、癒の宮、石の宮、花巻の宮と、俺が作ったものだ。力がだいぶそちらに使われている」
「じゃあ、今、大地おじさまと翼おじさまの力も十分では…」
その時、史緒が、京都からやってきた姉の九条清子に駆け寄る。
「お姉さま。私にご許可を!」
「史緒…あなたまさか…」清子の顔が青ざめる。
「もう、これしか手段が…」
「史緒お姉さま!」史緒に駆け寄る咲耶。「“返書の儀”をなさるおつもりなのね!」
「“返書の儀”とは?」舞踊が横にいた鈴露に聞く。
「…京都の書家に伝わる秘術だ。通常、書は天から受け取るものだが、こちらの願いを書にしたため、天へ戻す」
「そんなこと許可できると思いますか」清子が史緒の手を握る。「あれは命を懸けた儀。しかも成功率は僅か」
「それでも、少しでもミコトが助かる可能性があるのなら…! お願いします、お姉さま。どうかご許可を」
「お義母さま」駆が史緒に近づいた。「あなたにもしものことがあったら、ミコトは助かっても喜びません」
「駆さん…でも…でも…」
“何か出来ることはないのだろうか…”
懸命に考えていたメイは、ハッとして駆け出した。
「若青龍さま!」
若青龍の元にメイが駆け寄ると、ちょうど神箒の真上に古の青龍が現れたところだった。
“復活した!?”
メイは一瞬呆然と二柱の姿を見つめたが、突風の刺激で我に返った。
「古の青龍さま! 若青龍さま! ミコトさんを助けてください!」
だが、二柱は無言で天へと昇って行ってしまった。
「青龍さま!!…」
空を仰ぎ、立ちすくむメイ。
だが、先ほどと同じように、突風の刺激で我に返る。
“出来ることは、必ずあるわ”
メイは皆が待機している場所へと走った。
* * *
メイが戻ってまもなくすると、先ほどの車いすの老人が、花巻充と共に一同のところに現れた。
「あなたは…」
驚く鈴露に老人が微笑みかけるが、言葉は発しない。
そして老人は、目の前に現れた龍に向かって、椅子から立ち上がり、歩き出した。
「私が呼ばれた理由はこれかね、龍の宮」
「…左様にございます、“木霊”の長、西園寺響さま」
「では、参るとするか。…その娘も連れて行くぞ」
西園寺響はメイを見ると、踵を返し、ミコトがいる部屋へと向かった。
「メイちゃん、君も行くんだ」
「は、はい」
龍は響の後に続き、メイはわけもわからず、その後に続いた。
* * *




