その12
「ミコトさん。紗由さんの代わりって言った時に、何を要求されるかわかってるの? 類まれなる美人女将よ?」
「女装する」
「はあ?」
メイ、奏子、舞踊は一斉に叫んでミコトを見つめた。
「ばあちゃんの物まねならできると思う」
「ミコトさん…お笑い芸人のショーじゃないんだから…」
「でも…笑うと怒ってたの忘れちゃうことあるし…」舞踊が小さい声で言う。
「そうそう。怒りを流すには“笑い”じゃないかなあ。芸人さんのように特に何か芸ができるわけではないけれど」
「では僕の、華麗なるショーで場をつなぎましょうか!」舞踊が大きい声で言う。
「それはやめときや…」
部屋に女性が入って来た。西園寺聖人と咲耶の孫娘、舞だ。
花巻神楽いわく、真大祭における楽器演奏担当の一人である。
「マインちゃん!」
「そなた…名前かぶりの悪の化身…」苦々し気に舞踊がつぶやいた。
「ああん? しばいたろか、この中二病野郎が!!」
ずんずんと舞踊に近寄る舞の腕を奏子がひらりと止める。
「マインちゃん。私に免じて、お許しください。バカは死んでも治らないので…」
「あらまあ、奏子おばさま…相変わらず、お美しゅうございますなあ。女神いうのは、こういうお方を言うんですなあ」
「マインちゃんたら、相変わらずねえ」そう言いながら、まんざらでもなさそうな奏子。「あ…私、これから打ち合わせなので、ここで失礼しますね」
「お色直しでっか?……いやいや、これ以上、色ついたら、キレイすぎてあきまへんわ」
「んもう。明日の打ち合わせよ。まりりんたちも一緒に」
「お疲れ様でございます。ほな、行ってらっしゃいませ」
満面の笑みで手を振る舞。
メイは心の中で、小説で読んだ翔太とかぶるものがあるなと思いつつ、恐る恐る舞に声を掛けた。
「あ、あの…マインさん? 私、高橋メイです。子供の頃にお会いして以来になりますが…」
「ああ。メイちゃんやね!」舞踊を突き飛ばしながらメイに駆け寄り、ハグするマイン。「会いたかったわあ。ミコトくんの嫁にならはるんやろ?」
「え? いえ、あの…お祭りのお手伝いをといいますか…」
「わてなあ、翔太師匠の二番弟子なんですわ。一番弟子は、花巻の“命”さま。充おじさまですわ。二番目がこのわたくし。関西弁も、ネイティブの人には叱られますが、まあ、師匠レベルにはマスターしとります」
「あ…はい」
「今回、ミコトくんと駆おじさんの踊りに合わせて太鼓叩かせてもらいます。神楽ちゃんが大鼓…こちらも太鼓ですが小ぶりなほう担当しますんで」
「わあ、楽しみです」
「楽しみなのは、こちらのほうですわ。ミコトくんとメイさんとで、亡き師匠と紗由姫さまが戻って来たみたいです」
「あ…あのね、マインちゃん」ミコトが口を挟む。「紗由姫役は俺なの。女装する予定。それと師匠みたいなホスト役は舞踊くんにやってもらうんだ」
「パードン?」目を大きく見開いたまま、無表情にミコトを見つめる舞。
「だから、俺と舞踊くんで、その…」
「…何ぬかす!」超低温ボイスでミコトに近づく舞。「ミコトくんが紗由姫はまだわかる。あんた顔キレイやから。だが…もういっぺん言うてみ。師匠の役は誰やて?」
「…ま、舞踊くん…です」
「あほか! マイトにやらせるくらいなら、このわてがやるわ!!」
「え?」
「いいんじゃない? マインさん、宝塚っぽいし、違和感ないかも」メイが頷く。
「僕がやるんだ! 僕がやって…奏子さまに認めていてだくんだ…」段々声が小さくなる舞踊。
「自信がないならやるな」舞が舞踊の胸倉をつかむ。「故人に失礼や」
「ちゃんとやる! ちゃんと大切な祭を成功させる!」舞の腕を振り払い、拳を握る舞踊。
「…せやな。大切な祭なんや。今回は特にな」
「そ、そんなことはわかってる!」
「ああん?」再びにじり寄る舞。「さっき、わての頭ん中に聞こえてきたで。祭をつぶすとかなんとか」
「…おじいさまに無断で祭を変えたのかと思ったから」
「そないに、おじいさまとおばあさまが好きか」
「当り前だろ!」
「せやな。ここにいるもんは、皆そうや。特にミコトくんは、師匠と紗由姫のために必死なんや。それをよーくふまえて、ちゃんとやれ」
「…はい」
「ま。笑われるのは得意やろ。せいぜい精進せえや」
部屋を出て行こうとする舞に、ミコトが声を掛ける。
「…どこ行くの?」
「神楽ちゃんと合流や。明日また寄るさかい」
「いろいろありがとう」
ミコトが頭を下げると、メイもその横で頭を下げる。
「そうそう。祭ちゃんと鈴露くんも、わてのほうに来させてんか。結界張るの手伝うてほしいらしいわ」
「誰が結界やってるの?」
「龍おじさまと華音おばさまや」
「え?」メイが驚く。「西園寺のトップツーなんじゃ…」
「少々問題が起きとる」
舞の表情に、ミコトたちに緊張が走った。
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