四番勝負:魔法少女vs姫騎士
「あれ斉藤、おまえこんなところでなにやってんだ?」
放課後、先生に頼まれてごみ袋を焼却炉に持って行く途中で、俺は校舎裏で謎の儀式にいそしむ斉藤を見かけた。
「あら下僕一号。見てわからない?」
「わからないから聞いてるんだけど。邪神でも召喚してるのか?」
「ボクシングの練習なんだけど」
「おまえその足下の魔法陣なんなの!?」
俺の知っているボクシングと違う。
「いや、必殺技を開発中なんだけどね……うまくいかなくて」
「ボクシングの必殺技ねえ……どんなんだ?」
「光速でパンチを繰り出すんだけど」
「それなんか違う競技の技だろ!?」
「なに言ってるのよ。ほら、リングにかけ……なんだっけ、そんなタイトルの漫画に出てきたでしょ、そんな技」
「そこまで言ったんなら全部思い出せよ! あとその漫画には確かに同名の技あるけど光速の拳はあくまで作者が同じだけの別作品な!」
「いいじゃない。同名のなにかから力を借りるなんて魔術の初歩よ」
「またそこだけ妙に説得力ありそうなオカルト知識を……」
まあ、こいつがまともな魔術使えるのかどうか、未だに俺は半信半疑なんだが。
「そんなに言うなら小宇宙燃やしてなんとかしてみろよ。魔法少女」
「そこまではなんとかたどり着いたんだけどね」
「たどり着いたんだ!?」
「ただそこから先がね……どうしても超えられない壁がひとつだけあってね」
「どんな壁なんだ?」
「相対性理論なんだけど」
「あまりにも絶壁すぎる!」
「あーもう、なんでそこで質量無駄に増えちゃうかなー。ちょっと下僕一号タイムスリップしてアインシュタイン説得してきてよ」
「まずタイムスリップする方法を提出しろよ! それとたぶん物理法則決めてるのはそのひとじゃないと思うね!」
「もう面倒くさいからフラッシュピストンマッハパンチで妥協しようかしら」
「それあんまり妥協してねえ!」
つうか、あくまでボクシング技のつもりかこいつは。
「そもそも、なんでいまボクシング技の練習なんかしてるんだ?」
「それが次の依頼の相手が……あ、ちょっと待って」
着信音がして、斉藤がスマホを見る。
「ああ、ちょうどよかった。下僕一号、いま暇よね?」
「悪い、ちょっとゴミを焼却炉に持っていかないと」
「ほい」
斉藤が指を鳴らすと共に俺の手の中にあったゴミ袋が爆散した。
「うおわ汚えええ!」
「これで持って行くべきゴミは消滅したから問題はないわね」
「おまえそこはもうちょっとなんとかしろよ! せめて魔法でゴミを焼却炉に放り込むとか!」
「あなたその年になってまだ魔法なんてロジカルじゃないもの信じてるの?」
「さっきの指パッチンはなんだったんだよ畜生!」
「じゃあちょっと仕事なので異世界に飛ぶわよ下僕一号」
「嫌だ俺はもう帰る!」
俺の抗議は当然力づくで無視された。
「というわけでここが異世界です」
「し、死ぬかと思った……うげっぷ」
異世界に行く魔法、これは酔う。間違いなく酔う。
まわりを見渡すとそこはどうやら木でできた小屋のような場所のようだったが。
「ああ畜生、すげえ気持ち悪い……」
「そんなこと言われるとさすがに傷つきますブヒ」
「いまなんか言ったのは誰だ!?」
気がつくと俺以外に、直立歩行する服を着た豚人間が横にいた。
「ちょっと下僕一号。クライアントに失礼なこと言わないでよ」
「え、今回のクライアントって魔族側なの?」
「失礼なこと言わないでよ。誇り高きオーク族に魔族だなんて」
「そうですブヒ。魔族とか差別用語ですブヒ。ポリティカルコレクトネスに反しますブヒ」
「…………。まあいいや。それで?」
「だから今回のクライアントはこのオーク族の王子であるクアラルンプール葛西さんよ」
「ちょっとその名前は流せないなあ!」
なんだその芸名。
「やだなあ仮名よ仮名。ていうか異世界語の固有名詞翻訳はデリケートなのよ。下手をすると地球人が聞いただけで発狂するワードが含まれてる可能性があるんだから直訳とかできるわけないじゃない」
「おまえそんな危険なところに俺を……って、それ以前にどういうワードだよ、それ」
「いいの? しゃべっても? いいけど私が言葉を発した瞬間にあなた発狂するわよ?」
「全力で遠慮しときます!」
うかつに突っ込むと即死。とんだ地雷だった。
「ま、まあいいや。とにかくおまえが散らかしたゴミをなんとかしないといかんし、さっさと依頼を終えて帰るぞ。今回の依頼はなんだ?」
「襲ってくる姫騎士の対策」
「なんで当然のようにそんなもんが襲ってくるんだよ!」
「え? だって襲ってくるでしょう姫騎士。じゃないとくっころできないし」
「目的がおかしい! なんでくっころするのが前提なんだよ!」
「ドラゴンボール世代なんじゃないの? みんな好きでしょ、くっころ大魔王」
「惜しいなあ一字違うだけで一大事だ!」
ていうか、そんな大魔王は嫌だ。
「で、姫騎士が襲ってきたとしてどうするんだ? ガチで全力で撃退する方向?」
「必殺技が完成してたらそのつもりだったんだけどね」
「おまえ姫騎士にボクシングで対抗する気だったの!?」
「だって姫騎士ならカポエイラ使ってくるでしょ? カポエイラにはボクシングじゃない」
「ああもうなんか突っ込みどう入れていいのかわかんねえ!」
「そういうわけで搦め手に変更しました。事前に連絡しておいた手はずはオーケー?」
「ぬかりないですブヒ」
「どんな手を用意したんだ?」
「挑発の手紙を出しましたブヒ。猪武者はこれでイチコロですブヒ」
「安直だなあ……で? どこに呼び出したの?」
「もちろん、この小屋ですブヒ」
「マジかよ。で、罠とかは用意してるわけ? やっぱ安直に落とし穴とか?」
俺が言うと、なぜか小屋に沈黙が落ちた。
「…………?」
「…………」
「…………」
「…………おい?」
「さ、斉藤さん! この助手の方すっごい悪知恵回るブヒ! どこかの国の軍師でブヒか!?」
「さすが我が下僕一号ね……切れ味が一回り違うわ」
「そんなとこで無駄な参謀キャラ付けはいらねえっつうか罠仕掛けてないのかよ! じゃあ姫騎士が実際来たときどうする気だったんだ!?」
「そこまでは頭が回ってなかったでブヒ」
「ダメだこの王子!」
「ふむ……これはまずいことになったわね」
「まずいに決まってるだろうがこのエセ魔法少女! ああもう、とにかくなんとかしてすぐ作れる罠を張らないと――」
「いや。だってほら」
斉藤はぴっ、と小屋の入り口を指さした。
「もう来てるから。姫騎士」
「こ、こんにちは……」
「なんでそんな怒濤の展開だっつーかなんで顔赤らめて入ってきてんの姫騎士!?」
「ひ、姫騎士と呼ぶな無礼者! 私の名前は礼涼院静香よ!」
「…………」
俺が無言で斉藤を見ると、斉藤はぐっ! とサムズアップした。
(またあの謎翻訳かよ……ていうか、オークとの名前格差ひどくない?)
まあ、姫騎士の名前がリオデジャネイロ麗子とかだったらそれはそれで困るのだが。
「はっ!? よく見たらそこにいるのはオークの貴人! ま、まさかこれは罠!?」
「ふっふっふ、いまさら気づいても遅いでブヒ」
「……いや、まあ。罠張るの間に合わなかったけどな、実際」
「それもいまさら気づいても遅いでブヒ!」
「自慢げに言われてもな……」
ていうか、マジでどうする気だったんだこいつら。
「お、おのれたばかったな! あのようなラブレターで私を呼び出して罠にかけるとは!」
「ラブレター……?」
俺は王子の方を見た。
王子は胸を張って、
「挑発の文面を可能な限り丁寧に失礼のないように書いた結果、そう見えなくもない形になったようブヒね」
「な、なんて礼節をわきまえた素敵な……」
「…………おい?」
「はっ!? いや、私はたぶらかされんぞ! オーク族はこの世から根絶やしにしなければならない悪逆の輩!」
「うわー殺されるブヒ!」
「あのさあ、ちょっと」
顔を赤らめつつ剣を手に掛ける姫騎士に俺は声を掛けた。
「なんだ! 平民その一!」
「いや、気になってたことがあってさ。さっき入ってきたとき、こいつを一目でオーク族の貴人だって見抜いたじゃん。なんで?」
「それはもちろん衣服の柄でわかった」
「柄で?」
「うむ。オーク文化というのはなかなか複雑なのだが、特に服飾については我が人間族と比べても一日の長があってな。こう、木から取れるという素晴らしい糸素材にミスリル銀の……」
(以下に続く、30分に渡る姫騎士のオーク文化解説は遺憾ながら省略させていただきます)
「というわけなのだ! 素晴らしいだろう!?」
「あー、うん……わかった、ことにしとく」
俺は疲れた顔でうなずいた。
ちなみに王子は感心した顔で聞いていたが、斉藤はすっかり寝こけている。
ていうかマジ爆睡してやがるよこいつ……俺、ひょっとして一人でこの場をどうにかしないとダメ?
「それはともかく、オーク族の王族が私と一騎打ちを挑むとは感心なこと! 普段から数にものを言わせている貴様らにも騎士道はあったのだないざ尋常に勝負!」
「うわー殺されるブヒー! 軍師! 軍師助けるでブヒ!」
「……ダメみたいですね」
俺はため息をついて、姫騎士に向き直った。
「あのさあ、もうひとつ聞きたいんだけど」
「なんだ!?」
「なんでそんなにオークを敵視するの?」
「それはもちろん、奴らが人間社会の蹂躙者だからだ!」
「…………」
俺は王子のほうを見た。
「ひどいブヒ! 濡れ衣でブヒ!」
「濡れ衣ではない! その証拠に我が国の異界図書館の深層部から冒険者どもが持ち帰った妙に薄い文献類にはたくさん、そ、その手の数にものを言わせた悪逆非道婦女暴行が書かれておる! きっと予言書の類に違いあるまい!」
「それは断じて予言書じゃねえ。っていうか、読んだの?」
「…………。
ちょ、ちょっとだけ」
「何冊?」
「い、一、二冊?」
「…………」
「…………」
「…………」
「ええい平民の分際で姫を疑うかこのー!」
「俺まだなにも言ってない! ていうか! それが予言だっていう根拠ぷりーず!」
「それはだなあ、オーク族はこう、見た目ちょっとかわいらしい豚さんみたいな顔をしていながらその実手先が器用かつ勤勉で智恵もけっこう回るのでそのまま放置してたら人間族に勝ち目がないのだ!」
「…………」
「いやあ、褒められて照れるブヒ」
「いやさ、こう、俺もうこれ言うのアレなんだけどさ」
「? なんだ平民その一。私に意見でもあると言うのか?」
「いや。ならもう結婚しちゃえばいいんじゃね?」
俺の言葉に、場が静まりかえった。
…………
「「は!?」」
「ななななにを言うか馬鹿なことを! オークが人間と婚姻など!」
「そそそそうでブヒ! 言っちゃなんだけど我々オーク族は顔が豚ブヒよ!? このような美しい姫とは釣り合いが……」
「とりあえず王子の方は問題なさそうだな。
で、姫さんのほうだけど」
「な、なんだ!」
「さっきから聞いてるとさ……豚フェイス、わりと好きよね?」
「…………はい」
「ほら問題ないじゃん」
「ばばば馬鹿な問題ないわけあるか! だいたい婚姻に際して外見だけを問題にするなど……」
「いや、だからさ」
俺は言葉を重ねた。
「政略結婚で、オーク族を国民として取り込んじゃえばいいじゃん。勤勉で手先が器用な国民が増えれば王国も繁栄するだろうし、オーク族も戦争が回避できて、めでたしめでたしだろ?」
「…………」
「…………」
ふたりはしばらく、黙り込んでいたが。
やがて、ふたり同時にぽん、と手を打った。
ということで、二人は仲むつまじく婚姻の日の取り決めをし、やがては王都一のバカップルとして名を馳せるようになる未来が見えるレベルのいちゃつきっぷりを披露した後、帰って行った。
「そんなわけでおまえが寝てる間に事件は解決しといたから感謝しとけよ斉藤」
「えー」
「感謝しないのかよ!?」
「だってわたしの考えたプランと全然違うんだもん解決法」
「おまえなんも考えてないんじゃなかったの?」
「失敬ね。ちゃんとそのへんはぬかりないわよ」
「んでどういうプラン?」
「王都を魔法核兵器で人質に取ってくっころ」
「おまえがいちばん非人道的だってことはよくわかったよ! ていうか光速拳の要る余地がねえ!」
「なに言ってんの。相手が蟷螂拳使ってきたら核兵器じゃどうにもならないでしょ。そこでこのボクシングが大活躍する余地が」
「ああもうだからどこに突っ込んでいいかわかんねえんだよ畜生!」