花火Ⅱ
「ビックロ……はもう閉まってるもんなぁ」
制服でこのまま帰すには補導が心配だった。何か服でも買ってあげたかったけど、店はもう開いてない。ドンキならある? 色々考えながら女の子の手を引いて、タクシーとホストを避けつつ歩く。
「あの……」
おずおずと、女の子の声。
「なに?」
「えと、なんというか、よかったんですか、というか、うう、ごめんなさい……」
「そういうの、いいから。とにかく、ちゃっちゃと歩いて。あんた、その格好、違法臭がすごいから」
よく考えると、この格好のこの子と歩いてて職質されたら一発アウトだ。それに、良からぬ輩も蠅みたいに寄ってくる。
「どうしたの? 大丈夫? 送ろうか?」
金髪にスーツの男。
「あっ、大丈夫ですー」
女の子をかばうように手を引き、大通りを目指す。黒塗りのヴァンに乗り込むスーツの男たち、客引きのホスト、ホストに介抱されながらゲロを吐いてる女。とにかくこの路地はガラが悪い。どちらの汗か、握り合う手もべっとりと濡れる。
「私も、せいせいしたからいいの」
「え?」
「あのマッシュルームよ。見た? あの顔。ブッサイクなのを着飾って誤魔化してんの。話もつまんないしね」
「はぁ」
ケケケ、と笑ってみせる。女の子は笑うべきなのかそうではないのか、戸惑うように口をモグモグさせた。
「さ、ここまで来れば一安心……ってわけにもいかないんだよねぇ」
大通りに出た。居酒屋の客引きの声と、中国語、韓国語、英語しか聞こえない異空間。そして、警察も潜んでいる。
「あなた、百合峰学園でしょ。補導なんかされたら一発退学なんだから」
「え、なんでそれを?」
ポカン、と口を開ける。この子、表情がとてもわかりやすい子だ。私もこんな表情が自然と出来る女の子になりたかった。
「制服の、百合。有名よ、それ」
適当に誤魔化して、先を急ぐ。引っぱられながら、自分の胸元に咲く百合を見て「なるほど」と呟く吐息が私の腕にかかる。
階段から地下に入る。一回、彼女の手を話し、乗り換え案内のアプリを開く。
「あんた、最寄りは?」
「……えっ、ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待ってください!」
「ん?」
いきなり顔を真っ赤にして慌て出す女の子。階段を転げ落ちないか少し心配になるほどだ。
「忘れてました! 家には帰れないんです、だから泊まる場所を探してて、はい!」
「え、なに? 家出でもしたの?」
「…………」
無言になって、頷きを返す。思わず「はー」とため息が出てしまった。
「家に、帰りなよ。おうちの人心配してるでしょ」
「…………いやです」
二度目の「はー」。女の子は勇気を振り絞るように、目をつむっている。酔っぱらってふらふらになっているギャル系の女が降りてきて、少女に被さるように倒れた。
「ひっ」
「はぁ……。こりたでしょ、帰りなさいよ」
「いやです!」
女を起きあがらせて、手すりに寄りかからせる。少女は両方の拳を握りしめて頑なな様子だ。
「はー」
私は自分が着ているコートを脱ぎながら、彼女に睨みをきかせた。少女は、ひ、と呻いて目をそらす。
「え、えと、もう、ここでいいです……あとは、自分でなんとかします」
この子は確か、幼稚舎から内部進学してきた子だ。そんな子の「自分でなんとかします」なんて信用できない。アスファルトに百合は咲かない。
私はコートを彼女に投げた。「わわわ」と受け取る。後ろの酔っぱらいギャルはゲロを吐き始めた。
「それ、着て。多少は誤魔化せるから」
「ええ、は、はい」
彼女の背丈には少し大きいブラウンのコート。それを着た彼女はやっぱり高校生……いや、お嬢様学校の生徒という感じだった。
彼女の腕をひっつかむ。
「じゃあ、私とラブホテル行こっか」
口を大きく開けて「え」と漏らす彼女の顔を見て、思わず私はケケケと笑った。