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信長の庶子  作者: 壬生一郎
津田所司代編
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第百十八話・作り話

その後、現状での国割について父上の決定が語られた。


兼ねてよりの約定通り能登・加賀は浅井家に。その代わり近江浅井領と越前敦賀は織田領に。浅井家は三ヶ国併せて百万石、織田家最大与力となる。越前敦賀は若狭守である惟住長秀殿が、長秀殿は丹後一国も褒美として与えられ合計三十万石程を得る。但馬・因幡・美作の三ヶ国には十兵衛殿が入り、四十万石の領地を得た。大国播磨は羽柴殿、これが三十五万石程。中国地方において最も畿内に近い要地丹波は森家に与えられた。当主長可が若年故家臣達や父心月斎殿が運営してゆく点もあるだろうが、若くして二十五万石を超える領地持ちだ。長可は近く従五位下武蔵守の叙任を受ける。


俺はと言えば、特に加増はない。官位が昇格するでもなく現状維持だ。だが前述した者らが纏めて五畿内から出て行った関係で領地がごっそりと空いた。畿内百五十万石の内、三分の一以上が直轄領となった。良い機会であるから、本能寺の変前に『十万石は固いな』と迂闊な口約束をしてしまった内蔵助殿に対し十万石与えても良いかという話を父上にすると認めて貰えた。又左殿は、すでに和解したとはいえ蔵人がいる関係上少々距離を開け勘九郎の直轄領の中で同程度の領地を得るようだ。


伯耆・備中・出雲・備後の中国地方中央部にはまだ誰が入るのかが決まっていない。備前については宇喜多直家が実質統治し『備前宰相』などと呼ばれるようになっているが、父は長く宇喜多氏の支配を許すつもりはない。と言うのも、宇喜多直家が備前一国を治める大義は旧主筋である浦上政宗の孫、久松丸を擁立したことにある。現在久松丸は八歳。この久松丸が元服すれば当然貴様は身を引くのであろうな。という内容の手紙を送っていた。梟雄宇喜多直家がどれ程の立ち回りを見せようとも魔王の下命に逆らえる筈もない。父は自分の目が黒いうちに久松丸に一族の娘を送り込み、備前の家臣団にも自分の息がかかった者らをねじ込むつもりだ。


出雲と伯耆については既に旧尼子家臣団は自分達が得られるものだと考えているようである。残る空白地帯である二ヶ国も間違いなし、中国の雄尼子氏の復活である。そのような甘い夢をいつまで見られるかは分からない。父上が山中鹿之助と交わした約束は『独力で切り取ったならば出雲と伯耆を与える』である。出雲や伯耆のみならず中国地方中央部で尼子氏旧臣が大いに暴れていたのは認めるが領土を奪うには至ってはない。甲州崩れや東海・北陸の戦いの情勢、そして瀬戸内の制海権喪失などの事実を鑑み、家臣団の意見を統一させた小早川隆景の英断によるものだ。俺は出雲一国とて怪しいのではないかと思っている。そうなれば、今もって旧毛利領を誰が獲得するのかは流動的だ。


その、中国地方中央部への進軍は俺が京都に戻るのと同時に行なわれる。外交僧、安国寺恵瓊に対して毛利領没収の沙汰を下し、同時に織田軍が安芸・石見国境へ進む。これまでの兵力は八万。次は十万を超すだろう。


今もって小田原攻めが続いている東海でも仕置きが行われた。尾張と三河の国境付近に都合二十万石程の領地を持っていた水野信元殿が上牟婁郡・下牟婁郡を除く紀伊に移封され、空いた三河は徳川殿がそのまま受け取った。武田家との内通という不穏な噂が立っていた水野信元殿は、本人自らが父の元へ出向き必死に釈明をした結果移封という処分で済んだ。石高は僅かに減少、更に住み慣れた土地を奪われたとあって水野信元殿としては痛恨であろうがそれでも紀伊ならば海運もあり、これまでのような寺社勢力の反発もない。旨くやれば実質石高は倍以上ということもあっておかしくないように思う。


残った駿河と伊豆であるが、これは徳川殿にも、今川氏真にも与えられなかった。今川氏真は安土に呼び寄せられ近江にて織田家直臣として五万石を得た。国を失い、亡命生活を強いられてもなお夫の側から離れようとしなかった奥方や、外交調略に兄を助け続けた実弟一月長得もそれに従う。その他付き従う家臣の数も少なくなく、それなり、では済まない人望があることも知らしめた。話を聞いただけで判断するのは危険だが、弟君と兄弟の順序が逆であったならば天下も伺えたのではなかろうか。ともあれ、戦国百年、今川家はその命脈を五万石で後世に繋げた。


元々今川家は幕府の相伴衆という立場があり、これを直臣とすることは織田家の権威付けにも一役買う。更に、蹴鞠と和歌の達人にして剣術の心得もあるという。今後の近江では人脈作りに大いに役立つ人材なのであろう。織田家で言うと三介枠だ。官職もいきなり従四位上蔵人頭を与えられている。


空いた伊豆と駿河は彦右衛門殿に与えられた。関東管領職を得た彦右衛門殿であるから、今後相模を、そして武蔵を領地とする予定であるようだ。そうなった時には駿河は徳川殿にという内示も出た。


今年の春から夏にかけて、最も激しい戦いを潜り抜けた権六殿は一旦近江に呼び寄せられ、これまでの苦労を労われている。甲斐一国と信濃南部を与えられ、その石高は五十万石。上杉家討伐の後には信濃北部と上野の一部も約束され、それが成されれば合計石高は八十万石程。


「直子に会ってゆけ、今年中に中国と関東までは制圧する。来年は九州と上杉、再来年に東北を全て呑み込み、それから俺は死ぬ」

「そのような戯れ事を……それだけ元気な父上が二年で死ぬとは思えませんよ」

「二年で死なずとも、俺はいつか死ぬ。貴様らよりも早くな」


そうですね、と答え、俺は父の元を辞した。





その日の夜。





「あら、このような場所に麒麟児が」

「……そういう貴女様は九尾の狐様ではありませんか」

神通力に千里眼、未来予知の能力まであるという、当代随一の不可思議な人物だ。


「お隣、宜しくて?」

「どうぞ」


父が過ごす最上階、天守のある六階の一つ下、五階の外回廊にて白湯を飲んでいた俺は、母を振り返ることなく空を見ていた。


「随分と頑張りましたね」

「そうでしょう。苦労したのですから」

母が俺の顔を覗き込む。右側からだ。耳が無く焼け焦げた顔、見ていて決して気持ちの良い物ではないだろう。


「……ごめんなさい」

不意に、母が謝ってきた。何か謝ることがあっただろうかと考えていると、私のせいでと言われた。


「時は、早まりましたか?」

「ええ、随分と早まった筈です。こんなに早く中国や関東まで兵が向かうだなどと、思ってもみませんでしたよ」

目出度いことであるはずだ。しかし、母は寧ろ辛そうな声を出していた。何を考えているのかは、大体わかる。


「人が死ぬことが、辛いですか?」

「……分かりますか?」

「息子ですから。俺とて沢山の死を見てその度心痛めてきました。敵の死や生きざまにすら心を動かされてしまうこの性根が誰に似たのかなど、考えるまでもありません」


言って、チラリと母を見ると、やはり母は申し訳なさそうな、辛そうな表情であった。


「そんなに、優しいそなたに、沢山の辛い思いを押し付けてきましたね」

「押し付けられたつもりはありませんよ。自ら背負い込んだのです」


でも、と言いながら、母は歯切れ悪く、俯いてしまった。俺は上を見る。空には名人の手によって断ち切られたかのような、見事な半月が浮かんでいた。


「新作の物語を考えました。面白いかどうか分かりませんので、少々お聞き願えますか?」

俺の言葉に、母が顔を上げる。はいともいいえとも言わず、不思議そうに俺を見上げるその人に微笑みかけてから、再び俺は月を見上げた。


「今は昔、という程でもない位には当代に近い頃合いに、一人の心優しい少女がおられた」

そうして俺は語る。俺が考えた、単なる作り話を。


「その少女は幼い頃から好奇心旺盛で、また実家も少々裕福であった為子供の頃は起きている間ずっと外へ出かけては、色々な人と語り合い、知遇を得ていた。五歳になる頃には既に一端の大人のように大人びた口調で話をするようになり、近所で彼女のことを知らない者は一人としていないありさまであったそうだ。ただ、村にただ一人だけ、彼女と話をしてくれない女の子がいた」


「話をしてくれない無口な少女は、村の誰とも話をせず、いつも全てに絶望したような表情で毎日を過ごしていた。無口な女の子は話が出来ないのではないか。という人もいたものの、彼女が偶に口を開くと、何とも不思議な知識を披露したり、難しい言葉をスラスラと語ったりした。故に、好奇心旺盛な少女は無口な少女ともっと話がしたく、その後をコッソリと付ける事数十回」


「無口な少女は一人になると帰りたい帰りたいと人知れず泣き、誰も使わない不思議な言葉を交えつつ、様々な不満を一人語っていたそうだ。好奇心旺盛な少女は無口な少女の言葉をこっそりと聞き、その意味を想像し、ある日こう話しかけた『今日は晴れてて滅茶苦茶ラッキーだったね』と」


「その一言の効果は覿面で、その時無口な少女は好奇心旺盛な少女に対し『貴女もなの!?』と鬼気迫る表情で話しかけて来た。好奇心旺盛な少女は、子供らしく大人の表情を伺うのが得意な子供であったので、そうだよと答え、分からないながらも会話に相槌を打ち、まるで自分も同じであるかのような態度を取り続けた」


「それから、無口な少女は饒舌な少女となり、好奇心旺盛な少女に対して自分が産まれる前の話を沢山語って聞かせた。パンが食べたい。ピザが食べたい。ここじゃ文字も分からない。大人になってブラも無いんじゃ恥ずかしくって生活出来ない。又、饒舌な少女は非常に教養が高く、好奇心旺盛な少女に対して沢山の文字や計算式、便利な道具についてなど様々な物事を教えてくれた。好奇心旺盛な少女はそれらの知識を大いに吸収し、字を覚え実際に書くようになり、やがて村でも一番の学識を身に着けるに至る」


「好奇心旺盛な少女にとっては楽しい時間。だが、それも長くは続かなかった。どれだけ語っても、どれだけ焦がれても、もはや自分の故郷に帰ることが出来ないと悟った饒舌な少女が、自ら命を絶ってしまったから。ずっと、本当は自分は違うのだと言えずに悩んでいた好奇心旺盛な少女に対して、彼女が最後に書き残した言葉は『私に、嘘ついてくれてありがとう』だった」


語る口を止め、大きく息を吐いた。湯飲みに入れていた白湯を口に運ぶ。既に常温になっていた。母は何も言わない。驚愕の表情で、ただただ俺の事を見ている。


「一人となってしまった少女は、身に着けた学識で本を漁る。似たような話はどこかにないのか。『竹取物語』や『浦島子』の伝説等、近い話はあった。同時に不安になった。かぐやが帰った月というのは、『死』の暗示なのではないのか浦島の物語の結びも又同じなのではないのか。そこで彼女は探す。死んでしまった親友と同じ境遇にある人々を。今度は救う為に」


「はじめ彼女は自らの足で人を探したが、しかしそれでは効率が悪く、女の足ではどれだけ励もうとも尾張全土が精一杯。やがて彼女は、親友が教えてくれたことを実際に行なうという方法を考えた。自分が目印となり、人が集まって来るのを待とうという考えだった。それらの行動により、彼女は妙に態度が大きいならず者と知遇を得、やがてその男に抱かれ男子を授かる。身分の高い家の子供であったならず者の男から金も貰い、彼女は大々的に様々な試みを行うようになる」


「それから時が流れ、彼女の試みは半分が成功し、そして半分が失敗する。かつて親友であった少女と同じ境遇の者は、極少数であったが存在した。彼ら彼女らは親友がそうしたのと同じように自分の話を饒舌に語って聞かせた。だが、その者達を救うことは出来なかった。誰もが、自分の話を語れるだけ語ると、『語り尽くしたあの世界にはもう戻れない』と絶望し、自ら命を絶ってしまうからだった」


「考えてみれば当然の事であると彼女は思った。ある日自分が慣れ親しんだのとは全く違う世に送り込まれて『さあこの世界で面白おかしく生きてゆこう』と思える人物がどこにいるというのか。『戻りたい』と考えるのが当然であり、そして、戻る方法として自ら命を断てば戻れるはずと考えるのも当然の帰結だ。彼女の試みは一時の慰めにはなっても根本的な希望とは成り得なかった。理屈としては理解出来ても、それでも彼女は辛かった。どうにかしたいと考え続けた。そうして結論が出た。この世界を変えてしまえばよいのだと」


「彼ら彼女らが自ら命を絶つ理由、それは余りにも彼らの故郷と今の故郷とが違い過ぎるからだ。銭も使えず、そこかしこで戦争が起こり、明日食べられるかどうかも分からない。住んでいる土地を隣に引っ越す程度のことで人は争うのだ。何もかも違うということがどれだけの絶望感を人に与えるのか、彼女は理解出来ていた。故に彼女は願った。戦乱を一刻も早く終わらせることを。速やかに世を平和にし、彼らが語る世界に限りなく近づけてしまえば、命を断とうとまでは思わなくなるだろう。彼女は幸いなことに多くの不思議な知識を身に付けていた。そして、都合が悪いことに、これから起こる歴史については殆どが分からなかった。誰も、自分を語る時に血生臭い戦争の話などを敢えてしようとはしなかったからだ。断片的な知識も多くあったが、彼女は自分が持てる知識の中で何か使えそうなものがあれば実践し、得られた成果は自分に子を産ませたならず者の男に伝えた。女の身で出来ることはそれが精一杯だった」


「そうやって行動をしながら、彼女は自分の手の届かないどこか遠くの国で自分と同じようなことをしている人物がいないかも探していた。どこかに一人くらい、この時代で強く生き抜こうとしてくれている人がいるかもしれない。そう願った。だが、現在に至るまでそのような人物の存在は確認されていない。それは即ち残酷な現実であった。物語では得てして歴史の改編者として語られることもある彼らは、現実にはただただ、歴史の被害者でしかなかったのだ」



水を飲んだ。湯飲みが空になり、月に雲がかかった。



「どうして……」

「心優しい彼女の話を、その腕の中で聞いている赤子がいた。その赤子は父親や母親程聡明とは言い難かったが、一つだけ母親に似て、極めて早熟な子供であった。どれくらい早熟であるのかと言えば、生後半年頃から記憶がある程度には」


母の言葉を遮り、続ける。この作り話ももうそれほど長くはない。


「赤子は、毎日のように繰り返される母の後悔の話、楽しかった話、救いたいという想いを聞かされて育った。赤子にとってそれらの話は理解出来るものではなく、言葉の意味もよく分からないものが多かったが、五歳頃まで殆ど他の人間と会うことも無かった赤子にとってみればそれ以外、記憶すべき言葉はなかった。理解もしないまま話の内容だけを丸ごと暗記し、そうして、成長して童子となり、子供となってゆくうちに、時に母親のことが分からなくなり、時に理解し、そして最終的には全ての答えに辿りついた青年は、母の為、何よりも早く、どの世界よりも速やかに、天下を統一しようと決意する。息子にとって母親は輪廻転生し、異世界や後の世からやってきた知識人などという陳腐な存在ではなかった。それらの人物の思い、願い、渇望を受け継いだ慈母であった」


「幸いにして、天下は速やかに統一に向かい、間もなく泰平を迎えようとしている。息子は、たとえこれから一年や二年の間に数十万の死者が出ようとも、後の世の禍根となる数百万の死者を無くし、そして時を進める為、前進を止めずにいる」


言い終えてから、一度深呼吸をし、という、作り話です。と結び、母に笑いかけた。母は左右の瞳から一筋ずつ、大粒の涙を流した。


「俺はこの人生に満足しています。面白い両親がいて、可愛い弟妹達がいる。敵ですら愛おしいのが辛いところですが、もうじき、愛しき敵を殺さねばならぬような時代も終わる。勝若丸が大人になる頃には、世は面白きことで溢れるようになるでしょう」


湯のみを持ち、立ち上がった。母の頬を指で拭く。まるで子供のような表情を作る母。


「ここは安土、安らかなる土の上で、母上はしばらくお休みください。この帯刀めが、次代を持って帰ります故」


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― 新着の感想 ―
母の真実はいい話 でも転生者が全員自殺するのは共感できなかった
[一言] そうきたか!!
[良い点] びっくりした。いい意味でびっくりしました! [一言] この切り口は初めてでした。 他のなろうにはないものです。新鮮な喜びをありがとうございます。
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