第二章 其の4
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「さて皆さん。皆さんに集まってもらったのは他でもありません。一樹ちゃんと忍ちゃんの戦いを参考にに空手のなんたるかを学び、今後の練習に活かして行きたいと思います」
「おい。誰もそんなこと承諾してないぞ」
道場に入るなり皆の前に連れられてきたと思ったら、そんなことを口にする空手部顧問。相変わらずメチャクチャいってんじゃねーぞ、ゴラァッ!
「えー皆さんもご存知の一樹ちゃんは、全国大会の常連で昨年の覇者。その強さは空手界でも有名です。ですが、うちの忍ちゃんは、青海学園の勇者として有名です。そんな2人が戦ったら結構おもしろい戦いになると、先生は思う訳です。皆さんは先生に賛成してくれる?」
『大賛成でぇーす!』
「テ、テメーら、なに勝手に返事してんじゃねーよ! 本人の意思を尊重しれやッ!」
冗談じゃない。確かに入学式に乱入してきた帰らずの森のケダモンを退治したが、それは睦月やナイフマニアがいたから可能だったんだ。素手で戦える相手じゃなかったし、肋骨を2本も犠牲にしたんだからな。
「顧問の命令は絶対です」
「忍くん、がんばってー!」
「篠原くんもがんばれー!」
「先輩がんばれー!」
「お兄ちゃん、そんな奴殺しちょえっ!」
どいつもこいつも好き勝手いいやがって。やるのも痛いのもおれなんだぞ……。
「忍先輩、気をつけてくださいね~」
と、なぜか綾子のかけ声で戦闘開始。黒い猛獣が襲いかかってきた。
さっきの動きで大体は理解したが、戦ってみると予想以上に速いし、重い。技に狂いもない。なにより、その一撃に容赦がなかった。
喉を狙う拳を紙一重で避け、股間に放たれた蹴りを手でガード。はっきりいって殺人技どぞ、これはっ!
「テメーは殺し屋か!?」
「似たようなものだ!」
蹴りを主体とした連続攻撃。どこで覚えてくるんだよ、畜生がッ!
「どうした? 避けるだけしか能がないのかっ!」
「うっせー! おれは平和主義者だ!」
「なら平和的に殺してやる。綾子の前から消えてなくなれッ!」
「消えるならテメーが消えろ、このシスコン野郎がッ!」
ったく。ブラコンの恐ろしさは知っていたが、シスコンもそれに匹敵するとはな。誰だ、こんなもん製造したヤツ? 責任者出てこいやッ!
「──────」
フェイント攻撃に騙されたおれは、畳の上へと叩きつけられた。
「もらった!」
「誰がくれてやるかよっ!」
受け身をしたかどうかもわからないアホにやらるほどじいちゃんの修行は優しくない。幼稚園にあがる前から何万回と受け身をやらせれてんだ、そんな蹴りなど余裕で交わせるんだよ。
打ち込んでくる蹴りを回転して回避。そのまま回転の勢いで軸足を払ってやった。
その巨体に似合った音を響かせ、シスコン野郎が畳に叩きつけられた。
「もういいだろうっ!」
ロボ美和に向けて叫んだ。
空手技ではないが、空手のなんたるかを学ぶもの。その役目はきっちり果たしたんだ、文句があるならおれは全力で逃げるぞ。
「しょうがないわね。じゃあ、引き分けね」
終ってくれるならなんでもどーぞだ。
「では、皆。基礎運動を始めて。そこの2人、邪魔だからとっとと下がりなさい」
散々人を使っておいてなんたる仕打ち。いつか絶対泣かしてる!
「大丈夫、お兄ちゃん?」
「なんとかな……」
壁へともたれかかりながら返事する。
……こんなに動いたのは入学式以来だぜ……
「でもさすが忍だよ。あの攻撃を全て回避するんだからな。ぼくなら最初の一撃で倒されているところだ」
「おい、風間! なんで攻撃してこなかった? あれだけ動けるなら攻撃できただろう。手加減したつもりか?」
冗談じゃない。手加減してたらおれはマジで死んでたよ!
「いった通り、忍は平和主義者なんだよ。誰であろうと殴ったりはしない。美和先生のときだって避けて避けて避けまくって、最後にわざと負けたんだよ」
「よけいなこというな」
聞くに耐えないので道場から逃げ出した。
そのまま部室へと行き、シャワー室へと飛び込んだ。
この学園のいいところは、自由な校風と設備が充実しているところだ。まったく、頭を冷やすところがあって助かるよ……。
「……平和主義者、か……」
睦月がいった通り、おれは人を殴れない。さっきもつけ入る隙は何回もあった。だが、その隙を突こうと瞬間、体が萎縮し、意識が飛んでしまうのだ。
なのに、帰らずの森のケダモンは違った。あれを見ると体が熱くなり、意識がクリアになる。怖いのに、嫌なのに、どうしても前へと出てしまうのだ。
「お兄ちゃん」
「忍先輩」
シャワーを浴びてすっきらさせてから部室を出ると、なぜか私服に着替えた加奈美と綾子が……って、後ろから睦月とシスコン野郎まで出てきた。
……いたのか、こいつら? 全然気がつかなかったぞ……
「ったく! お前らまできたら美和にバレるだろうが!」
「先生にはちゃんといってきたよ。それに忍を1人にさせておくのは危険だからな」
いって睦月が加奈美とシスコン野郎を見た。
確かにこの2人を御しできるのはこいつだくだろうよ。
ため息1つ吐いて近くのベンチに座った。
ローラーブレイドに履き替えようとしたら、留め金が1つ壊れているのに気がついた。
まあ、うちから学園までの道程はハードだし、もう半年以上使っている。壊れて当然か。こりゃママさんにいって新しいのをお願いしなくちゃ。
「加奈美ちゃんのも結構傷だらけだね」
「うん。毎日───」
と、突然そっぽを向く加奈美。なんなんだ?
「忍先輩。ローラーブレイドって楽しいですか?」
逃げろと第6感が叫んだ。
───ガシャーン!
今まで座っていたベンチが真っ二つ。避けなきゃおれまで真っ二つってか……。
「テ、テメー! おれを殺す気かッ!?」
「綾子に近づく奴はおれが殺す」
「ただ話しているだけだろうがッ! そんなんで殺すな、この畜生がッ!」
「おまえは綾子に害を為す。おれの勘がそういっている」
ったく! どいつもこいつも好き勝手に生きやがって。生きるならおれの見えないところで生きやがれってんかだ!
もういい。こんな奴らに構ってたらよけいに不幸になる。1度しかない人世を無駄にする。
そーさ。おれは幸せになるんだ。彼女をつくるんだ。未来を明るく、充実したものにするんだ。こんな奴らに負けてたまるかよっ!
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読んでもらえて嬉しいです。
ありがとうございました。