第七十二話・伊賀の冬
「折角来たんだ。もっと色々と見て行ったら良いのに」
「いえ、充分に勉強になりました。帯刀兄上、ありがとうございました」
三七郎は三日ほど領内を見て回り、自分の領地で出来そうなこと、出来なそうなこと、或いは参考になるかならないか分からない諸々の事を書き付け、そして帰った。
「伊賀の良い点は京都にも近江にも美濃にも伊勢にも近いところだ。そしてそれは北伊勢にも言える事」
言うと、三七郎が頷き、後ろを歩く幸田彦右衛門に目配せをした。幸田彦右衛門が頷き、歩いたまま器用に書付をする。この三日間も、俺の言葉を一々書き出しては二人で目配せをしていた。
「弟の事を宜しく頼んだ。幸田彦右衛門」
別れ際に言うと、無口な幸田彦右衛門がその時ばかりははっきりと返事をした。乳母兄弟、父と三左殿の関係だ。信頼できる家臣でもあり、親友でもあるのだろう。
「焼き物では兄上に一日の長がございます。無理に勝負しようとは思いません」
「こちらには古左もいるしなあ」
笑いながら答える。面白い器や、格好良い器を作らせるのであれば古左の思い通りにやらせるのが最も良い。奴は稀代の物狂いであるが故にどれだけ長い間働かせたとしても楽しそうにしている。最近では暇を惜しんで伊賀中の土地を見て回り、土を集めてはどの土が焼き物に優れているかなどと血眼になっている。今の目標は九十九茄子の茶入れや平蜘蛛の茶釜を超える逸品を作る事だそうだ。奴に資金と場所を与え続けている限り、その地の焼き物の質は向上し続けるだろう。
「拙者は伊賀にはない海、海産物で何か使える物がないか考えてみようと思います」
「それは良いことだ。始めは失敗ばかりだと思うが色々とやってみると良い」
伊賀に来てからも、俺は焼き物の為の窯を作らせ、陶器を作成していた。土地が変わったからと言って習得した技術が使えなくなるわけではない。美濃焼や古渡産の茶器などは、既に畿内でも良品として認知されている。先に挙げた地域は人口が多く、又文化人が多い、彼らを相手に商売をする。海路を使っての輸送であれば内陸の伊賀には勝ち目がないどころか勝負することすら出来ないが、山中を移動して各地に物を売って歩くということであれば伊賀忍以上に優れた者はいない。出来たものを売ってこさせ、戻って来たら売り上げのうち幾ばくかを輸送した者に渡す。四方八方に人を送り、収入を得ながら情報収集も行える。理にかなったやり方だと俺は思う。
「俺は村井の親父殿や松永弾正少弼殿に話をして、大口の顧客は何名か集めることが出来た。お前も、何かする時に伝手が必要だと思ったならば俺を頼ると良い」
「ありがとうございます。拙者も既に生駒家と知遇を得て話をしております。こちらも、販路が確実なものとなったらお教えいたします」
「それは心強いな」
与えられるばかりではなく、一つ返してくれた。俺よりも四つ年下、まだ今年十六だ。立派なものだと思う。
「兄上」
いよいよ帰るという頃になって、三七郎が少しだけ厳しい視線で俺を見、言った。
「どうした?」
「話は理解しましたが、銭作りは余り大っぴらにしてはなりませぬ」
「勿論だ、言われなくともわかっているとも」
俺が言い切ると、三七郎がちょっと目を細めた。心配しないでも父からの許可は取ってある。
「元々、銭の私鋳を行おうと言ったのは俺であるからな。俺は毎年一定量永楽銭を鋳造することを父上から許されている。それ以上を作ってはいない。安心しろ」
「ならば宜しいですが」
伊賀に移住するにあたって、俺は父に対し正式に私鋳銭を製造する許しを願い出た。父は量を限定するとは言ったものの銭の私鋳については許可をくれた。一年につき一万八千貫までだそうだ。
「一万八千貫も銭を作るのに必要な人と手間は膨大だ。窯の数が揃うまではどうひっくり返っても上限以上の私鋳など出来はしないさ」
一見すると父らしい大盤振る舞いだ。だがこの額には多少の根拠がある。俺の旧領地古渡の石高が三万二千石だった。以前、語弊が多分に残ってしまう言い方をするのであれば、一貫とは即ち二石から三石だと言った。つまり古渡は多く見積もると一万六千貫の土地ということになる。旧領の分の収入は自分で作り出して良いぞということだ。二千貫は父なりの祝儀だろう。
しつこく繰り返すが、一貫が二石から三石というのは途轍もなく大雑把な概算である。そして、銭を作るのには設備と人手と素材になる銅が必要だ。一万八千貫を重さとしての貫に直せば七万二千貫(270t)にもなる。それだけの銅はそう簡単に集められないし、集めて鋳造を終えて、漸く銭として使えるのだ。直ちに大金持ちになれる、というような簡単なものではない。
「ならば宜しいですが」
少し前に口にした言葉を繰り返し、三七郎は伊賀を去った。
「百地丹波殿からの報告がありました」
その日の夜、丸山城内にて夕食を終えた俺の元に、嘉兵衛がやってきた。
「刀狩りに対して、伊賀国人衆からの大きな反発はないと。寧ろ現物支給を受けて喜んでいるようです」
貨幣鋳造を行うに先立って、俺は伊賀国人衆に対し刀狩りを行った。不穏分子から力を奪うのには最も効率がよく実績がある。古くは鎌倉幕府第三代執権北条泰時様が行った事だ。しかしながら、今回は伊賀の国人衆から力を削ぐこと以上に、伊賀の農民たちを救う為に行なうという側面がある。
伊賀の貧しさを鑑みて、税を一年免除した俺であったが、俺が思っている以上に伊賀は貧しく、それでもこの冬が越せないという貧農が多くいるようだった。もし今年も通常通りの税を取りたてていたら農民の逃散や一揆が発生していたかもしれない。
「得た銅がすぐさま銭に化けるわけでもなし。これで我らの懐はすっからかんになってしまいましたが」
唐国などとは違い、日ノ本には青銅と鉄とがほぼ同時に伝わった。青銅の方が見た目が美しく、鉄の方が硬い。故に、日ノ本では祭器として青銅が使われ、鉄は実用的な道具として使われるようになった。銭に使われるのは青銅だ。鉄器を溶かしてそのまま鋳型に流し込み銭にするというやり方は出来ない。一旦溶かして不純物を取り除き、出来上がったものを再度刀として打つか、あるいは青銅と交換し、銭にするという仕事が必要になる。
「仕方がない。それでも農民を見捨てて伊賀という国を弱らせるわけにはいかん。伊賀を長島の二の舞とすることは避けられたのだから何とか懐柔してゆかねば」
不要な鉄を差し出せば、それを米や味噌と交換する。一定以上の量を差し出した場合、幾らかの銭を払うと伝えた。生活出来ずこのままでは飢え死にを待つのみという者らはこぞって古い刀槍を差し出してくれた。
「俺達は冬を越せるか?」
ちょっとだけ不安になって聞いてみると、嘉兵衛が笑った。流石に、自分達が暮らして行けなくなるまで金や米を渡しはしませんよと言われる。嘉兵衛ならばそうだろう。だが、うっかり俺や古左、或いは慶次郎あたりが算盤をはじいてしまうと自分の食い分を計算し忘れていた。などということになりそうで少々怖い。
「冬の間は鉄を買い付ける必要はなくなりました。破却した寺などから銅鐸や鐘なども押収しております。ですので暫く銭は不要です。後は作るのみ。大殿からは許可を得、三七郎様にもお教えしたのでしょう?」
「永楽銭の方はな」
言うと、嘉兵衛が頷いた。俺は袂から銭を取り出し、嘉兵衛の方に放った。転がった銭は全て永楽銭と同じ大きさで、同じ分量の銅や錫を使用している。但し、そこに書かれている文字は永楽通宝だけではない。洪武通宝・宣徳通宝・弘治通宝の四種類だ。
「良い出来ですな。これなら鐚銭と思われることは無い」
「まあ、全く同じ大きさの銭の、文字だけを変えたものであるからそう難しいことではないだろう」
洪武通宝も宣徳通宝も弘治通宝も、永楽通宝と同じく明で作られた銭だ。永楽銭程ではないにせよ一定数流通しており、その価値が認められている。
「永楽銭以外の銭は併せて永楽銭と同程度鋳造する。伊賀忍や国人衆は幸いにして銭で報酬を支払われることを好むからな。積極的に経済を回してゆくぞ」
これら永楽銭以外の銭を鋳造していることは父も母も知らない。古渡で作った永楽銭がどれだけ流通しているか気になり、こっそりと刻印を入れるようになった。その際ふと、なら別の貨幣を作ってみてもいいのではと思いついてやってみたことだ。こっそりと特別な刻印をしてみるより、全く同じ大きさの別の銭の名を刻んでみた方が効率がいいのではないかと。結果、こうして複数の銭貨を鋳造することが出来るようになり、父や母の目も欺けるようになった。
「最終的には、永楽銭一万八千貫、それ以外の銭を合計して一万八千貫作成出来るようにする。古左の土いじりが上手くいけば、伊賀の石高分と同等の金銭収入を得ることも出来よう」
二十万石相当の石高となれば伊賀から貧しさを駆逐することも出来る筈だ。
「殿は伊賀の者らにお優しいですな。子供らの手習いに文字を教えてやったり、ご自身の著作にて伊賀忍を持ち上げたりと」
言葉の上では褒めているが、その実からかっている口調で言われた。文章博士であるからして、と答えると控えめにくつくつと笑われた。
御多分に漏れず、伊賀の識字率は低かった。織田家ですら、家臣連中で漢字を上手く扱えていない者が多くいたので伊賀の人間を馬鹿にすることは出来ない。俺は久々に大量に竹簡を作るよう頼み、そこに帯刀仮名を書き、楽しく字を覚えられるようカルタなどを作って配った。学びの基本は楽しむことだ。カルタで遊びながら文字を覚えさせるという方法が有効であることは既に尾張でも実践済みである。今、伊賀の子供らは急速に帯刀仮名を覚えつつあり、そして大人達は漢字を覚えつつある。
大人達が漢字を覚えつつあるのも又俺の筆が原因である。源氏物語を模した滑稽譚『ゲン爺』の続きを執筆し、伊賀中に配布した。ここの所書いていなかったその内容はいつも通り禿げた助平爺が阿呆なことをして最終的には酷い目に遭うというものだ。しかし今回は物語のそこかしこに、京の治安を密かに守る影の軍団や、帝をお守りする正義の味方として伊賀忍を登場させた。酷い目に遭ったゲン爺をしょうがないと言って助けてやったり、物語の裏方で誰にも知られることなく、実は伊賀忍が動いていたお陰で万事うまくいったのだ。という描写をふんだんに取り入れた。そのような作品を連続して描いたところ、皆こぞって書を読むようになった。俺の著作は漢字と仮名が入り混じった書き下し文だ。二度三度と読み返せば、書くことはともかく読むことは出来るようになるだろう。
「朗読会や子供らへの手習い指導は、慶次郎殿が一番人気であるそうですぞ」
やることが少なくなる冬場、即ち最近は村井家の者らが代わるがわる物語を読んでやったり皆の前で書の指導などをしている。三七郎と共に食事をした茶屋などは、公共の場として広く開放してある。
「俺も昔色々と面倒を見て貰った。あれで意外と子煩悩な人間ではあるのだろうな。旅から帰ってきたら自分の子供が大きくなっていて、奥方から『今頃帰って来てもこの子は貴方を父親とは思いませんよ』と言われてしまったのが意外と堪えているのかもしれない」
嘉兵衛がまた笑った。嘉兵衛は、自分は完全な文官であるが父親が槍の名手であったこともあり、慶次郎とは知らない仲ではない。今でも羽柴殿とは時々文のやり取りなどして交友があるようだし、これで交友関係はかなり広い男なのだ。
「ゲン爺は伊賀忍の自尊心を大いにくすぐりましたな。年貢を免除し、武器と金を交換し、伊賀の者らの心は急速に殿へとなびきつつあります」
「流石にそこまで簡単ではないだろうが、まあ、一冬にしては手応えはあった。これからも油断せず、適度に締め付け適度に緩め手綱を握ってゆこう。大まかな方針は俺が打ち出すが、実務の大将はお前だ。宜しく頼むぞ、嘉兵衛」
言うと、嘉兵衛が平伏し、ははっ、と返事をした。
「森三左衛門様が御三男、森蘭丸様をお連れ致しました」
朝から快晴で、であるからこそ寒い冬晴れの日の朝、五右衛門がやって来た。慶次郎や助右ヱ門らと共に槍の稽古を行っている時であった。
「大義、蘭丸殿はお疲れではないか?」
五右衛門には母に対しての使いとして尾張へ向かわせていた。五右衛門に限らず、百地丹波が弟子とする忍者衆はあっちへこっちへと動き回って貰っている。
「思いのほか健脚にて、疲れるようなことも弱音を吐くようなこともございませんでした」
「うん、それは良い。腹が減っているようなら先に飯を食わせてやれ。済んだら連れて来るように。五右衛門、お前も食えよ」
言って、再び稽古に戻る。暫く慶次郎に半ば遊ばれた。最近付いてきた自信というものを打ち砕かれてよりしばし、見るからに利発そうな少年がやって来た。
「某、森三左衛門可成が子、森蘭丸と申しまする。この度父よりの命を受け、伊賀守様の下へ参りました。何分若輩の身にて至らぬ点も多々あるとは存じますが、何卒ご指導ご鞭撻のほどを宜しくお願い致しまする」
まだ声変わりもしていない声で、しかしハッキリと見事な口上を述べた森蘭丸。年は今年で九つ。上の二人を知っているが、長可よりは可隆君に似ている。
「そうか、蘭丸。今何を食ってきた?」
大人びており、将来は大物になるだろうな。という風格が既に漏れ出している蘭丸に質問する。トン汁と白米の握り飯という答え。旨かったかと聞くと大きな声ではいと答えられた。
「それは良かった。まだ子供の身なれば蘭丸が成さねばならぬことは体を大きくすること。よく食べ、よく眠り、適度に運動することを心がけなさい」
「はい、ありがとうございまする」
言って頭を下げた蘭丸はそれから手紙を取り出し、俺に手渡した。差出人は心月斎とある。そういえば出家したのだったなと今更ながらに思い出した。
去年の暮れに、心月斎殿に手紙を書いた。領地も大きくなり、手が足りない。兼ねてより知遇のある森家の御一族に、我が家臣として良い者はおられませんか。という内容だった。親族筋とか、俺のような庶子とか、そういう誰かを期待していたのだが、心月斎殿は即座に三男の蘭丸を差し上げると言って来た。ただまだ幼いので最初は行儀見習いのようなものとして考えて欲しいと。俺はそれを受諾し、現在に至る。
差し出された手紙には主に蘭丸の事が書かれていた。曰く、蘭丸は森家に珍しく文武両道の者で、武に優れた兄長可に付けるより、同じく文武両道の帯刀殿の御傍に置いた方が良かろうとの事。曰く、少々真面目過ぎるきらいがあるので、上手くほぐしてやって欲しいとのこと。曰く、我が子ながら利発で、読み書きも計算も出来る。読み書きは帯刀仮名やカルタで覚え、帯刀殿の話をよくする。恐らく帯刀殿に強い憧憬の念を抱いており、割と重たいと思うが頑張って欲しい。
「ふむ……」
最後の方に少々嫌な予感のする言葉があったが、おおむね理解した。
何度も往復して手紙の内容を確かめていると、蘭丸と視線が交錯した。行儀よく、俺が話し始めるのを待っているようだが、手紙に何が書かれているのだろうかと期待半分、不安半分の視線を向けている。よく躾けられた犬のようで愛らしい。
「うん、心月斎殿は蘭丸を高く評価しているようだ。心月斎殿程のお方が褒める息子であるのなら間違いはないだろう。これから宜しく頼む」
俺の言葉を聞いて、パッと表情を輝かせた蘭丸。嬉しそうに頭を下げた後、更にもう一枚の手紙を出してきた。
「こちらは、直子様からでございます」
「母上から?」
手紙を受け取り、開く。母上とは定期的に文のやり取りをしている。こちらが統治について伺うこともあるし、母上から質問を受けることもある。わざわざ蘭丸に手紙を持たせずとも良い筈なのだが。
『その者、実に愛らしい容姿にて帯刀殿の衆道初めの相手に相応しく思われ候。ついては出血などせぬよう具合の良くなる秘伝の潤滑液について伝授し候。まず海藻と』
手紙を引き裂いた。縦に二度、横に二度、くしゃりと丸め、袂に入れた。一刻も早く火にくべよう。蘭丸が今度は驚いた表情をしている。
「ああ、母上とは内密の話をよくするのでね。読んだらこうしてすぐに処分してしまうのだよ。重要な情報を敵方に知られてしまっては宜しくないから」
言うと、蘭丸が成程、というように二度三度頷いた。大丈夫、邪は去った。
「五右衛門、五右衛門は母上から何か言われたり貰ったりはしたか?」
問うと、言われるのを待っていましたとばかりに五右衛門が刀を一本取り出した。拵えは白鞘で、直刀だ。一見すると仕込み杖のようにも見える。
「鉄をも切断する斬鉄剣であると直子様が仰せになった逸品にございまする。これを某にと。何度もお断り申し上げたのですが強引に持たされてしまい」
腕を組む。手紙で、新しい家臣に石川五右衛門という名を付けたと言ったらなぜか大層喜んでいた。何が何だかよく分からないが、まあ、お気に入りということだろう。
「まあ、母上が五右衛門にと言ったのだ、忍びが持つものとしては派手でなくて良かろう。貰っておくと良い。他に何か言われたことはあるか?」
「は、『服は着流しにするか、或いは髪をアフロにせよ』と言われました。両方同時にしてはならぬそうです。アフロとは何の事であるのか分かりかねるのですが」
「それは直ちに忘れて良い」
全く意味は分からないが、何だか又邪悪な匂いがする。
「ご苦労だった五右衛門、今日と明日は休むが良い。蘭丸はこれから俺の小姓として働いて貰う。宜しく頼む」
伝えると、二人が揃ってははっ、と返事をした。




