終章 精霊使いと妖精の旅立ち
ヘルデと取引をしてから十数日後、ルチアはシルヴィー村の母のところまで、状況説明に帰った後、ようやく再び帝都へと舞い戻っていた。
しかし、ルチアが城へと赴くやいなや、使いの者から、直ぐにヘルデの元まで顔を出すようにとの伝言が伝えられた。
「着いて早々呼出しなんて、千里眼でも付いてるのかな。」
「私、付いてても驚かないわ…。」
シリルの言葉に、ルチアが笑って答える。二人の関係は、この一件の前から何も変わらなかった。
しかしルチアは、イーデとはまだ、会うことすら出来ておらず、出獄したあの日以来、一度も見かけてすらいなかった。
「失礼します。」
シリルを取り戻した日とは違い、ちゃんとノックをして、返事が返ってきた後、ルチアはそろりとヘルデの部屋の扉を開けた。しかし、その部屋からは、ルチアが予期していた人物とは、また別の人物の声が聞こえた。
「え、ルチア?!」
イーデは信じられないものを見るような目で、ルチアを見ている。ルチアが何故ここにいるのか、ということを、イーデに説明していないのだろうかと、ルチアは胡乱な目つきでヘルデを見た。しかし、ヘルデは相変わらず、どこ吹く風といった様子なので、諦めて目線を逸らして、イーデを見た。
「イーデ、何で、ここに…?」
「私が呼んだ。」
ルチアの質問に答えたのは、ヘルデだった。ヘルデは、ルチアがイーデの隣辺りに着くと、腕を組んで座ったまま二人を見上げた。
「お前達に仕事だ。」
「「仕事?」」
二人が問うと、ヘルデはゆっくり頷いて、机から出した書類の束をイーデの方に投げてよこした。イーデがその書類にざっと目を通しはじめると、ルチアもイーデの受け取った書類を覗き込んだ。
「詳細は後で読め。仕事内容は、『柱』の調査だ。…行ってくれるな?」
ルチアとイーデは、書類から目を離して、顔を見合わせた。そしてお互い笑うと、ヘルデの方を向いた。
「「はい!」」
ヘルデは、思いのほか威勢のいい声に、驚いた様だったが、すぐに余裕の笑みを浮かべる。そして、思い出したように立ち上がると、少し待て、と言って続き部屋へと姿を消した。
しばらくしてヘルデが戻ってくると、その手には二着の外套があり、青い方をルチアへ、黒い方をイーデへと放った。
「魔術師の外套だ。…正式任官、これで完了だ。」
そうしてまた、ヘルデは椅子に座り込むと、外套を受け取って呆然としている二人に、さっさと行けと言うように、二人に手を振った。
「なんか、してやられたー、って感じ。」
ルチアが、何故ヘルデの支配下に入ったか、話した後、イーデは項垂れてこう言った。ルチアも同意するように、肩を竦めた。
魔術師の外套は、特殊な布で作られているらしく、完成にはそれなりの時間がかかる。それなのに、二人が渡されたのは、精霊使いは紅色、妖精は白、という中で、青と黒という特殊な色の上、大きさもピッタリで、何かの策略を感じないのは、むしろ不自然だった。
「でも、だれも犠牲になってないんだし、良かったんじゃないの?」
いつものようにルチアの肩の上で、うきうきとした様子のシリルは、二人の顔を見上げてそう言った。
「それも、そうか…。」
一人ごちるようなルチアの言葉に、イーデもたしかに、と頷く。ルチアが独自に魔法が使えることがイーデにばれ、二人が、ヘルデに仕えはじめたぐらいで、関係性に変化は無い。
ルチアは気持ちを切り替えるように、手をパンと打った。
「さ、それより、お仕事の事!」
ルチアは、もう何も無かったかのように、にこにことそう言うと、イーデの手を取って、走って行った。