SECT.1 春の訪れ
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順にお楽しみください。
春の草原は雪が溶け、淡い色をした芽が一面に広がって風に揺れている。まだ少し冷たさが残る空気は、花の蕾をいっせいに刺激した。
色とりどりの花弁が草原を彩る中、東の都トロメオを占拠したセフィロト軍と、商業都市カシオに撤退したグリモワール軍の睨み合いが続いている。
新しい命が芽生えるはずの春、グライアル草原からは争いの序章が鳴り響いていた。
目的はまず、東の都トロメオの奪還。
新たに一人レメゲトンと翠光玉騎士団員200名を加え、一気に奪還する作戦を取ることになった。
悪魔を召還し戦う国家天文学者レメゲトンの戦闘能力は一般兵100人分以上の戦闘力は見込まれる。一人である機動性を考えると効果はそれ以上だ。
ただし、セフィロト国にも天使を召還し戦う神官、セフィラがいる。
一般兵よりもセフィラを相手にする事が先決だった。
ベアトリーチェさんを加えた4人だけで戦況報告が行われた。
「これまで戦闘に参加したセフィラは5人、そのうち2人は既に力を引き剥がした」
「力を引き剥がす……?」
よく分からない言葉が出てきて、思わず眉を寄せた。
「私たちがコインを持つようにセフィラも体のどこかに天使と契約した印を刻んでいるの。それを失わせる事が出来れば彼らは天使の加護を失うわ」
ねえちゃんが簡単に説明してくれた。
「なるほど」
「現在戦闘に出ているのはあの手品師ゲブラ、死霊遣いホド、それに最近出てきたセフィラの長ケテルだ」
「ゲブラは峻厳の天使カマエル、ホドは栄光の天使ラファエルを、ケテルは王冠の天使メタトロンを召還します。3天使とも非常に高い能力を有していますが、中でも長のケテルは飛びぬけています」
「今回のトロメオ陥落もほぼケテル一人の力で成し遂げたようなものよ。あいつ……本当に腹立たしい!」
ねえちゃんがどん、と机を叩いた。
がたがたと窓まで揺れる。
思わず身を引いて硬直した。
「あら、ごめんなさい。驚かすつもりはなかったのよ」
やっぱりねえちゃんは怒らせちゃ駄目だよ!
ふう、と一息ついてから訊ねた。
「2人は力を剥がしたって言ったよね。んで、いま戦闘に出てるのが3人、ていうことはまだ5人も残ってるんだ」
「そうだ。だが温厚な慈悲の天使ツァドキエルを守護に持つケセドが戦場に出てくるとは考えにくい。戦闘能力的にはネツァクも出て込んだろう。基礎の天使ガブリエルを使役するイェソドは不明だ。まだ幼い少女だという噂もある。総指揮を執るマルクトも戦闘に参加しないと見て、残りは……」
アレイさんはいったんそこで言葉を切った。
続きを彼が言う前に出来る限り自然に言った。
「あのヒトだね。ミカエルさんを召還する銀髪のヒト」
声が震えそうになったのを何とか制御した。飛び出しそうになる気持ちを無理やり押さえつける。
「王都ユダへの乱入後拘束されているらしいが、いつ戦場に出てくるか分からん。用心に越した事はない」
「うん」
こくりと頷いた。
「他の天使が戦場に出ることはないと仮定して、残りはゲブラ、死霊遣いホド、セフィラの長ケテルの3人を倒せばいい」
「ラックを入れて3人、ようやく1対1で対応できそうね。ケテルはアレイに任せるわ。あいつを倒せる可能性があるとしたらあなただけよ」
「分かっている。前回は軍の事があって退いたが、今度は完全に叩き潰してやる」
「死霊遣いは私が引き受けるわ。大人数を相手にするのは得意だから邪魔さえ入らなければあんな奴敵じゃない」
と、言う事は必然的に。
自分の相手はあの手品師ということになる。
半年前まで手も足も出なかった相手だ。散々手を抜かれて、挙句食らわせたのは一撃だけ。
「できるわね、ラック」
「うん」
自分がどれだけ強くなれたか知るにはいい機会だ。
負けない。
「あいつはおそらく見たことのない剣術を使ってくるだろう。千里眼を使えればいいのだが、堕天のアガレスは召還できない。あいつの召還するカマエルとお前の使うフラウロスが同等だとしたら、あとはお前自身の力が重要になってくるだろう」
「無茶はしちゃだめよ。負けそうだと思ったらすぐに言うこと! 王都で一人レラージュと戦った時とは違ってここには私も、アレイだっているんだから」
「うん、分かった」
「何より、戦場で私たちレメゲトンの使命は一つ。一般兵をセフィラとの戦闘に巻き込まない事よ。天使を召還した状態のセフィラと互角に戦闘できる単騎兵はいない。いるとしても騎士団長クラスでサブノックの武器を持つ『覚醒』という部隊のトップメンバー数名だけ。でも、私たちは悪魔を召還することでセフィラを押し留める事が出来るわ」
「普通の兵士さんには手を出さずに、セフィラのヒトだけ相手にしたらいいんだね」
「そうよ」
ねえちゃんはにこりと微笑んだ。
でもどこか悲しそうだった。
「最初の目的はトロメオの奪還。それ以上はまだ何も考えなくていいわ」
真直ぐな金色の瞳。
ずっとずっと捜し求めていたものだった。
「うん」
自分の中に欠片が揃う。
隙間を埋めるようにはまり込んだそのピースは確実に足りなかったものを埋めた。
ようやく自分の居場所に戻ってきた。半年の時間をかけて自分の力で手にする事が出来た。
大きな自信と共に、安堵感に包まれていた。
打ち合わせが終わったところでねえちゃんを呼び止めた。
「どうしたの?」
不思議そうな顔をしたねえちゃんに、腰に差していた小太刀を抜いて出した。
「ずいぶん使ってたから、ぼろぼろになっちゃって」
鞘から抜いた刀は刃こぼれしており、また峰の方からひびが入っていた。
「もう、そういうことは早く言わなくちゃ駄目よ。武器はとても大切よ。ちゃんと手入れしなくちゃいけないわ」
「はあい」
「でも……困ったわね」
ぼろぼろになった小太刀を指でなぞりながら、ねえちゃんは眉を寄せた。
「小太刀なら一本や二本軍に余っているかしら。それよりも……」
小太刀を鞘に納めて、ねえちゃんは微笑んだ。
「アレイに頼みなさい。きっと第49番目の悪魔サブノックがあなたに武器を作ってくれるわ」
部屋を出て、早足で長身黒髪の男性に追いついた。
「アレイさん」
「どうした」
紫の瞳を嵌め込んだ切れ長の眼がこちらに向けられた。
「あのね、実はね……」
ねえちゃんに言った事をもう一度繰り返してぼろぼろになった小太刀を差し出すと、アレイさんは大きなため息をついた。
「どうしてこんなになるまで放っておいたんだ。武器はこまめに手入れしろ。小さな亀裂が戦闘では致命傷を招く事もあるんだ。コインと同じだ。お前の命を預かるものだ。もっと気を配れ、このくそガキ」
珍しく力を込め口数多く力説するアレイさんを見上げながら、素直に頭を下げた。
「ごめんなさい」
「……まあいい。いい機会だ、戦場に出る前にお前の武器を作ってもらえるかサブノックに頼んでみよう」
「ほんと?」
「ああ」
アレイさんは無愛想に頷いた。
「これからお前は軍の前で紹介されるのだったな。その後だ」
「アレイさんも一緒に行くんでしょ?」
「一応出席する事になっている」
「んじゃ、一緒に行こう!」
ぱっと左手でアレイさんの手をとった。
一瞬はっとして離そうとしたが、アレイさんなら平気だ。悪魔耐性が半端じゃないから。
それに気づいて嬉しくなり、ぎゅっと手を握った。
「やめろ、恥ずかしい。ガキじゃないんだ」
「いつもガキって言うくせに」
「お前は自分の見た目を気にしなさ過ぎなんだ!」
アレイさんは嫌がったが、手を振り払う事はしなかった。
とても嬉しい。この人が隣にいてくれる事が。悪魔の気を放つ自分を何の臆面もなく晒す事のできる数少ない相手だ。
この人の手を離したくない。
そう思うようになったのはつい最近だった。自分の中の気持ちの変化に気づいて、少し考えてみたけれどすぐ分からなくなってしまった。
一緒にいると満たされる感情はねえちゃんの隣にいるときとは少し違う。
自分に分かるのはただそれだけだった。