第五章 其の3
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7年前、魔獣と化した人々がおれたちに襲いかかってきた。
7歳のとき、誕生日祝いにじいちゃんからもらった小太刀で突き進むが、しょせん10歳の体力ではそう長続きはしない。直ぐに追い詰められてしまった。
殺される。それは生まれて初めて経験する恐怖だった。
体が震え、涙が出た。全てのことから逃げたくなったが、おれがなんとかしなければ大切な妹が殺されてしまう。だから必死に堪えた。
お前らなんて恐くない。負けるもんか。絶叫しながら、涙を流しながら戦った。魔獣となった人々を殺した。守りたいと、生きたいと、その思いで突き進み、そして、力を手に入れたのだ。凄まじい力を……。
その力は本当に強大だった。それまで苦労して倒した魔獣を難なく倒し、行く手を阻む森を簡単に薙ぎ払った。
その力が余りにも凄く、おもしろいように死んで行く魔獣に酔しれてしまい、おれは大切なことを忘れていたのだ。おれの後ろには大切な"妹たち"の存在に……。
(そうだ。あの日お前は殺したのだ、もう1人の妹をな)
……なにもかも覚えている。妹が魔獣に変化して行く光景も、その苦しみも、その妹を殺す瞬間まで見ていたのに、おれは受け入れるのが嫌で逃げ出したんだ……!
(あのとき、お前が殺さなければもう1人の妹が殺されていた。お前がやらなければお前まで殺されていた。それが事実。それが全てだ。確かに、そんなものを見て逃げ出したくなるのは当然。苦しむのも当然。悲しいのも当然。だが、今ここで"名"を呼ばなければまた望まぬ事実がお前を潰す。───見よ)
逆らうことを許さぬ意思がおれの顔を持ち上げ、男が加奈美の首をつかみ上げる光景を見せつけた。
(また、妹を殺すのか? それでもお前は逃げるのか?)
───ふざけるなっ! 誰が殺すかっ!
逃げたりするかっ! あんな外道、2度もしてられるかよッ!
(……では、呼ぶが良い。我が手から受け継いだ光を。お前だけに許された聖なる名を、な……)
熱き意思が消えると、優しくて温かい意思が輝き出した。
その意思は段々と輝きを増して行くと、1人の女の子へと変化した。
あのときのまま、元気な笑顔で、悪戯っ子の目で、おれを見ている。
(……お兄ちゃん……)
腕を伸ばしてそのふっくらとした頬に触れると、温かい光がおれの中に流れ込んできた。
(……お兄ちゃんの温もりだ……)
目にいっぱいの涙を溜めながら小さく笑った。
……ごめんな。お前のことを閉じ込めたりして……
(もう良いよ。ちゃんとあたしを思い出してくれたんだから)
鼓動を感じる。温もりも感じる。意思がここにいると叫んでいる。
(お兄ちゃん。今のあたしには抱いてあげることはできないけど、あたしはここにいるよ。お兄ちゃんの力になるよ。だから忘れないで。あたしがここにいることを……)
……ああ。忘れたりはしない。逃げたりはしない。今度はちゃんと守って見せる……!
(……さあ、呼んで。あたしを……)
ああ。そうだな。呼ばなくちゃ。遠い昔に封じた全ての光を……。
心の奥で光が輝き始めた。
「……そうだ。もっと輝け、おれの大切な"真砂美"よ……」
そして、蘇った。おれの"聖なる魔"が……。
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読んでもらえて嬉しいです。
ありがとうございました。




