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ひらひらと、食べ物が落ちてきた。
夕餉の匂いは湯気で温かく、蒸気を薫っているみたいだ。
柔らかい光や鈍い光が、壁や僕の頬に幾何学模様の紋章を投射する。窓から入ってくるそれらの光は、まるで父なる神からの贈り物みたいだ。天が、僕にその光を階段に見立てて昇ってこいと言っているようで。
でも僕はカーテンを閉めて、その光を遮断してしまう。部屋の中はますます暗くなる。呼吸が一瞬止まり、鳥肌が立つ。どのような変哲もない部屋にただ居るだけなのに、まるで世界に取り残されたように感じる。
テーブルの上の夕餉は、先程と同じまま、温かい湯気を放っている。僕はそれを、自分の喉に流し込むのを想像した。美しい液体が、僕の喉を通る瞬間、僕の喉を宝石化していくのではないかという不安を感じた。
もちろん常軌を逸した考え方だ。
だが、今の状況なら、それもあながち間違っていないはずだ。
僕は、監禁されている。
この、闇と朱色と青いカーテンで包まれた部屋に、もう三日、閉じ込められている。
犯人の目的は分からない。カネ目当てだとしても、僕は一介の大学生。大金を出せるような両親ではない。
一体なぜ僕を監禁したのだろうという疑問もあるが、僕はそれ以上に、自分が今存在している部屋の異常性にも、疑問を抱かずにはいられなかった。
この部屋は、超然している。
それはまるで、サルバトール・ダリの超現実主義的な絵のようだ。この部屋にいると、自分がどこか遠くへいるような感覚になり、ふと気付くと、またこの部屋にいる。だが、現実感が戻ってきたときの部屋は、以前の部屋とはまるで別の生き物のようで、そうした居心地の悪さ…部屋に対する人見知りのようなものを、僕は感じていた。
僕は、部屋の机に置いた薬を見る。あと六錠ほど睡眠薬は残っている。僕はそれを一つ掴み、水とともに飲み干した。喉の奥で水さえも結晶になってしまうのではないかという不安があったが、幸いそれは無かった。
「寝ます」
誰も聞かない、言葉の意味すらもはや存在しない世界で、僕は一人つぶやいて、そして目を閉じた。
時間の概念すらも失うように、僕は現実を手放していった。