その1
清流旅館の勝手口に到着すると、ミコトとメイは、20鉢ものランをせっせと車から下ろす。
ミコトの母の深潮からのリクエストで、メイの実家から受け取って来たものだ。
「かあさーん!」
大声で深潮を呼ぶミコト。だが返事がない。
「お客様の応対中かしら」
「いや。赤子流怒の直前はお客は入れないんだ。正門も張り紙をして閉めてある。次に開くのは祭の時になる」
「そうなのね。じゃあ、お祭りの準備かしらね」
「ミコト…帰ってたのか」
裏山のほうから声を掛けて来たのは、ミコトの父親、駆だった。
「父さん…ただいま。えーと、母さんは? 史緒おばあさまに頼んでたランの花、持ってきたんだけど」
「それが…今、病院に行ってる」
「深潮おばさま、どうかなさったんですか?」
「いや、祭がお腹が痛いって言いだして…」
「え?」同時に叫ぶミコトとメイ。
「大丈夫だよ。今さっき病院から連絡があった。ちょっと疲れが出ただけらしい」
“まさか…青龍さまの卵を産んだことで体に影響が…?”咄嗟に思ったメイだが、声には出せない。
「父さん。龍おじさんの家で祭に起きたことは知ってるの?」
能天気なミコトも、さすがに父親に向かって、娘が卵産んだけどとは言えない。
「ああ。あの場所での会話は全部リアルタイムで聞いてる」
「あの…それって…」
隠しマイクがあったのかと聞いていいのかどうかわからず、口ごもるメイ。
「私の力かどうかということだね。簡単に言えば、赤子流怒の前後は、西園寺の“写”の力を使っているんだ」
「へえ…そうなんだ」
「久我側の鼻、耳、目、手…その辺と、龍伯父さん、華音おばさんのもかな。赤ちゃんを扱うから、西園寺の血を引く者は祭の時だけ、他の能力者の力を一時写して不測の事態に備えているんだよ」
「お祭りの時は、アームド龍おじさんが何人もいるってことか…」
「血を引く者…国内にいる人たちよね…」家系図を頭に思い描くメイ。
「多そうだな…」
「駆おじさま、祭ちゃん、龍おじさまと…一代飛ばして詩音ちゃん、うちのおばあちゃま、昇生おじさま、うちのパパは抜かして…走馬叔父さまは今回から参加かしら。鈴露もよね。聖人おじさまと…ここも一代飛ばして舞ちゃん。真琴おばさまと…やはり一代飛ばして神楽ちゃん…」
「結局何人?」
「12人かしら?」
「ミコトとメイさんも入れていいよ、今回は」
「え?」同時に首を傾げるミコトとメイ。
「あの…力を写せるってことは、お祭りのために必要なことは、それでできるってことですか?」怪訝そうなメイ。
「待ってよ、メイさん。だったら、今まで俺たちがしてきたこと、何だったのって話になるんじゃない」
「そうよね…」
「今までしてきたことの結果、その許可が下りたってことだよ」
「許可は誰が下したんですか?」
メイの質問に、ミコトの足元にあるリュックを見つめる駆。
その視線に釣られて、リュックを見つめるミコトとメイ。
もぞもぞとリュックが動き出し、上からドラゴちゃんがひょいと顔を出す
「“キョカシタ!”」
「…えええっ!!」
二人はまじまじとドラゴちゃんを見つめた。
* * *
ミコトとメイは、翔太と紗由の祭壇の前にいた。
「つまり、ヘリから渡された“エライカケラ”っていうのは、ドラゴちゃんに追加されたカケラなんだな」
「それで、スーパードラゴちゃんになって、許可を下ろす権限を得たのね」
「“キョカシタ!”」
「ありがとう…」
メイはドラゴちゃんの頭を撫でるが、どこか複雑な表情だ。
そんなメイを見ながら、ドラゴちゃんその2、3、4の3体をリュックから取り出すミコト。
「ドラゴちゃんと併せて4体。それから“カケラ”と思しき石もいくつかあって…」
メイがバッグから、紗由の隠し部屋にあった巾着を取り出す。
「合計5体だな。あの遺影の横にある子を入れれば」
「でも、触れられない。かなり強い結界ね…」
「時間が来たら、勝手に解けるとかないのかなあ」笑うミコト。
「お祭りが終わったら解けるんじゃないかしら」
「あはは」
「でも、その前にドラゴちゃんたちと、そのドラゴン、一緒にさせてあげたいわね。離れ離れになってて、ようやく会えたんだもの」
「そうだよな。タイミングがずれると、会えなくなる」ミコトは遺影を見つめた。
「お二人のお考えを生前に知れなかったのは残念かもしれないけど、今だから、いろんな人の協力を得て、よりよく知れるのまもしれないわよ」
「そうだね…こんなにじいちゃんとばあちゃんのことを考えたこと、今までなかったよ」
「また、お二人の遺影とおしゃべりしたいわ」
「うん」
「あ!」メイが叫ぶ。
「どうしたの?」
「わかったの。結界は…」
メイが説明しようとした時、空間が大きくぐらりと揺れ、轟音が轟いた。
* * *




