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第2節


 ディナーなんて大げさな言い方をされたせいで、すっかりデリックの胃袋は期待に支配されていた。しかし、連れ出された先はバーガーショップ。本気か。


「ダブルチーズバーガー」


 ランドルが真っ先に注文したことで、今日のデリックの夕食が確定した。

 ハンバーガーは美味しいが、「せっかくだから一緒にするディナー」のメニューとしてはいかがなものか。ぶつぶつと言い募りたいところだが、文句を言ってもはじまらない。デリックは文句を溜息に変えて、大人しく注文することにした。


「そいえばスコットは?」

「散歩じゃないか?」

「ひとりでっ?」


 驚いたデリックを見て不思議そうな顔をするエリアルにこそ、同じ顔を返したくなる。デリックは全ての元凶がこの飼い主だったことを悟った。薄々勘づいてはいたが。

 野良犬と間違われて拾われたらどうするつもりだろう。もし事故にあったら。不安が顔に出ていたのか、エリアルが嬉しそうに笑った。片眉を上げて、笑顔の理由を問う。


「スコットのこと好きなんだな、と思って。やっぱりデリックは素敵な人だ」

「好きじゃないから。むしろ天敵だから」

「そうかな。二人は良い相棒になれると思うけど」

「一人と一匹な。オレの相棒はライラがいいなぁ」

「私はエリアルと組みた~い!」


 デリックから熱い視線を受けたというのに、ライラは彼女の隣に座るエリアルと腕を組んでしまった。兄と組みたいなんて、ずいぶんと仲の良い兄妹らしい。


「リリーは兄妹で組めばいいんじゃないか? ぴったりの相棒だと思うけど」

「は? 何言ってんだ。だからエリアルと組むんだろ?」


 エリアルの不可思議な言葉に、デリックが口を挟む。不思議そうな視線が三方向から突き刺さった。数秒の沈黙の後、不意に、ライラが嬉しそうに笑う。

 一方で、デリックの隣に座るランドルは少しばかり不機嫌そうだ。テーブルを挟んで正面に座るエリアルの機嫌は、デリックには全く分からない。


「もしかして私とエリアルが兄妹だと思ってる?」

「え、違うのか?」

「最っ高! エリアルと兄妹なんて!」


 上機嫌に浮ついた声を上げるライラに対し、ランドルの機嫌はどんどん悪くなっていく。眉間に刻まれた皺が酷い。


「エリアルとライラが兄妹……じゃない?」


 恐る恐る口にした言葉に、エリアルが頷いた。不機嫌なランドルと、たった今確認した事実を照らし合わせる。


「あ~、ランドルとライラが兄妹?」

「うん」


 ゆっくり頷くエリアルの双肩に手を置いて、訳もなく乱暴に揺らしてやりたい衝動に駆られた。言われてみれば、ランドルとライラはよく似ている。兄妹特有の、纏う雰囲気の酷似。

 デリックが勝手に勘違いしてしまったことは認めるが、ランドルが極度のシスコンではないことを祈った。彼の怒りを買うのは得策ではない。


「こんなかわいらしい妹がいて羨ましい」


 片目を軽く瞑り、ランドルに向かってライラを称賛する。嘘ではない。本当に羨ましい。しかし、デリックの予想とは違い、ランドルはこちらの言葉を受けて嫌そうに顔を歪めた。

 もしかして、彼はシスコンではないのか。


「かわいいのは見た目だけだ」


 前言撤回。シスコンはシスコンだ。ただし盲目的ではない。


「先に忠告しておくが、ライラには手を出すなよ」

「なんだよ、かわいい妹が他の男に奪われるのは耐えられないってか?」

「違う。下手に手を出して機嫌を損ねてみろ」

「な、なんだ?」

「……少なく見積もっても、三週間は入院だな」


 反射的にライラを見てしまった。

 失礼なことを兄に言われているはずの彼女は、デリックの視線を受けてにっこりと微笑んだ。それはそれは、美しい笑みだ。華が飛んでいても驚かないような完璧な笑顔。

 女性の笑顔は人を幸せにする力がある。これは、あくまでデリックの持論だが。


「大丈夫。デリックのこと好きになれそうだし、二週間くらいの入院で済むように手加減するから」


 ここにきてようやく理解する。この兄あっての妹だ。

 デリックは、タイミングよく受け取ったバーガーを夢中で頬張るフリをした。


「エリアル、この兄妹は仲良いのか?」

「ん? ああ、すごく仲良しだ」

「「それはない」」


 エリアルの回答に両者からの指摘が入った。これはエリアルの言葉を信じるよりも当人たちの訴えに耳を貸すべきだろう。ライラ曰く、彼の「良い人の範囲は広い」らしい。そんな彼が他者の関係性の良し悪しを正確に判断できるとは思えない。

 仲が良いことをあっさり否定した兄妹は、肉厚のバーガーに嚙り付いた。同時に。長い間一緒にいると、行動が似てくるという話を聞いたことがある。この二人も当て嵌まるのかもしれない。注文したバーガーも同じだ。


 デリックがテーブルを挟んで斜め前に座っているというのに、ライラは何の気負いも躊躇もなくバーガーを頬張る。今までそのような女性はいなかった。瞠目してライラを見つめるデリックに、ランドルが声を掛けてきた。


「愉快な顔してどうした?」

「愉快って……失礼だな。ハンサムって言ってくれ」

「ハンサムさんは俺のすばらしい妹を穴が空きそうなほどじっと見つめてどうしたんだ?」


 息継ぎなしの真顔で問われた。ランドルの視線に冷や汗が流れる。


「愉快な顔でいいよもう。怖いから真顔やめろって!」

「分かった! これが食べたいんだ! 一口あげてもいいけど、デリックのも一口ちょうだい!」

「ライラ、別にいらないけどオレのは一口あげるよ。どうぞ」


 的外れな推理に苦笑しつつ、食べかけのバーガーをライラに渡す。もちろん食べたところは反対に向けた。間接キスのような接触を嫌がる女性もいるので、デリックにとっては重要な心遣いだ。ライラにそれが通じているのか、必要なのかどうかは不明だが。

 デリックの申し出に瞳を輝かせた彼女は、遠慮なく受け取ったバーガーに口をつけた。やはりデリックが見ていても躊躇いはない。清々しいほどに。


「ライラ、オレが見てるの気にならないのか?」

「なんで?」

「ほら、オレってかっこいいだろ? ハンサムな男に見つめられながらバーガーを食べるって気にならないもん?」


 ライラは頬袋をぱんぱんにさせながら考える素振りを見せた。しかし、一瞬で頭を左右に振って否定を示す。


「まったく気にならない。デリックは私に女らしく振舞えって言いたいの?」


 目からうろこだ。己の失言に、指摘されて初めて気づいた。

 ライラの言葉どおり、デリックの先程の発言は「女性らしさ」を求めていると勘違いされてもおかしくない。慌てて否定して、ライラに短く謝罪した。

 これまでデリックの前で女性らしさを気にしない女性はいなかった。だからこそ、ライラの行動が不思議に思えた。しかし、彼女にとっては何の不思議もないことだ。

 ライラの中には、他者の評価に流されない自分への絶対評価のようなものがあるのかもしれない。芯の強い女性だ。


「ごめん、女性らしくしろって言いたかったんじゃない。気にならないのか知りたかっただけだ」

「謝らなくてもいいよ。深読みしただけだから。ほら、探偵助手だし」


 にやりと含みを持たせて笑うライラが可笑しい。デリックは素直に笑った。


「自分でかっこいいとかハンサムとか、よく言うな」


 呆れ顔のランドルにデリックはまた笑う。指摘されたくてわざと強調するように発言した身としては、ようやくそこに突っ込んでくれたかと喜びたい気分だ。我関せずでちまちまとポテトを食べ続けるエリアルは放っておこう。


「オレもかっこいいけど、ライラはもっとかっこいいな」

「やった! ありがとう」


 ガッツポーズを見せてお礼を口にするライラは、やはりかっこいい。素直で、真っ直ぐな瞳。

大切なのは「女性らしさ」よりも「彼女らしさ」だ。デリックは過ちに気付いて、自分の辞書に修正を入れた。


「ライラに惚れるのはやめておけ」


 隣からボソリと呟かれたランドルの念を押すような言葉は、とりあえず無視しておく。

 わざわざ忠告されなくとも、デリックは「来る者拒まず、去る者追わず」の精神を大切にしている。ライラは好きだ。しかし、ライラにその気がなければ釘を刺されなくてもデリックからどうこうしたりはしない。

 もちろん、ライラの美しさにはいつだって胸がときめくのは事実だが。



 バーガーショップを出た一行は、こちらに駆け寄ってきたスコットとすぐに出くわした。

 ついに本来の目的であった探偵犬と再会できたデリックの心境を表現するのは難しい。あえて言葉にすると、待ちに待った好物が目の前に運ばれてきた時の高揚感に似ている。駆け寄るスコットはエリアルを見つめている――ようにデリックには見えた。この隙をつくしか標的を捕える手段はない。


 デリックは躊躇しそうな自分に鞭打ち、身体ごとスコットに覆い被さった。

 背後から、デリックの唐突な行動に驚く声が届く。しかし、重要なのは腕の中からわんと鳴くスコットの声が聞こえたことだ。捕まえている。ようやく念願が叶った。こんなことを念願にしたくはないが、スコットの逃げ足が速すぎるのが悪い。

 デリックは捕獲できた嬉しさで、スコットを抱き締めるようにして持ち上げた。まるで子どもを高い高いする親のようなシルエットになる。目の前に現れたスコットの顔を見て、デリックはほくそ笑んだ。


「どうだ! もう逃げられないぞ!」


 勝ち誇った途端、スコットが盛大に吠えた。声が大きいだけではない。まるで止まることを知らない壊れたサイレンのように鳴き続けている。

 初めて経験する事態に焦るデリックとは裏腹に、飼い主であるエリアルは不思議そうな顔を見せただけだ。表情が変化するまでの流れがやけに緩慢に見えたのは、彼に対して抱いているデリックの感情に起因している。


「何を呑気そうな顔してんだ! すっごい吠えてるんだけど!」

「俺だって驚いてる」

「その顔でっ?」


 失礼だが、随分と呑気な驚き方だ。エリアルに文句を言っている間もスコットは吠え続けている。しかも身を捩ってデリックの腕の中で暴れ始めた。


「まさかオレに抱っこされてることが嬉しくて……?」


 不意に思いついた考えは、とても真実に近いように思えた。デリックは正解を見つけたとばかりに笑顔を浮かべてエリアルを振り返る。その一瞬の油断を見逃すような探偵犬ではなかった。

 視線を逸らしたデリックの横顔に、スコットの強烈なパンチ――否、キックが飛んできた。攻撃を躱すことも出来ず、驚きと痛みで手の力を抜いたデリックの腕から、スコットはするりと身を滑らせて抜け出す。そのまま軽やかに地面に着地し、脇目も振らずに駆け出した。相変わらず足が速い。


「違ったみたいだな」

「うるさい」


 飼い主は探偵犬よりも静かだが、余計な一言が多い。


「どこ行ったんだスコットは!」


 あっという間に視界から消え失せたスコットを探して周囲を歩くが、見つからない。面倒そうな顔でついてくるランドルの気配も、スコット捜索より数分前に買ったお菓子に夢中なライラも、のんびりした足取りでマイペースに歩くエリアルも、デリック以外誰も焦っている様子はない。

 スコットだけでどこかへ行ってしまうことは日常茶飯事なのだろう。しかし、スコットに大切なものを盗まれた身としては、すぐにでも見つけ出したい。


「ランドル! あんた警官だろ。行方不明犬くらい探してくれよ」

「スコットは行方不明なんじゃなくて失踪だな」

「どっちも同じだ!」

「それは――」


 違うと否定するつもりだったのだろう。しかし、最後まで口にする前にランドルの携帯が鳴り響いた。なかなかの音量だ。

強制的に会話を中断することになって、デリックは閉ざした唇をもごもごと動かす。消化不良というやつだ。視線をあちこちに動かし、スコットがどこかに潜んでいないか確認してみるが、どこにも姿は見えない。

 やっと捕まえたと思った矢先にこれだ。デリックも認めざるを得ない。スコットには間違いなく逃亡の素質がある。


「事件みたいだな」


 エリアルが電話中のランドルを眺めながら呟いた。


「なんで分かる?」

「眉間のしわが増えた」

「ひどい事件ってことか?」

「どうだろう。ノースストリートは警察もなかなか介入できない場所だから」


 エリアルの言葉に頷きそうになって、横目で彼を窺う。


「どこからノースストリートなんで出てきた?」


 ノースストリートは、リディキュラスシティの中でも特別な地区だ。ギャングが街を支配し、取り仕切っている。自警団のような組織が存在し、警察と同じような働きをして街を守っていた。中には一般人も多く生活している。

 彼らの国では、彼らのルールがあり法がある。権力を掌握している彼らはギャングとは名ばかりで、まるで州知事のように街を統制していた。身内――即ち、ノースストリートの住民――であれば、ノースストリートほど安全な場所はない。しかし、彼らは外の者を嫌う。 

 警察もまた同様だ。


「スコットが走って行った先、ノースストリートの方向だった」

「た、探偵犬……」


 いやまさかそんな。たまたまだろう。そもそも事件がノースストリートで起こっているかも定かではない。

 ランドルがようやく通話を終えた。溜息を吐きながら一言、事件だと告げる。


「場所は?」


 デリックの期待を込めた質問に、ランドルは表情を変えずに答えた。


「ノースストリート二番街」


 スコットはまさしく探偵犬だったらしい。




リディキュラスシティの中に存在する、ノースストリートという場所がここからの舞台になります。

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