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SECT.19 集結

 哀愁を帯びた顔はやはり銀髪のヒトと酷似している。瞳は深いコバルトブルー、ゆるく波打つ銀髪が陶器のように白い肌を彩り、背には純白にほんの少し闇が溶けた色をした6枚の翼を湛えている。セフィラの神官服に近いかっちりとした純白の服を纏い、神々しいまでのオーラを周囲にはなっていた。

 本降りになった雨が降り続いているというのにルシファは全く濡れていない。それどころか雨粒を弾いて銀の光を反射させ、煌いているようにも見える。

 ため息をつくほど美しい姿から視線を戻すと、そこにも同じ姿の天使の姿があった。ただ、自分の隣にいる堕天の悪魔と違うのはその背の翼がまじりっけのない純白である事。

 歪んだ鏡に映したような一対の天使――悪魔。

「やっと会えましたね 兄さん」

「そうだね ミカエル ずいぶんかかった」

 優しい顔をしたルシファはミカエルに微笑んだ。

 息を呑むほどに美しい笑顔だった。それも悲哀を含んだ壊れそうに危うい微笑。

 そしてミカエルさんは、シアのほうを向いて言った。

「サンダルフォン 兄さんは私に任せて いただけますか」

「いいだろう」

 シアが無機質な声で答える。

 ぞわり、と背筋が凍った。

「サンダルフォン?」

 自分の記憶が確かならば王国の天使サンダルフォンは第10番目マルクトが使役する天使の名だ。しかもアレイさんはマルクトが今回のセフィロト軍総指揮官だと言った。

 目の前にいるのはずっと自分たちと同じ騎士団の仲間だと信じていた、白髪に赤目の少女。

 それなのに――

「紹介がまだだったな。オレはセフィロト国の神官マルクト。王国の天使サンダルフォンを使役する」


 急に雄弁になってしまったシアに言葉が出なかった。

 まさかシアがマルクトを名乗るなんて……でも本当だとしたら、じゃあ、今戦場で指揮を執っているのはいったい誰なんだ?

 白髪の彼女の背後に金の光が閃く。ケテルと同じ金の輪を背負ったシアは、これまでと全く違う雰囲気を纏っていた。

 明らかな敵意が向けられて反射的に胸のコインを握り締めた。

 心臓がバクバクなっている。叩きつける雨の音がただの背景になってしまうくらい強烈な心臓の音が耳元で鳴り響いた。

「何が目的なの? 寮ではずっと同じ部屋にいたんだから、何でも出来たはずだよね? それこそコインを盗るのだって……おれを殺すのだって簡単だったはずだ。でもシアはそうしなかった。じゃあ目的はおれの命でもコインでもないんだろう。じゃあ、何?」

 もっと他のヒトを狙ってたの?それとも他のモノが欲しかったの?いったい何がしたかったの?

 が、唐突に気づいた。

「ルシファ……?」

 もし狙いが自分の隣に浮かぶこの壮麗な堕天使だとしたら。魔界の王と呼ばれるこの悪魔が自分の中から出てくるのを待っていたとしたら。

 理由は分からないけれどルシファを消そうとしているのなら。

 全く分からなかったけれど、それだけはいけないと思った。この魔界の王がいなくなったらすべてが崩壊してしまう気がした。

 それだけは避けなくてはいけない。

「させない」

 魔界を創ったのはこのルシファらしい。

 だとしたらこのヒトがいなくなってしまったら、きっと何かとてつもない事が起きる気がした。それこそ世界が崩壊してしまうかもしれない。

 自分の全部をかけて止めなくちゃ。

「フラウロスさん!」

 灼熱の炎が自分の中に燃え滾る。が、すぐにその炎を支えきれず自分の外へ飛び出していった。

 蒼い炎を纏った獣が大きく吼えながら出現し、地面を焼きながら着地した。オレンジの毛並みに触れる前に雨が蒸発していく。大きな蒸気が立ち上り、あたりが白い霧に包まれた。

 凄まじい熱風に襲われ、思わずルシファの近くまで飛び退る。マルコシアスさんとクローセルさんの加護がとっくに焼け落ちてしまっていたのを忘れていた。

 心臓が速い。


「邪魔をするなら容赦しない」

 抑揚のないシアの声で、この空間を支配する重圧がさらに増した。

 魔界の王ルシファ、その片割れ美の天使ミカエル、峻厳の天使カマエルを滅ぼした灼熱の獣フラウロス、そして天界の長メタトロンと並び称される王国の天使サンダルフォン。

 凄まじい力のぶつかり合いがこの狭い空間で起きている。

 その反発を感じ取ったのか、左手甲のコインが熱くなる。

 だめだ。ここにラースを加えたらとんでもないことになる。それこそラグレアの街など簡単に吹っ飛んでしまうだろう。この時点で既に体中がはじけ飛んでしまいそうな感覚で今にも逃げ出したいっていうのに!

 どうやらルシファさんの加護もフラウロスさんの加護もある程度自分の中に残っているようだ。この感覚でいくとおそらく千里眼も使えるだろう。

 怒りと悲しみがごっちゃになった感情が全身を支配した。

 その衝動に任せて両腰のショートソードを抜き放つ。

 すぐ傍でフラウロスさんの炎を防ぐように浮いているルシファは漆黒の剣を手にしていた。揺らめくような刃はマルコシアスさんの持つ刀とよく似ている。きっと実体ではなく幻想として創られているんだろう。

 それに相対するミカエルさんは銀色のブレイドを手にしている。

 銀髪の人も同じ色のブレイドを持っていた。

 シアの手に武器のようなものは見えないが、彼女は、サンダルフォンはどんな力を使うんだろう。

 ルシファは悲しげなテノールで目の前の天使に告げる。

「ミカエル サンダルフォン 未だ戦闘は望まない 退いてくれないか」

「何を言うのです 兄さん」

 同じ顔をしたミカエルさんは銀の髪を揺らして首を横に振った。

 ブレイドをルシファに突きつけて、美しい涙を一粒流した。

「消え行く世界に加担し 幻想を抱き 未だ柱も立たず 揺らいでいるというのに」

「希望がある 未だ残る末裔達が 先を見据えている」

「枷を掛けるのですか 重い十字を背負わせて あの エノクのように ここにいるエリヤのように」

 ミカエルの言葉に、ルシファは最期の微笑を見せた。

 胸を裂く笑みだった。

「黄金獅子ゲーティアの末裔ルーク すべてを貴方に託しましょう」

「何……? おれ、何をしたらいいの? ルシファ、おれに何をして欲しいの?」

「私が望むのは 世界の安定だけです」

 ゲブラと同じだった。

 このルシファという悪魔の望みはとても分かりづらい。一体何を望んでいるのか。それは俺に出来る事なのか。どうすればこの美しい悪魔の望みをかなえられるのか――

 どうして自分の周りにいるのは傷を隠そうとする人ばかりなんだろう。

 悔しい。

 いったいどうしたらみんなの笑顔が見られる?

「優しい子 だから貴方は ルーク の名を持つのです 全てを照らし救いを与える――L-U-X」

「ルシファ?」

「この世界は長く持ちません あなたが支えてください」

 温かい手が額に触れた。

 この光に、指に覚えがある。

 額が熱くなる。

「ミカエルは 私が止めましょう」

 加護を受けた体は軽い。いまならどんなに強い敵でも負ける気がしなかった。

 いつの間にか飛び掛ってきていた銀髪のヒトのブレイドを受け止めたのをきっかけに、ラッセル山の麓、ゲーティア=グリフィス生誕の地で人知を超える闘いが勃発した。

 雨は留まる事を知らず、戦場に降り続いている。



 フラウロスさんがサンダルフォンを召還したシアに向かっていく。

 蒼炎を吐く獣は、しなやかな体を生かして今にも折れそうな細身のシアに飛び掛った。

 が、爪が届きそうになった瞬間、フラウロスさんの体は弾かれるように吹っ飛んだ。

「!」

 獣はすぐに体勢を立て直して地面に着地する。凄まじい蒸気が上がって、吼えた獣は天に向かって蒼炎を高々と吐いた。

 オレンジの毛並みに纏わり付く蒼い炎はひどく禍々しい。

「貴様の相手は俺だ!」

 気をとられた一瞬、銀髪のヒトが打ち込んでくる。

 両手のショートソードをクロスして受け止めると、加護を受けているにもかかわらず重い衝撃が全身に加わった。

「くっ……」

 ヒトのことを見ている場合ではない。

 シアはフラウロスさんに任せて自分は銀髪のヒトを何とかしなくてはいけない。

 そう思った瞬間、体がふわりと宙に浮いた。どうやらルシファの加護で飛ぶことも出来るらしい。

「行くぞ!」

 全身を高揚感が駆け抜けた。

 そのまま両手に剣を構えて空から銀髪のヒトに向かっていった。

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シリーズまとめページはコチラ
登場人物紹介ページ・悪魔図鑑もあります。
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