第二章 其の3
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青海学園空手部。
あらゆる大会を総ナメにしている、歴史と伝統がある空手部(睦月談)だ。
まあ、女子部は人数的にもレベル的にも充実しているが、我ら男子部は人材不足。剣道から転向してきたおれや睦月が1年から主将と副主将をやらされ、個人戦(男子部員は全部で5人。おれと睦月以外は新入生で空手経験者は1人だけ)しか出ていないんだから肩身が狭いのだ。
いつものように20人は入れる部室で着替え、道場に向かうと、ショートで小柄な女の子が中を覗いていた。
こんな子いっけ? と思いながら靴を脱いで下駄箱に入れると、その女の子が声をかけてきた。
「……確か、どこかで会ってるよね……?」
場所は思い出せないが、この笑顔には覚えがあった。
「はい。昨日の夜に助けてもらいました」
「ああ、あのときの子か。道理で記憶があると思った」
「知り合いか?」
「ちょっとだけな。転校生?」
「はい。3日前に引っ越してきました。だから、道がわからなくて迷っちゃって。本当にありがとうございました」
まあ、あの辺は道がゴチャゴチャしてるからな、新参者には迷路と同じだろうよ。
「いいよ別に。あ、おれ、風間忍。よろしくね」
「……お前も懲りないよな……」
いい返そうとした瞬間、凄まじい殺気を感じた。
反射的にその場から跳び退いた直後、黒いなにかが視界に入った。
と、黒いなにか───いや、黒い道着を着た男が拳で地面を殴っていた。
地面を殴ったにも関わらず、その男は直ぐに立ち上がり、なにやら鋭い目でおれを睨んだ。
「お兄ちゃん!」
「お兄ちゃん!」
黒い道着を着た男の後ろで叫ぶ加奈美とショートカットの女の子。叫ぶ言葉は同じでも向けられた相手は違った。
加奈美がおれに抱きつくが、今はこの男のことで精一杯。ちょっとでも油断したら死ぬぞ、おれ……。
「……誰だ、お前……」
「篠原一樹。今日転校してきた同級生だ。しかも横にいる奴をどうしたら忘れられるんだよ、お前は……」
と、目の前の男ではなく道場から出てきた睦月が紹介してくれた。
そういやきたな、うちのクラスに。どうでもいいから忘れてたよ。
「綾子に近づくなッ!」
「お兄ちゃんになにするのよっ!」
どちらも自分の後ろに隠す。これは自分のものだと主張するかのように……。
「この幸せ者」
これのどこが幸せなんだよ! 思いっきり不幸じゃねーか!
畜生がっ! なんでおれの周りにはこんなのしかいないんだよ。
ブラコンにロリコン。昨日はホモだし、今日はシスコンかよ。不幸にも限度があるぞ!
「お兄ちゃんどいて!」
「綾子、あいつは変態だぞ」
おい、シスコン野郎。テメーに変態呼ばわりされる筋合いはねー! おれはまともだ。普通の青少年だ、こん畜生がァッ!
「お兄ちゃん、綾子ちゃんとはどういった関係なの?」
後で聞いたところによると、同じクラスになったんだってよ。
「か、関係って、昨日、ケダモンに囲まれてるところを助けただけださ」
チッ。こんなことなら昨日のうちに親しくなっておくんだった。幸せに慣れてないからチャンスに気がつかなかったぜ。
「今、変なこと考えたでしょう」
冷たい視線がおれのハートを刺してくる。
「な、なにも考えてないって。誤解だよ、加奈美ちゃん……」
「ほんと、呆れるくらいウソが下手だよな、忍って……」
「傍観してないで助けろや! いや、助けてください睦月さま!」
「しょうがない。貸しにしておくぞ。加奈美ちゃんも一樹もストップ。でないと、美和先生の鉄拳が飛ぶぞ」
いって後ろを指す。
「とっとと入りなさい」
暴力に屈するおれではないが、権力には弱いから屈する。逆らえば敵になるから……。
皆も素直に従う。
やっぱり、空手部辞めようかな……。
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読んでもらえて嬉しいです。
ありがとうございました。