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第一章 其の4

      ○●○●○●○●○●




「あ、とうさん、お帰り」


 玄関先で我が家の大黒柱、風間かざま恭二きょうじと出くわした。


 ひょろりと細いとうさんだが、これでも"鬼の風間"と仲間や犯罪者に恐れられている名刑事だ。腕前だって鬼レベルである。


「なんだしのぶ、また失恋か?」


「……とうさん、息子のピュアなハートをズタズタにして楽しいの……?」


 そーゆー軽い言葉が家庭崩壊に繋がるんだからな。


「それはすまん。かあさんは帰ってたのか?」


 ったく。もうちょっと息子に関心持てや。


「さあ、どうだろうね? 出るときはいなかったと思うよ」


 あのかあさんだ。視界に入っていたら無視させてはくれんだろう。


 家に入り靴を確かめる。


「まだみたいだね」


 我が母、風間かざま八重子やえこは、私立探偵を生業としている。


 殺人事件を鮮やかに解いたことはないが、浮気なら見事に解いている名探偵だ。


「ったく。子供の面倒見ろよな」


 グレないおれに感謝(小遣いアップ)しろよな!


「も~! こんな遅くまでどこ行ってたのよ! 料理が冷めちゃったじゃないのよ!」


 プンプン怒りながらに加奈美が現れた。


「悪かった。メシにしてくれよ」


 素っ気なくいって家に上がった。


 もう身も心もクタクタ。相手にできる力はありません。


「もう! あ、おとうさんお帰りなさい。ご飯は?」


「食べてきた。風呂は沸いてるか?」


「うん、沸いてるよ。あ、お兄ちゃんったらまた手を洗わない! ちゃんと洗わないとダメでしょう!」


「ヘイヘイ、わかりやしたよ」


 いわれた通りに洗面所で手を洗ってくると、ダイニングのテーブルにはこれでもかってくらいの料理が並べてあった。


「エヘヘ。元気出してもらおと思って沢山作ったんだ」


 こんなに食えるかァーッ! と叫べないおれは、黙って席に座った。


「い、いただきます……」


「はい、召し上がれ」




      ○●○●○●○●○●




 腹ごなしに部屋でラジオを聴きながらマンガを読んでいると、ドアノブが静かに廻った。


 ふっと壁の時計を見れば午前0時前。ならば加奈美以外存在しない。


「えへへ」


 風呂にでも入ったのか、ほんのり湯気が立っていた。


 お気に入りのパジャマに愛用のマクラを抱え、するりとおれのベッドに潜り込んだ。


 毎晩ではないにしろ、加奈美はおれの部屋にへとやってきてベッドを侵略する。


 ったく。ここは誰の部屋だ? おれにはプライバシーはないのか? おれにだって思春期あるし、あんなことやそんなことに興味がある年頃なんだ。誰にも邪魔されずに読みたい 『自主規制』があるんだぞっ!


 なのに、加奈美ときたら必死で買った『自主規制』を灯油をかけて燃やすし、テレビのお色気シーンですら体を張って隠すほどだ。これで"心の友"がいなければ本当にケダモンになっているところだ。


「……疲れてんだから自分の部屋で寝ろよな」


 されどかけ布団からピョコンと顔を出しておれを見るばかり。


 そんなしぐさを見れば愛らしいと思えるのに、『可愛いよ』なんていったら『自主規制』になって危険だし、ケンカでもしようなら自殺しかねない。


 ……我が妹ながら扱いが難し過ぎるぞ……


 ベッドの上でミノムシさんになる加奈美ちゃん。なにが楽しいのか笑顔が満点である。


 まあ、いつものことだから気にはならないが、ラブラブ光線なら止めてくれ。耐えられるほどおれの理性は強固じゃないんだからさ……。


「ねえ、お兄ちゃん」


 突然、声をかけてきた。


「うん?」


「気がついてる?」


「なにが?」


「おとうさん、浮気してるんだよ」


 ……。


 …………。


 …………………。


「……なの?」


 そういうのがやっとだった。


「うん」


 なんとも爽やかに微笑む加奈美さん。なにもいえねェ~~ッ!


「そんなに驚くことないじゃない。不倫なんて珍しくないじゃない。でも、お兄ちゃんはダメだからね……」


 冷たい眼光がおれのガラスの心を突き刺してくる。


 加奈美なら確実に殺され……って、なに考えてんだ、おれは。妹相手に浮気うんぬんいわれる筋合いはないぞッ!


 なんてことはどうでも……よくはないが、今はこっちが大事だ。おれはこれ以上不幸になりたくないぞ!


「んな爽やかに笑ってる場合か! 離婚したらどうする気だっ!?」


「あたしはどっちでもいいよ。お兄ちゃんと一緒なら」


「教育費はどうする? 家のローンはどうする? 片親で大学に行けるほど稼いでないぞッ!」


「なにも両方から貰えばいいじゃない。親には子供を養う義務があるんだからさ」


「…………」


 諦めて寝っ転ぶ。口で勝てないから。


「お兄ちゃん、まだ起きてるの?」


「寝る」


 今日は終りだ。おれの唯一の自由へと逃げよう。夢の中だけが安らかな世界だ。


 ……たまに侵略してくるが、現実よりはマシだ。夢なんだからな……


 立ち上がり、タンスから着替えを取り出した。


「……布団、温めておくね……」


 とろけそうな口調でおれの自制心を攻撃してくる。


「……じっ、自分の部屋で寝ろ!」


「や~ん。あたしならいつでもいいんだよ……」


 大急ぎで部屋を出た。


 おれがケダモンになる前に……。





読んでもらえて嬉しいです。

ありがとうございました。


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