その18
ミコトとメイたちが生け花会場にたどり着くと、そこには散乱した花だらけになっていた。
「どうしたんですか…これ…?」
呆然とするメイに、昇生が言う。
「若青龍さまが、この子たちの香りに目を覚まされたんだよ」
「あ…はい…?」
首を傾げるメイに、深潮が言う。
「むしゃむしゃとお花を食べて、ぺって吐き出して、そのまま天に昇って行ってしまわれたの…
「何ですか、それ!」拳を握るメイ。
「生け花ショーは、これじゃあ…」
心配そうに昇生を見つめるミコトだが、当の本人は満面の笑みで言う。
「さすがは青龍さま。よきものをおわかりでいらっしゃる」
「おじさん…」
「幸い、事前にあの子たちとは話ができている。問題はない」
散らばった華の残骸の前に歩み寄り、なでる昇生。
「メイ…そのピアノで、走馬の曲をお願いできるかな」
「は、はい」
「曲は…「いのち」」
この生け花ショーでは、走馬本人に演奏をお願いすることになっていたので、突然の指名にメイは動揺したが、反面、それが自然なことのようにも思え、当たり前のようにピアノに向かって足が進んで行った。
昇生の合図でメイがピアノを弾き出す。
昇生は、しばらく天に向かって両手を広げていたが、唐突に腕を下ろし、足元の手折れた花を一つ拾うと花器に向かった。
「今、きれいにしてあげるよ」
昇生が花を天にかざすと、折れた茎がつながり、青龍が食する以前の姿に戻って行った。
何事もなかったかのように、花を活け始める昇生。
「あれ? 花が…あれ?」目をぱちくりさせるミコト。「生き返った!」
しばらく呆然とその様子を見つめていた一同。
そして、さらにしばらくすると、晴れ上がった空の一部に、メリメリという大きな音が立ち、亀裂が入った。
「あ? 何? どうしたの?」
「壁が壊れるな」龍が目を細めて空を見つめる。
「壁?」
「獣神さまたちが押し寄せて、なだれ込んだということだよ」
「壁…の外で様子をうかがってたの?」
「面白そうなことになってるからと、身を乗り出して…ああ…もうそろそろ崩れる」
龍が言い終わるか終わらないかのうちに、ドンという大きな音がして、空のキラキラとしたカケラが会場の上に降り注ぐ。
そして、大勢の獣神たちが、そこからなだれ込んで来た。
「い、いらっしゃいませ…!」
自分の上に降ってくるかもと思ったミコトは、反射的に顔を腕でかばいながら叫んだ。
だが次の瞬間、その予想とは少々違う事態になっていた。
昇生は、獣神たちにお構いなしに、一心不乱に花を活け続けていて、どんどん作品が仕上がっていく。
メイもそれにつられるかのようにピアノを弾き続ける。
その様子を取り囲み、獣神たちが口々に愛でている。
「美しい…何という美しさだ」
「花の気と音が溶け合って、ああ、何と素晴らしい…」
「実に癒される…」
「我々にも気が充満していくようだ…」
作品が出来上がり、昇生が獣神たちに向かって深く頭を下げると、獣神たちから雄たけびが上がる。
その様子を間近に見ていたメイは、ミコトたちに向かって走り出した。
そして、同じくその様子に何かを思ったらしい舞踊もミコトに歩み寄る。
「獣神ショーやめましょう!」
「獣神ショーやめよう!」
同時に叫ぶメイと舞踊。
ミコト、鈴露、舞は、何を言うでもなく、ただこくりと頷いた。
「私、軽率だったわ」メイが唇をかむ。「神さまたちを喜ばせたいのなら、本当に自分たちが普段頑張っていることをお見せするのがいいんだわ、昇生おじさまのように」
「そうだね。小手先の何かじゃなくて、自分たちを見せられるものがいい」
小声でつぶやく舞踊に、ふっと笑う舞。
「舞踊がそんなこと言うと、何や調子狂うけど、ほんまにそない思うわ」
「うん。そうしよう」
「まずは、衣装、取り換えましょう。それぞれの家の獣神さまのものを着用するのがいいと思うわ」
「せやな。それが自然や」舞が笑う。
「俺が青龍さま、メイさんが朱雀さま、舞ちゃんは白虎さまで…」
ミコトが言うと、後ろから声がした。
「私が玄武さまね」
「神楽ちゃん!」
「遅くなりました。いろいろ手こずっちゃって」ペロッと舌を出す神楽。「でもねえ、みーくんのために頑張ったんだよお」
ミコトの腕に抱きつく神楽を、やれやれと言った様子ではがす舞。
「マインちゃんのいけず!」
「はいはい。ところで、肝心のゲストさんは来てくれはったんか?」
「ええ。後でうちのおじいちゃんがお連れするわ」
「ねえ、ゲストさんていうのは結局誰?」
尋ねるミコトに向き直り、話を微妙にそらす舞。
「ああ…衣装の話、しとったんやったわ。ごめんな。話の腰をなでてしもて」
「あの…ミコトさんに教えたくないようなゲストなんですか?」
「さあ」
イエスともノーとも言わない舞を、メイは緊張した面持ちで見つめた。
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