第二章 其の1
~~第二章~~
軍用車輌が何十台と通り過ぎて行く。
それが終ると、多連装式ミサイルを載せたトレーラーや最新のTM─Ⅲ高機動戦車、軽装甲車と続き、最後に武装パトカーが通り過ぎて行った。
新国道1007号線は全6車線。自衛軍が速やかに目的地に行けるように造られた最優先道路で、ここら辺に住む者にしたらいつもの光景であった。
「が、いつもより多くないか?」
空を見上げれば外国印の最新戦闘機や戦闘ヘリが編隊を組んで飛んでいた。
「もー! せっかくセットしたのにッ!」
横でローラーブレイドを滑らせる加奈美が怒り出した。
うちの周りは住宅地だが、2つ前の停留所から国営のマンションやら市営のマンションが多く建ち並び、朝の通学通勤は地獄そのもの。そんな中で苦しむなら排気ガスを吸って登校した方が良いと、おれたちはローラーブレイド通学にしたのだ。
……自転車でも良かったんだが、ローラーブレイドの方が小回りが利くし、快適なのだよ……
「だったら切れば良いだろう」
「お兄ちゃん、髪が長い方が良いっていったじゃない」
確かにいったよ。だが、妹に向けていってはいない。妹以外の女の子に向けていったのだ。そこんとこヨロシク。
「それにしても今日は多いね。また森に入るのかな?」
「わからん。政府はなにも教えてくれんからな」
───帰らずの森───
政府は『災害地区』と世間にいってるが、軍関係者はそう呼んでいる。
7年前、まるで都心を滅ぼすかのように直径40㎞の森が落ちた。
落ちたと表現してはいるが、森は落ちたんじゃない。1本の巨木が森を生み出したのだ。
その頃、おれたちは中心点から6㎞離れた市営のマンションに住んでいた。
両親があんなだから夜は加奈美と2人で留守番。いつものごとく夜更かししていると、凄まじい光の爆発が起こった。
急いでベランダに出ると、空まで伸びる巨木が聳えていた。
その下では光の爆発が何十と花開き、ビルや家を吹き飛ばしていた。
数秒程意識が飛んでいたが、我を取り戻すと直ぐに加奈美の手を取り逃げ出した。
家にいられなくなる状況に陥ったら建設中の家かじいちゃん家に行けと厳しく教育されてたから直ぐに行動できたのだ。だが、10歳と9歳の子供には厳しい状況だった。
巨木から飛んでくる黒い塊が家や車を押し潰し、その黒い塊から生まれたバケモノは人へ襲いかかってきた。
引き裂かれる大人。バケモノになる子供。助かろうとして殺し合う人々。まさな地獄としかいいようがない光景がいたるところに転がっていた。
あれ程の恐怖はない。もう半狂乱になったおれは、どこに向かったのかもなにをしたかも忘れ、気がついたら仮設病院のベッドの上だった。
それからだ。森が高い壁に覆われ、日本が物騒になったのは……。
高い壁と近代兵器に覆われた禁断の地。そこから逃げ出すバケモノのせいで世界1平和な国は世界1危険な国へと変わり、ナイフや防犯スプレーなど子供でも買えるし、銃なんて自動車免許と同じくらいで取得できる程だ。交番のお巡りさんですら自動小銃に手榴弾は平常装備だし、高機動車の白黒パトカーなんてミニガンを搭載しているくらいだ。
「そういや、とうさんって今日も遅くなるのか?」
朝起きたらいなかったが。
「今日は泊まり込みだっていってよ」
なにをしているかは知らないが、泊まり込みなんてよくあることだ。
「そんなに忙しくてよく浮気できるな?」
……鬼の風間と浮気してなにが楽しいのやら……?
「ほんと、興味がないことには疎いんだからお兄ちゃんは。前におとうさんと組んでいた女の人よ」
とうさんと組んでいた人? 野木さんじゃなかったっけ?
「香山葉月さん。何回か会ってるじゃないの」
……おれって年上に興味がないから名前も顔も直ぐ忘れちゃうんだよね……
「はいはい。んで、どんな浮気してんだ?」
「そこまでは知らないよ。でも、肉体関係にはなってるんじゃない。下着に香水がついてたから」
……神さま。おれが子供なんですか? それともこいつが大人なんですか……?
「ま、いいじゃない。大人なんて皆不純なんだからさ。あたしたちみたいに純粋を求めちゃダメだよ」
そ、そうか? お前もかなり不純だぞ……。
言葉で誘い色香で惑わす。それで清い兄妹を保っているおれに感謝しろ。
「お前って、他人の恋にはクールだよな」
「もちろんよ。あたしの愛はお兄ちゃんにだけ向けられてるんだからっ!」
と、胸に飛び込んできた。
「だぁー! 公衆の場で抱きつくなぁーッ!」
「いいじゃないの。世界はあたしたちの愛を祝福してるんだからねっ」
「お前らが勝手に祝福してるだけだろうがッ! おれは認めんぞっ!」
畜生がッ! こいつらのせいで学園で恋が咲かないんだ。こいつらがおれから幸せを奪うんだぁっ!
「なんだよ忍。会うなり睨んだりして?」
自転車で現れた男───長津睦月とは森ができてからの付き合いで、おれの幸せを奪う最大の敵なのだ。
「あ、睦月さん、おはようございまぁ~す」
「おはよう、加奈美ちゃん」
「今日も夏美ちゃんと朝のデートですか?」
この男、文武両道の秀才くんだが、その本性は10歳の女の子と付き合っているロリコン野郎なのだ。
「まーね」
「いいなぁ~。夏美ちゃんが羨ましい~」
責めるような目で見ないでください。
「ぼくとしては好きな人と毎日一緒にあれる加奈美ちゃんの方が羨ましいよ」
「えへへ。その点は感謝してます~」
「アハハ。のろけちゃって」
オメーもだろうがッ!
愛に年のさ差なんて関係ないと信じてるが、17歳と10歳は犯罪だぞ! おれは嫉妬するぞぉっ!
犯罪とはいえ6年後は立派に付き合える。だが、おれは違う。いつまで経っても兄と妹。努力したからって、我慢したからってその壁はなく───はっ!
嫌嫌待て待て待ってくれ! おれはなにをいってるんだ? 落ち着けおれ。加奈美は妹だ。可愛い妹だ。それ以上でもなければそれ以下でもない。まったくその通り。バカだなァ~忍くんったらっ。アハハ~!
「なに汗かいて笑ってんだ?」
「な、なんでもない! それより、帰らずの森でなんかあるのか?」
こいつのとうさん、自衛軍の戦略情報部2課(森の観察する処らしい)に所属してるんだよ。
「よくわからないけど、とうさんの顔からして森に入るのは間違いないな」
「毎度のこととはいえ凄い包囲陣を敷くな」
「仕方がないさ。あの地獄を押さえているんだから」
睦月も夏美ちゃんも森からの生還者。あの地獄を知っている。苦い表情になっても無理ないさ。
「まったく、デートの場所まで潰すなっ!」
……えーと。それで苦い表情になってたのか……?
「そうですよね。あんな兵器ばかりお金使ってみたないでもっと復興に力を注いで欲しいです。あたしとお兄ちゃんの幸せな未来が台無しです」
「…………」
なにもいうまい。恋する奴らに一般論を説いたところで聞く気ないんだからな。
クソ! 彼女がいない今日も不幸だぜっ!
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読んでもらえて嬉しいです。
ありがとうございました。