チョコレートじゃなくて。
「今年もやってきたのか……」
目の前で、御堂一が疲れたようにため息を吐いた。彼はトントンとルーズリーフをシャーペンで叩いていた。
なんとも気だるそうな様子。しかし漂うのはそれだけじゃない。
一言で表すと、御堂一はキラキラしている。
背が高く、すらりと細い体型。ひどく哀愁を帯びた瞳。無駄に整った顔立ち。はぁ、と漏れる息は甘く、切ない。窓から差す陽光も一に味方しているのか、くせのないさらさらの黒髪が輝いていた。
御堂一は眉目秀麗、文武両道。明るく親しみやすい性格。まさに非の打ち所がない好青年である。
そんな友人を谷町優紀は、シャーペンを止めて忌々しそうに見つめた。こんな“ふぁんたじー”みたいな野郎が友人だと苦労する。そしてここは大学の図書館。二人はこれからの試験考査に向けて勉強中である。図書館では私語は慎むべき。しかし一の独り言は、誰かに聞いてほしい様子であった。
「一応訊いとくけど、何がやってきたの?」
呆れた口調のこちらに、一はめげない。今まで憂いた瞳が一瞬で活気を取り戻し、優紀へぐっと顔を寄せた。相変わらず距離というものを知らない友人に優紀はのけぞった。
そして、一は単語を口にした。
「バレンタインデー」
「……」
優紀は答えなかった。
――何を言ってんだ、こいつは?
しかし顔には出てしまう。優紀は神妙な顔つきで、一を眺めた。しかし彼は、優紀の表情など気にもしないで続ける。
「ここだけの話、毎年毎年うっとうしいって思う」
「御堂、今すぐ全国で期待に胸を膨らませる男たちに土下座しろ」
「いや、そういうわけじゃなくてさ」
「じゃあどういうわけさ?」
突き詰めると一は黙ってしまい、気まずそうに窓の方へ目をやった。
優紀はイライラしながらノートに目を戻し、チラリと一を眺めた。
何度も言うが、御堂一はイケメンだ。
真っ直ぐ伸びた鼻筋に、尖った顎。その横顔は綺麗に整っている。運動もできて勉強もできて、人望も厚い。完全なスペックを持っている彼には自然と、人が集まってくる。一は世界の中心のような存在だった。
谷町優紀は、そんな友人を傍観していた。
彼とは大学からの付き合いでもうすぐ一年になる。きっかけは同じ講義を取っていたところから。優紀としては突然声を掛けられて驚いたものの、同じサークルの人だと理解できた。それ以来、一とは何かと一緒に行動することが多くなった。
しかし、一には人の目を引きつける美貌がある。そのため優紀としては、周囲からの嫉妬と羨望、疑心の眼差しが辛くて、肩身が狭かった。しかし人付き合いがあまり得意じゃない優紀にとって、仲良くしてもらえるのは嬉しかった。
「……バレンタインデー、か」
一息ついたところで、優紀はジト目で一を見つめて呟いた。
確かに一のルックスならたくさんチョコレートを貰えるのだろう。なるほどそれでうんざりしていたわけか。……やはり全国の男子に土下座させねば。
そんなこちらの表情をやっと察したのか、一は慌てた様子で弁解した。
「怖い顔するなよ。こんなこと言えんの、お前しかいないんだから」
「でも、チョコをもらえるのは嬉しいわけだ」
一の物言いに腹が立った優紀は辛辣に言い返した。
「……」
また黙ってしまった一。優紀は呆れて肩をすくめた。
「バレンタインなんて春休みじゃん」
「残念だが既にバレンタインの予約注文が来てる。見るか?」
一は皮肉げに言い、スマートフォンを優紀に見せつけた。メールボックスには女性からと思しき、メッセージがいくつか並んでいた。
優紀はそれを見ずに返事をした。
「はいはい。がんばってください」
「冷たいなぁ」
一はガシガシと頭を掻き、こちらへ目を向けた。
「優紀の予定は?」
「休みは別にこれと言って予定はない、まっしろだよ。それにバレンタインデーなんて毎年忘れてるから」
「……ほんとさっぱりしてるよな。優紀こそ、全国で期待に胸を膨らませる男たちに謝ったらどうだ?」
「なんで?」
「もういい……」
一は深くため息を吐いて、スマートフォンをいじる。勉強をする気がなくなったみたいだ。だとすると、今の雑談は勉強をやめる助力をしてしまった。
優紀が肩をすくめると、電話が掛かってきたのか、一は優紀に断りを入れてから席を外す。別に場所を変えなくてもいいと思うが。
優紀は一応、その背中に訊いた。
「女の子?」
「違ぇよ、男。ぜんぶそっち方面に持ってくな」
「自分から話し出したんじゃないか」
ぼやくと、一は淡く笑って立ち去った。
優紀はその笑みにぞっとした。
「…………なんだ今の笑顔は」
正直に言って、寒気がした。
「で、十四日のことだけど」
「その話まだ続けんの?」
戻って来たなり、一は机に突っ伏していた。どうやら完全に勉強をする気がなくなったようだ。優紀も手を止めてしまう。別に根気よく勉学する必要もない。優紀もとんとんと参考書とノートをまとめたとき、一は駄弁を繰り返した。
「……そりゃあ、チョコもらえるのは嬉しいよ。だけどなんか違うだろ?」
なんとも崇高な悩みを持っていらっしゃる御堂一はまだ愚痴をこぼす。
何が違うんだ、と口を入れようとしたが、ややこしくなりそうなのでやめた。代わりにため息を吐くと、一がこちらへ目を向けた。
「優紀は、好きな人とかいないのかよ?」
そんな質問が飛んできた。
優紀は少し驚き、考え、そして答えた。
「……いないよ。いたらバレンタインデーも忘れないし、今も君なんかと一緒に勉強していないよ」
「優紀、さすがにひどいわ、それ」
「普通だろ」
「なあ」
「なに?」
「……いや、やっぱいいや」
目を逸らした彼に優紀は呟く。
「御堂、今日はいつにもまして変だな」
「やっぱ一つだけ。優紀ひどい」
「普段通りだけど?」
「尚更ひどい。前から思ってたけど、優紀って俺に冷たいよな?」
「だったら優しい人でも見つけなよ。……というか勉強しないなら帰ろ」
「あ、待てって」
カバンを肩に引っ掛けると、一は慌てたように追ってきた。
一月の終わり。
気温は低く、空は灰色。裸になった桜並木が寂しそうに木枯らしに揺れていた。
優紀はコートのポケットに手を突っ込んで、マフラーに顔をうずめた。
「休み、何か予定あるの?」
図書館を出ると、一も同じような恰好で、隣に並んでから訊いてきた。試験のことなどもう頭にないようだ。優紀は肩をすくめて答えた。
「さっき言ったけど特別な予定はないよ」
「まぁ、そうだよな……」
なんだか含みのある頷きを見せる一に、優紀は目を上げた。
「御堂は暇そうじゃなさそうだね。毎日どっかで飲んでそう」
「アホか、そんな金あるかよ。確かに飲み会とか誘われてっけど、俺、引き立て役にはなりたくない」
「引き立て役?」
「ほら、俺をダシにして女釣る男とか、顔だけ見て寄って来る女とか……いや、自惚れてるわけじゃないから」
「……」
なるほど。一みたいな綺麗な顔立ちをしていても苦労するものなのだ。相変わらず贅沢な悩みだったが、優紀は少しだけ興味を持った。
「今までもあったらからさ、そういうの。みんな、御堂一っていう人間の、上辺しか見てないんだよな。だから、単純に格好良いとか王子様みたいとか言えるんだと思う」
「……難しいな、御堂は普通に格好良いと思うけど?」
「無表情でそんなこと言うの、優紀だけだからな」
淡々と言うと、ジト目で睨まれた。やはり男でも女でも嫌味の一つは言うのだろうか。しかし、御堂一という人間に関心のない優紀は肩をすくめるだけだった。
「それよりも先にテストだろ」
「うわぁ、もうやだ」
「誰だって嫌だよ」
「あっ、そうだ、この前借りた本だけど……」
優紀が呟くと、一は新しい話題へ舵を切った。
会話を始めるのはいつも一で、それを聞くのは優紀の役目。本当にどうでもよくて、他愛のない話ばかり。
こうして平凡極まりなく、なんの変哲もない日常は、いつもように過ぎていくのであった。
* * *
優紀はスマートフォンの着信音で目が覚めた。
「……」
むくりとベッドで起き上がり、側にある時計で時間を確認する。午前九時。ついでに日付も確認しておいた。
今日は二月の十四日、土曜日であった。
「…………」
時計の隣でスマートフォンが鳴っていた。今日はバイトも何も予定はないのだから、惰眠をむさぼりたかった。優紀は寝ぼけまなこで忌々しそうにスマートフォンを睨む。スマートフォンを取る気はない。あと一時間は寝たい。
しかし着信音は一向に切れる気配がなかった。
優紀は苛立ちをため息で殺し、スマートフォンを手に取った。
「……もしもし」
「あ、やっと出た」
「……御堂?」
相手は一だった。
「おはよう。ごめん、寝てた?」
柔らかく、爽やかな声が耳をくすぐる。モーニングコールには便利かもしれない。優紀はぽりぽりと腹回りを掻きながらそんなことを考えた。
「……こんな朝早くから、なんの用だよ」
「別に早くないだろ、普通の人なら起きてるって」
「で、なんの用?」
「機嫌悪いな、朝弱いのか?」
「切るよ」
「待てって! ほんと機嫌悪いな」
「誰のせいだよ、ほんと……」
優紀はぼやいて、もう一度ベッドに転がった。電話口から、一が「ごめんごめん」と笑い声が漏れる。人の睡眠を邪魔して、なんとも呑気な奴だ。
また、睡魔が襲ってきた。
「用があるなら早くして……眠たい」
「お前、布団から出ろよな。あー、てか。こんな無駄話するために掛けたわけじゃなくて……」
「なに?」
「今日、暇か?」
その質問に、少しだけ頭が冴えた。
「……まぁ、暇だけど」
少し間を置いて答えた。今日は一歩も家から出る気はないのだが……嫌な予感しかしない。
胸騒ぎのする優紀に、一は明るい声で言った。
「試験明けに借りた本返したい。もう読んじゃってさ」
「……」
見た目に反して、御堂一は読書家であった。ジャンルは問わない。純文学もライトノベルもイける口。雑食である。優紀もそれなりに読書するが、一ほど読書はしていない。
――いや、今はそんなことどうでもいい。
「なんで今……。四月でいいよ、読み返そうと思ってないし」
「いや、借りた物ずっと持ってるのが嫌なんだ」
思えば、今まで貸したものは四日もあれば返ってきて、感想を述べていた。これまではなんとも思わなかったが、一は意外と神経質な性格であった。
「お願い。ちょっと出てきてほしいな」
容姿も性格も完璧な彼におねがいをされてしまった。
優紀は少し驚いて、やがてベッドから起き上がった。
「……わかったよ」
「え、マジで?」
すると驚いた声が返ってくる。
「なに、その反応」
「あっさり断られるかと思った」
「……今からでも遅くない?」
「待って! 切らないで! お願いします! どうか良しなに!」
両手を合わせて懇願する一が目に浮かんだ。
一をからかうのは面白い。
黒い笑みを浮かべる優紀であった。
「よっ、優紀」
「ん、」
駅の改札を出ると、一の声が聞こえた。
休日のおかげで街中は人が多い。映像のように流れる群衆から、一は現れた。相変わらずキラキラしている。服装も着飾ったところもない。いつも通り。しかしキラキラしている。
そんな彼に近づき、優紀は目を眇めた。
「君も暇なんだね。今日は予定がたくさんあったんじゃないのか?」
今日は二月十四日。一は試験前に予約がたくさん入っていると偉そうに言っていた。しかし、繁華街にいる彼は一人だった。周囲には女の子ひとりの影もなかった。てっきり本を返すのは遊びのついでだと思っていた。
すると一は苦笑する。
「今日はフリー。全部断った」
優紀が隣に並ぶと、一は歩き始める。
駅を抜けて、大きな横断歩道を渡る。優紀は一が行く方向について行くだけだ。優紀にもこのあたりの土地勘はあるのだが。
「それはまた……大変そうだ」
「そりゃあもう……。まぁ、バレンタインはゆっくりしたかったし、バイト入ったとか適当に嘘吐いた」
「御堂が嫌なら仕方ないけど……、ん? これはゆっくりしてるとは言えないような……」
ゆっくりする、というのは今朝の優紀のことを言うのではないだろうか、少し違うだろうか。
優紀が考えていると、一はわざとらしく咳払いした。
「寒いしどっか入ろっか」
そう言って、道路脇にあるコーヒーショップに入っていった。
――……はぐらしやがった。
優紀は眉をひそめて、彼の背中を追った。
「はい、いつもありがとう」
テーブルにつくと、一はカバンから文庫本を三冊取り出した。すべて優紀が貸した本だ。優紀は注文したカフェオレを一口飲んだ。
「……別に急がなくてもよかったのに」
「ごめんな、俺の我が儘に付き合ってもらって」
「君の我が儘には慣れてしまったね」
「俺、そんなに我が儘か? 今日のは否定しないけど」
それが怒ったように聞こえたから、優紀は首を縮めた。
優紀は表情を硬くして、黙ってしまった。そんなこちらがどう映ったのか、一は手元のコーヒーを一口。
そして呟いた。
「我が儘、ね……」
気づくと一は思案顔をしていた。難しい顔をする彼は珍しい。優紀はしばし、じっと一を見つめていた。
「チョコに限ってじゃないけど、」
不意に一は口を開き、優紀に目を向けた。ぴたっと視線が合わさる。澄んだ瞳は真剣に輝いていて、目が離せなかった。
「やっぱり好きな人から貰いたいんだよな。いきなり告白されても、俺はその子のことまったく知らないわけで、知っててもその子を好きって思ってないわけだし」
「もしかして、御堂って付き合ったことないの?」
訊くと一は素直に頷いた。
これには驚きで優紀は目を見開いた。
「なんだよその顔。そんなに不思議かよ。……そうですよ、彼女いない歴=年齢ですよ」
「いや、御堂が言うと嫌味にしか聞こえない」
「……」
返すと一が黙ってしまい、気まずそうにコーヒーを飲んだ。
それを見て優紀はくすりと笑った。
「好きな人に……か。けっこうロマンチックなこと言うじゃん」
「……う、うるさいな」
一は優紀から目を逸らしてぼやいた。
やがてコップの中を空にした一は、一息吐き、優紀に微笑んだ。
「そうだ。今日は呼び出したお詫びになんでもつきあうよ」
「はいっ?」
「せっかく街中出てきたんだから、このまま解散ってのはないだろ? 買い物とかある? 荷物運びでもなんでもやるぞ」
「え、あ、えっと……」
突然の提案に優紀は戸惑った。彼の時間潰しに呼ばれたばかり思っていたから、この先のことなんて考えてもなかった。
すると一は顎に手を当てて考える。
「優紀となら本屋めぐりがいいかも。俺も退屈じゃないし。一日中いられる」
「……考えとく」
「や、今から行くんだけど……まぁいいや。歩きながら決めよう」
一はそう立ち上がって、優紀を促した。
優紀も慌てて後を追った。
店を出ると冷たい風が二人を吹きつけた。優紀はマフラーに顔をうずめた。ふと車道側を歩く一を見ると、ニコニコ笑顔だった。なぜか上機嫌の様子の彼を、ちょっと気持ち悪いと思ったが口には出さなかった。
そんな彼を見て、優紀はふと思った。
「さっきの話の続きだけど」
「ん?」
「御堂は好きな人いないの?」
聞いた途端、一は停止した。優紀も足を止めて彼を見つめる。一瞬だけ目が合ったがすぐに外された。
「……」
「……」
沈黙が長い。立ち止まったせいか、風がやけに吹きつける。通行人が不思議そうにこちらを見ている。
寒さと恥ずかしさがあるから素直に答えるとか、はぐらかすとか早くしてほしかった。
やがて、一は鼻の頭を赤くして、ゆっくりと首肯した。
「……いる」
「えっ! マジで! うそ!」
びっくりしすぎて大きな声が出てしまった。優紀の声に驚く一はますます顔を背けた。
「マジです」
「へえ~……」
ついさっき、人と付き合ったことないなんて言っていた彼が首を縦に振った。優紀は驚嘆し、その心は好奇心に溢れた。
優紀は一の顔を覗き込み、笑った。
「誰? 知ってる人?」
「え……」
二度目の質問に一は凍りつく。そんな彼を気にせず優紀は続ける。
「だって気になるじゃん。好きな子できたことないって言った御堂が、好きって言える子!」
「…………」
さすがに一は黙ってしまった。
やはりそこまで答えてくれないか。少しがっかりだが、猛烈に気になるわけでもなかった。優紀は図々しかったと思い、一に謝ろうとした。
「ご、ごめ……」
「……谷町優紀」
「は、はい?」
いきなり名前を呼ばれた。首を捻って見上げると、一は赤面していた。意味がわからずますます顔をしかめた。
一は真剣な表情で、しかし顔はゆでだこのようになっている。こんな彼は初めて見たから、優紀は目をぱちくりさせていた。
「だから、谷町優紀」
「だから、何?」
「だから! 俺が好きなのは……!」
「えっ?」
優紀は目を瞬かせた。
自動車が真横を通り過ぎる。その突風に煽られ、優紀の肩まで伸びた黒髪が揺れた。
「わ、私……?」
優紀は戸惑った。
見上げてみれば、一が真剣で堅い表情をしていた。
「え……冗談でしょ?」
「こんなときに冗談言うかよ。俺、本気だから」
一は真っ直ぐと揺らぎない瞳で優紀を見つめた。優紀はますます戸惑い、目を泳がせた。口をもごもごと動かすが、二の句が継げない。空気は冷たいのに、体は火照ってきた。
「あ、え……、その……。なんで?」
やっと紡げた言葉は疑問だった。
御堂一の周りには女の子なんてたくさんいる。異性としての対象など山ほどいるだろう。彼のルックスなら選びたい放題なのに。
どうして平々凡々で魅力のない自分が告白されるのか。
すると一はゆっくりと話し出した。
「優紀と一緒にいると落ち着くんだ。普段の自分でいられるっていうか……、優紀の前なら緊張せずにいられる」
「……」
「優紀って鈍感であっさりしてて不愛想だけど、そんな所も全部引っくるめて優紀のことが、好きなんだ」
なんか失礼だが言い返すこともできなかった。
優紀は頭が真っ白となり、一の言葉をほとんど聞いていなかった。
――好き、なんて初めて言われた。
今まで気になる男子はいた。だけどその子を本当に好きかどうかはわからなかった。たぶん今もわかっていない。だから……。
「私にとって、御堂は友達で気の置けない奴で、それで……」
それで、なんだろう?
言葉を探すが見つからなかった。
すると、一が寂しそうにくすりと笑った。
「ちょっとは、気づいてほしかったな」
「え?」
「サークルも一緒にだし、講義もできるだけ同じの選んだ。それなりにアピールしてるつもりだったんだ。名前で呼ぶの、優紀だけだし」
「……えっ、そうだったの?」
「クリスマスのときも遊ぼって……」
「あ、クリスマスはバイト入っちゃったから、どうしようもなかった」
「普通クリスマスにバイト入れますか、普通」
「…………」
「…………」
沈黙が下りた。
非情に気まずい。
優紀は申し訳ない気持ちになった。別に彼女が悪いわけではないが。
「……まぁ、いいや」
一は肩をすくめて歩き出した。慌てて追いかける優紀に、一は振り返らず口にした。
「ちょっと期待してたんだ」
「何を?」
「優紀からチョコ貰えるの」
優紀は少しドキリとして、彼の背中を見つめた。彼の声音は今まで聞いたことがないくらい、しおらしかった。
「そしたら告白しようと思ってた。今年のバレンタインは楽しみだったな」
すると一は振り返り、優しく微笑んだ。
「これからも、がんばるから」
「……」
ほんのりと胸が暖かくなった。
――どう思っているのだろう。
容姿も性格も素敵な友人を。
優紀はさっきから騒々しい胸元をぎゅっと押さえた。
「み、御堂は一番身近な友達で、好きだよ」
「うん……」
「でもねっ」
「ん?」
一が寂しそう小首を傾げる。
彼を直視できない。火が点いたように頬が熱い。たぶん耳まで真っ赤だ。それでも優紀は懸命に、一を見つめる。
優紀は固い唾を飲み込み、ゆっくりと口にした。
「私も、本当に好きって思った人いなかったから。こんな私でも好きって言ってもらえて、本当に嬉しくて、困ってる」
「うん、ごめん……」
謝る彼に優紀は首を横に振った。そして呟いた。
「――知りたくなった。君のことが」
その言葉に一は目を剥いた。
この短い時間の中で、たくさんの御堂一を見てしまった。学校では絶対に見られない表情だったと思う。
今まで、彼を上辺だけしか見ていなかったのだと思う。一はそういう人が嫌いだと言っていた。
いろいろな御堂一を見てみたいと思ってしまった。
「まだ君のことが好きかわからないけど、君といるのは楽しいし……だから、その、」
「……」
「と、友達から、お願いします?」
「…………」
一は目を見開いたまま固まっていたが、やがて明るく笑った。
「もう友達だろ」
「あっ……」
一は隣に並んで再び優紀を見つめた。
「俺、がんばるから」
「え、うん……」
笑顔に見惚れてしまった優紀は生返事をした。そんなこちらを不思議とも思わず、一は安堵したように息を吐き、そして残念そうに呟いた。
「でもやっぱり、優紀からチョコ欲しい。市販でもいいから」
「まだそんなこと言ってるの?」
呆れてしまった。さっきまで、素直に格好良いと思っていたのに。あれは幻想だったのか。
すると一はスマートフォンで何かを調べ始める。そして何かヒットしたのか、楽しそうな表情でこちらを振り返った。
「ほら、チョコレート屋さん。ここから十五分」
「そういうところは単価が高そうだからヤだ」
「えー」
「チョコなんてスーパーので十分です」
「ケチ」
「ケチで結構」
谷町優紀にとって御堂一は、クラスメイトで友人で、そして……。
がっかりするがっかりする彼に、優紀は小首を傾げてにこやかに答えた。
「また来年ね?」
Fin.




