第四十話・比叡山延暦寺
比叡山延暦寺がかの伝教大師最澄によって開かれた天台宗の寺であることは説明の必要もない。逆に、延暦寺の現状を伝教大師が草葉の陰からどう見ているのかは説明しようがない。
「俺が知っている限りの知識では、古くは『日枝の山』と呼ばれていた。平安の都に遷都が成されると、日枝の山が京から見て丑寅の方向、つまり鬼門に当たることから、鬼門除け、災難除けの社として尊崇されるようになったらしい。それ以前にどれだけ高い格を持っていたのかは、俺はよく分からない。調べればわかるとは思うが、ともかく、俺達が比叡山と呼ぶこの山は元々天台宗の山であったわけではなく、山王信仰と呼ばれる神道の教えを伝えていた」
「その、山王信仰やら神道やらというのは、どういう教えなのですかな? 仏教とは違いますので?」
荷物持ちをする三人の従者のうち、最も背が低い男、俺がネズミ猿と呼ぶ男が聞いてきた。少し考えて、大づかみで返す。
「万物是皆神、といった感じだ。山や川などの自然や自然現象はもとより、その辺に転がる石コロや普段使いの茶碗に至るまで、ありとあらゆるものに神が宿っている。八百万の神と言われるゆえんだな。個人的には、念仏を唱えたり人の心情に分け入って来る仏教よりは取っ付きやすい気がするが」
「神道家からも仏教徒からも反論を呼び込みそうな言ですなあ」
俺と並び馬を歩かせている竹中半兵衛に言われた。
「構わん。神道家とも仏教徒とも問答をするつもりはない。負ければ悔しいし、勝てば京都を焼かれるからな」
俺の冗談に周囲が笑った。日吉大社とは? と今度はネズミ猿の隣を歩く小猿が聞いてきた。
「知っていてついてきたのでは?」
「知っておっても、博学なるお方に話を聞いておきたいのが無学者というものにござる」
相変わらず、何とも人の心をくすぐる。そう言われてしまうと何か教えてあげたいと俺が思ってしまうのも、きっと分かっているのだろう。
「今言った山王信仰の総本社だ。伝教大師が比叡山上に延暦寺を建立し、比叡山の地主神である当社を、天台宗、延暦寺の守護神としたわけだ。当時大陸から大乗仏教を持ち込み流行の最先端を行っていた伝教大師をして、死ぬまで配慮を重ねなければならなかった。そのお陰あってか、比叡山延暦寺と日吉大社は良好な関係を築き、延暦寺の僧兵共は日吉大社の神輿を担いで元気いっぱい強訴に勤しんだという訳だ」
加茂川の水、双六の賽、そして山法師。白河上皇をして我が御心に叶わぬものと言わしめた連中だ。自分達の要求を押し通すことに関しては一日の、どころではない長がある。
「此度も、全国の寺社領を叡山に返還すると言ったら話し合いに応じたようですからなあ、がははは」
大猿が野太い声で笑い、一行は進む。
「今更だが、本当に良いのか?」
「今更です。御三方が来たいと仰せになられたのですから」
荷を運びながら歩く三人、その三人の後姿を眺めながら俺は聞いた。小さい方から順に斉天大聖、小一郎殿、蜂須賀小六の三人は、俺が使者に出向くと聞いてから、その従者として一緒に行くと言い出した。もし俺に万が一のことがあれば自分とて腹を切らされるので何卒、と権六殿に土下座をして頼み込んでいたのだが、実際に出発してから聞いたことには、どうも名前と猿を神の使いとするというところが自分に縁起がいいと考えたらしい。一介の従者であるからして、俺はこの三人の名前も覚えずに見た目で呼んでいる、という設定だ。
『幼名は日吉丸。渾名は斉天大聖である某にとってはまこと御利益ありげな寺ではございますまいか?』
そう言って、楽し気に足軽姿へと着替えた斉天大聖。又その姿が似合っており、誰もこの男が此度金ケ崎退き口において大活躍を見せた男だとは思えないだろうと言い切れた。指揮官が全員いなくなっては部隊が混乱すると、ただ一人残った前野長康は今頃苦労している事だろう。
『此度は上手くやり過ごせたとしても、いずれ山中にての戦になるかもしれませぬからな。少しでも道を覚えておきたいのでござる』
天才の兄を支える優秀な弟小一郎殿はもう少し直截に手柄を立てる為の働きだと言った。そうなると、かつて野盗や山賊の真似事などもしていたという蜂須賀小六を連れて来たのにも意味があるのだろう。元山賊なればこそ、どこに敵の兵糧が運び込まれるか、どこで奇襲を受ける可能性があるか、そんなところにも気が付きやすい筈だ。
「そんなことよりも、宿題はやって来られましたかな」
転んでもただでは起きない木下隊の強かさに、多分の憧憬、そして嫉妬の感情をうずまかせていると竹中半兵衛から声をかけられた。
「一応考えた。しかし、このような物が意味を成すのか?」
「このような物こそ、帯刀様が帯刀様たる所以ではないですか。拝見致しますぞ」
紙片を一枚手渡す。受け取った半兵衛はそれを二度三度眺めクスクスと笑った。
「誠、こういうことをさせたら帯刀様の右に出る者はおりませぬな」
「こんなところで褒められたからと言って何も嬉しくはないな」
「そう謙遜なさらず、これを作るのにどれほどの時を要するのですか?」
「半刻では出来ぬが、一刻はかからんな。一度作った経験があればあとは容易いであろう。毎日一つ作れと言われれば半刻で一つ作れるようにもなろう」
「成程、誠帯刀様は言葉を操る才がおありだ」
「そんな才よりも、貴殿のように軍略家としての才が欲しかったわ」
溜息を吐きながら、本当のことを言うと珍しく竹中半兵衛が理解できない、という表情を作っていた。
「はて、見事な撤退をしてみせたと軍中では噂になっておりましたぞ、撤退名人こそ指揮名人であると、帯刀様程のお方が知らぬ筈はございますまい」
「前方は本隊に守られ、後方は貴殿らに守られてただ足を動かしただけだ」
「兵を損なわなかったのでございましょう?」
「損ないようがあるまい。貴殿らは随分と数を減らしたと聞いている。そのお陰だ」
織田軍全体で、千三百程は討ち取られたそうだ。朝倉軍とすればたった千三百、その上武将の首は無しとあって歯噛みしていようが、殿を務めた四将からしてみれば一兵失うことが身を切られるように痛い事であろう。俺であったらしばらくの間まともに動けないように思う。
「六百の兵にて撤退せしめた事、これは手柄とは言えぬまでも見事な御働きにございますぞ」
唐突に、射るような声で言われた。叱責されている訳でもなく、注意を受けている訳でもなかったのだが、その口ぶりが竹中半兵衛という男の常にはない口ぶりであったので思わず顔を向けてしまう。普段は整った顔を軽薄に歪めている男が、今は整った顔を整わせたままに俺を見据えている。
「今、帯刀様の隊は六百の兵を抱えておりまする。これは京にて馬揃えをした時とほぼ同数にござる」
頷いた。手筒山城を奪った時の戦で多少敵とぶつかったのみで、金ヶ崎城を攻めた時ですら殆どが後方支援であった。
「という事は逃散した兵がほぼおらぬという事にござる。撤退時に脱落した兵もほぼおらぬという事にござる。織田軍三万、金ヶ崎城を取り囲んだ時には戦勝のおこぼれに与ろうと兵は倍に膨れ上がっておりました。そして撤退する際には京を出る際の半分にまで減っておりました。柴田様が率いた八千が戦わずして三千まで減ったように、負け戦において、兵は逃げるのです。織田家のように金で兵を雇う軍であればそれは猶更。それを、帯刀様は逃散兵を未然に防ぎ、撤退で兵を脱落させなんだばかりか、旗を使って味方の負傷兵を助けたというではありませぬか。これを見事な御働きと言わずして何と申されます」
「な、成程」
間抜けな話だが、勢いに押されて思わずうなずいてしまった。そして、暫く考えてから確かに、周囲の部隊は兵を減らしていたなと思いついた。殿の部隊についての印象が強すぎたから、皆減っているのが当たり前だと思い、自分の隊だけが数を変えていないという事がおかしなことであるとも、逆に良き働きであるとも思わなかった。
「某が見聞きするに、此度の金ケ崎退き口において部隊を全く再編せず撤退することが出来たのは二部隊のみ、一つは明智様の隊、もう一つが帯刀様の隊にございます。明智様の隊は最後尾でありましたが故それでも多少の離脱者は出たようにござるが、帯刀様の部隊はそれすらございませなんだ」
十兵衛殿の隊よりも凄かったと言われると途端に凄いことを成し遂げたような気持ちになった。それと同時に、何故そのようなことになったのか気になった。心当たりがない。
「兵に対して戦傷後、戦死後の保証をなさったからでございます」
心当たりを探していると答えを言われた。相変わらず俺の表情と会話する男だ。
「手足を失った塙家の者どもに仕事を与え、働き手を亡くした老婆の生活を支えたる事、尾張美濃の者らは誰もが知っております。故に、此度の戦いにおいても帯刀様のみ生き残れば自分と家族は暮らしてゆけるという信頼から、兵も逃散せず共に逃げたのでございます」
母上が、福利厚生の充実とか、ホワイト武将とか、よく分からないことを言っていたところだ。部下にお優しい三河の徳川殿が同じようにしていたのでそれを見習ったのだが、運が良かった。
「運ではございませぬ。それを以て余人は人柄、御人徳と申します」
「貴殿はそろそろ、俺の表情を読み取る癖を無くせ。褒められているのに気分が悪くなる」
ふと前を見ると、斉天大聖、もといネズミ猿が笑っていた。小猿が『仲良くなれたようで結構でございますな』と一言。何も仲良くなどなっていない。このような男は大嫌いだ。
「竹中様、高島七頭の話もしちゃあたらいかがでしょう?」
ネズミ猿が言う。馬上の竹中半兵衛がふむ、と頷き、そして口を開いた。
「高島七頭が朝倉に付かず我らの味方をした理由をご存知ですか?」
「弾正少弼様の御働きであろう?」
「それは朽木元綱殿に限る話にござる。他の六名が味方に付いたは公方様の御内書がその威力を発揮したが故」
「御内書、まだ書いておられたのか」
「此度は無駄に濫発したわけではございませぬぞ。高島七頭は幕府の奉公衆、公方様から直接名を受けるは当然にござる。石山本願寺蜂起から、公方様は彼らに御内書を書き織田の兵を一兵も損ねてはならないと繰り返し命じておりまする。もしこれが無ければ今頃我らは息を殺して朽木谷を移動していたに違いありませぬ」
「という事はつまり?」
「公方様が殿に抱く不信感を取り除こうと腐心した帯刀様の行動が実を結んだという事にございます。味方を守ったのです。これは手柄ですぞ」
むむう、と唸り声が漏れた。撤退を始めてから随分と自分の無力さに打ちひしがれてきたが、ここへ来てこのように不思議な形で手柄を得るとは思わなかった。父がどう判断するかは分からないが、それでも味方を守れたという事は素直に誇らしい。
「故に、帯刀様の手柄は此度の戦で第二となっておかしくはございませぬ。第一は勿論木下様にございますが」
そういって胸を張る竹中半兵衛の顔は矢張り気に障ったが、この男が斉天大聖を慕っていることは分かった。俺も斉天大聖の事は好きなので、そこだけは悪い気がしない。
俺達使者は、朽木谷を通ることなく琵琶湖西岸の堅田を通り、近江坂本まで下り、そして叡山にやってきた。九十九折りの山道を登り始めてすぐ、五十人程連れていた護衛と引き離され、五人とされる。そしてそれから進んでいる方角もよく分からなくなって後、唐突に道が開ける。石畳の、良く舗装された道の奥に突如として堂宇が現れた。周囲は背が高い木が連なり、真上から見でもしない限り見つけられそうにない場所だ。
「話に聞く伊賀の隠里のようだな」
「こちらの方が歴史が古い分本家かもしれんよ親分」
「兄上も、大猿殿も、ここからはしゃべらぬが良いですぞ」
堂宇の前には、武蔵坊弁慶の如き僧形薙刀の大男が居並び、坊主たちが纏う袈裟は、遠目にも贅が凝らされていると分かった。袈裟とは本来、用の無くなった端布を拾い集め綴り合せて作るものだと聞いたことがあるのだが。
「織田家家臣、織田、帯刀にござる」
使者として、馬から降り辞を低くし挨拶をした。返事はなく、遠巻きに取り囲まれたまま暫く様子を見られた。品定めされるような粘り尽く視線で、俺達を指差して笑っている若い僧兵などもいた。顔は隠していても、嘲笑する様子とは中々隠し切れないものだ。坊主達は皆肥えていた。それも、隠し切れない贅沢の証拠だ。今更驚きはしない。麓にいる時から、明らかに女郎屋と思える建物もあり、肉が焼ける匂いもした。だが、驚きはしないものの不快ではあった。大坂城寺内町は、それでも一般の門徒衆が多くいたのだ。浄土真宗はそもそも難しいことをせずとも人が救われるように、あえて戒律を緩くしている。誰もが誰もを救えるという、人の弱さを認めつつ、幸せになろうという考えだ。であるから、あの俗っぽい大坂城寺内町が俺はそれなりに気に入っていた。だが、今俺達を遠巻きにしている者達は天台宗の僧だ。俗人とは一線を画した存在でなければなるまいに、こうも人を嘲りの目で見るものなのか。坂を下った町の様子を見て何も思わないのか。
「こちらへ」
結局、名乗られることもなく俺達は堂宇へと通された。但し俺と竹中半兵衛だけだ。
「心を平らかに、帯刀様を怒らせ、戦に持ち込みたい者らがおるのです」
歩いている最中、耳に口を付けるような距離で竹中半兵衛から囁かれた。頷く。
やがて、ここだと言われ通された部屋は明らかに評定の間と呼ぶべき部屋であった。左右にはそれぞれ二十人程度の袈裟を着た者がおり、外には僧兵が待機している。正面の奥は一段高くされ、御簾がかけられている。その奥に人影が一つ。まるで帝を模しているかのような設えだった。これが不敬であるのかそれとも天台宗ともなれば当然であるのか、俺には分らない。御簾の向こうにいるのが本物か偽物か、そもそも人がいるのかすらも。
「織田弾正忠が家臣、織田帯刀にござりまする。応胤法親王殿下に」
「殿下はおられぬ」
頭を下げながら挨拶をすると、遮られた。俺が言いかけた言葉が中空に浮き、酷く滑稽な響きを伴って消えていった。鼻で笑うような、歯の隙間から漏れだすような、中途半端な失笑がそこかしこから聞こえてくる。
「天台座主は太政官の官職であり、成すべき仕儀が多くある。それゆえ叡山に滞在することはそうない。ま、そなたは知らぬであろうがな」
又、人を小馬鹿にする笑い声がそこかしこから聞こえて来た。俺はご無礼仕りましたと頭を下げ、そこで大きく深呼吸をした。
成程、堕落とは、こういうことか。
感情を腹にしまい込み、俺は薄く微笑んだ。




