第八章 其の2
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(───お兄ちゃん、避けてっ!)
安らかな眠りに浸っていると、突然、真砂美の叫びに叩き起こされた。
なにがなにやらわからないが、ただごとではないのは確か。とりあえず───
───ごめしっ!
言葉にできない痛みが後頭部に生まれた。
(……大丈夫……?)
だ、大丈夫なものか! 死ぬぞ、おれでもっ!
「あーあ。壁がへっこんじゃった」
おれの頭がへっこむよりマシだ。壁に激突して死ぬなんて情けない死に方なんて絶対に嫌だぞ!
「おはよう、お兄ちゃん。朝のちゅ~」
「するかバカたれっ!」
「あ~ん。誰も見てないんだから良いじゃない」
「真砂美が見てるだろうが!」
「そんなお邪魔虫なんかほっとけば良いのよ。どうせなにもできない役立たずなんだから」
と、おれの胸から光る人がぬ~っと出てきた。
(残念ね、加奈美。ティンカーベルにはこんな技があるのよ)
ま、真砂美ちゃんですか?
「ふんだ! それがなによ。それであたしのお兄ちゃんを奪えると思わないでよね。あたしにはこの温かい体と熱い愛があるんですからね~~だ」
突然のことに意識が飛んでしまい、腹に抱きつく加奈美を離すこともできなかった。
そりゃそうだろう。ベルにくっついている魂が飛び出してくるんだからよ。
(ちょっと離れなさいよ。お兄ちゃんが迷惑してるでしょう!)
「あら、迷惑だなんていいがかりは止めてくれない。お兄ちゃんは胸の大きい子が好み───あ、真砂美、体ないんだった。ごめんね~~」
(ふ、ふんだ! 体がなによ! 胸がどうしたっていうのよ! あたしとお兄ちゃんは魂で結ばれてるんだから! 一瞬の快楽であたしのお兄ちゃんを奪えるなんて思わないことね!)
「魂がなによ! 肌の温もりも、熱いキスもできない魂が何様よ! ほ~ら、お兄ちゃんの温もりがする~。お兄ちゃんの匂いがする~。こんな幸せを感じられない真砂美って可哀想ぉ~っ!」
(なによなによ! それがなんだっていうのよ! 魂の快楽は肉体の何倍も気持ち良いんだからねっ!)
記憶が戻った今、加奈美と真砂美のケンカなんていつもの光景でしかない。そんなものに関わっててもなに1つ良いことは起こらない。それに、最強の矛と最強の盾が戦っても引き分けにしかならない。
「あ~ん! 真砂美がいじめるの~!」
(あ~ん! 加奈美がいじめるの~!)
って、必ず最後はおれに抱きついて同じセリフを吐くのだ。
まあ、血を見ないだけマシってもんだが、姉妹ケンカのあとのダッコちゃんは止めてくれ。内蔵飛び出ちゃうから……。
まあ、いっても無駄なのでそのまま部屋を出た。
宿舎から一階にある食堂へ階段を下りていると、包帯だらけの真子が現れた。
「……モテモテね……」
「欲しいならくれるぞ」
「……心の底から遠慮するわ……」
一段と睨みが鋭くなった加奈美ちゃん。目からビームでも出しそうなくらいに真子を睨んでいる。
ちなみに真砂美はいつの間にか消えてたよ。
「そんな包帯だらけで大丈夫なのか? 死ぬ一歩手前だったんだろう」
見てるこちらが痛そうなくらいの姿だぞ、それは。
「こんなのいつものことよ。そっちは大丈夫なの?」
「全然平気だよ。後頭部以外はな」
ベルの力に耐えられる体に強化されたとはいえ、鉄筋コンクリートを砕いて平気でいられる程変態な体にはなっていないよ。
「あ、皆さん、おはようごさいま~す!」
と、真子と同じ階から花柄のワンピースを着た綾子が現れた。
ここは宿舎とはいえ軍事基地。しかも甲殻連隊の宿舎棟。1番エライ真子が仕切るトコ。この超真面目人間の前で花柄ワンピースとは。怖いもの知らずというか、マイペースというか、どこにいようと自分を崩さない綾子には本当に尊敬するよ……。
「綾子さん。ここでは制服に着替えなさいといったでしょう」
真子が投げた。
「はい。でもあたし、あーゆーの趣味じゃないですから」
それを鮮やかに打つ綾子。これが野球なら確実にホームランだね。
「あなたの趣味なんてどうでも良いの。ここは学校じゃないんだから規律に従いなさい!」
挫けることなくまたもド真ん中のストレートを投げる真子だが、ホームランバッターの綾子には目を瞑っても打てる球種である。なんとも愛らしい笑顔をおれへと向けてきた。
「忍先輩は軍人になったんですか?」
「いや、おれはバイトにしてもらった。地球人とはいえ、おれはベルだからな」
継いだということは責任も継いだということ。前任者からシズマの未来を託されたのだ。だからといってバカの大人に良いように使われる気はないし、タダでやるつもりはない。おれはどこかの星から無料で助けにきたヒーローじゃないんでな。
「あたしはこの星の生まれですが、その力はシズマのもの。その責任や願いを『バルパー・ソリュージュ』から受け継いだ者です。そんなあたしがどちらかにつくことはできません。あちらを立てるならこちらも立てなければなりません。その難題を解決するにはバイトという立場が良いと判断しました。それならあたしはあたしでいられるし、バルパー・ソリュージュの願いにも反しません」
真子には屁理屈をいってるように聞こえるが、綾子はそのどちらも手に入れようと真剣にいっている。
とったからには退かない。曲げない。挫けたりはしない女なのだから。
「それに、おばあちゃんから戦いに出ないときは好きにしてて良いって許可はもらってますから
なにもいえない真子をその場に残し、おれたちは食堂へと向かった。
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読んでもらえて嬉しいです。
ありがとうございました。
この作品は昔に書いたものを投稿してます。なので打ち込むだけなのですが、仕事(お気に入りを読むのも6割くらい入ってます)が忙しいと打ち込むことができません。間が空くこともあります。そのときはスミマセン。他の楽しい作品を読んでください。




