おやすみ、我らの友よ
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祖父が死んだ。
享年86歳の大往生だった。
私はまだ小さくて、よくは覚えていないのだけれど
祖父は、友人もおらず近所付き合いもない、周囲には偏屈なお爺さんと言われていたらしい。
いつも怒った様な顔をして、どこか近寄り難い人だったとか。
母は「笑った顔なんて見たことなんてないわ」と言っていたけれど、私は1度だけ、祖父が笑った顔を見たことがあった。
私が祖父の家に少しだけ預けられた時だった。
祖父は、困った様に、けれど、優しく笑っていた。
「あら…あの人、誰かしら…?見たことないわね…」
母のその言葉で顔を上げると、葬儀場に彼がいた。
黒髪の若い男の人だ。
祖父の友人、と呼ぶには若く、かと言って偏屈と言われていた祖父の知人とは思えない。
どんな関係なのかわからない、不思議な雰囲気の人だった。
見覚えがあった。
彼だ。
祖父があの時、笑いかけていた人だった。
“悠一郎”
彼は、とても悲しげに祖父の名を呟いた。
今思えば、祖父の家はどこか不思議だった。あの家には、祖父と私しかいないはずなのに、誰かがいる感覚、視線や気配を感じた。
祖父には、私たちにはわからない友が沢山居たのだろうと思う。
人ではないけれど、とても大切で優しい沢山の友人が。
“ゆっくりお休み、我らの友よ”
彼はそう言っていた。
その姿から目が離せなくて、ただただ見ていた。
彼と、目が合った。
彼は困ったように笑って、そして、その場から離れていった。
追いかけなくては。
何故か、そう思った私は彼を追った。
そして思わず声をかけてしまったのだった。
「あの、––––––」
「なぁ、晴樹。
お前も悠一郎も、大切な我らの友だよ」
彼はまた困った様に笑っていた。
祖父のあの時の笑顔の様に。
皺くちゃになった手を伸ばす。
少し掠れた声で私は呟いた。
ありがとう、ただそれだけを。
祖父の大切な目に見えぬもの達は、私にとっても大切な友人になった。
「ありがとう。
私の、大切な–––––」
その声はもう、何の音にもなりはしなかったけれど
彼らにはきちんと伝わった。
目に見えぬもの達は、祖父とわたしの大切な友だった。
これから先もきっと変わらない。
彼らとの縁がある限り。
「…あぁ、こんにちは。
俺がここにいることは、秘密だよ?」
「…おじいちゃん、笑ってた」
「ふふ、悠一郎はとても優しく笑うだろう?俺はね、君のおじいちゃんの友達なんだ。でも、誰にも言っちゃ駄目だよ?」
「うん」
「それじゃあね、また会えるといいね」
「爺さんの話して!もっといっぱい!!」
「こらこら、当麻。ちゃんとお話をしてあげるから、落ち着いて。
…そうだなぁ、今日は君のひいお爺さん、晴樹の話でもしようかな」
縁は繋がれ、また廻る
我らはそれを見ているのだ
ただ流るるままに
短い時を生きる者たちを、友と仰いで暮らす日々
それはきっと、とても優しく美しく暖かい毎日だろう
さぁ、我らの友にお別れを
再び巡る出逢いに、祝福を
「おやすみ、我らの友よ」
––––––また、逢う日まで