第五章 其の2
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1人の少女が半壊したブランコで黄昏ていた。
長い間泣いていたらしく目許が真っ赤になっていた。
「よっ、夏美ちゃん。どうした?」
呼ぶと光の速さで顔を上げるも愛する人でないとわかると、また顔を下げてしまった。
ったく。あのバカが! どれだけ罪なことしてんのかわかってんのか?
「……睦月さんから電話はあるの?」
加奈美が夏美ちゃんの前にしゃがみ込み、優しく語りかけた。
「ううん……」
こりゃ重症だな。
睦月を信頼する余り、離れたときの反動のがハンパない。なんたって睦月は恋人でありながら親であり兄である。半身といっても良いくらい2人の繋がりは濃いのだ。
「加奈美。ちょっと頼むな。綾子」
いって綾子を連れて半壊した公衆トイレの陰に移動した。
あのとき余裕がなくて周りに目を向けられなかったが、生きてるのが不思議なくらいの壊れっぷりだな。
そういえば、あのとき入院したのおれだけっていうじゃねーか。なんかそれ、納得できねーぞ!
「夏美ちゃん、そうとうショックみたいですね……」
おっと。今はこっちが重要だった。
「ああ。あんな姿、初めて見たよ」
まったく、頭が良いクセに夏美ちゃんのことになるとバカになるんだから参るぜ……。
「やっぱり一樹も帰ってきてないのか?」
「はい。あの日から帰ってきてないんです」
の割りには爽やかに笑ってるよね? さっき寂しいとかいってなかったっけ……?
「……連絡なし?」
「はい。係りの人がしばらく帰れないっていってました」
「あのババア。まともじゃないとは思ってたが、非情でもあったとは。断って正解だったぜ」
加奈美に聞いたところによると、一樹も綾子も生還者なんだってよ。
「お兄ちゃん、なにか危険なことしてるんですか?」
「してるというより、これから非情に危険なことするといった方がいいな。ロボ美和や大魔導師と称するババアの話からすると、まず間違いなく帰らずの森に入る」
「そんな! お兄ちゃんまだ高校生ですよ。そんなの大人の仕事じゃないですか!」
「今、人類は危機に瀕してる。帰らずの森の中心にそびえ立つ『破壊の樹』を倒さなければこの星は魔の星になる。帰らずの森のようになってしまう。一刻も早く。1人でも多く『破壊の樹』へ。そんな理由で2人は戦士に仕立てあげられているんだ」
まあ、これってロボ美和の受け売りだけどな。
「でもどうしてお兄ちゃんや睦月さんなんですか?」
「魔の森に入るには魔を持ってなければならない。そして、その魔は森から生還した者にしか宿らない。綾子もあの森から生還したならわかるだろう。自分の中にある力を」
聖なる魔でもなく邪悪なる魔でもない。神の意思が混ざってない純粋な力。この力があることで森の瘴気にも侵されないそうだ。
綾子へと手のひらを出し、意識を集中させる。
「見えるか?」
おれのは眩しい光で、加奈美は白。睦月と夏美ちゃんは青だった。
なんで色があり、それぞれ違うかは謎だが、魔力には色があるのは理解できた。
「あたしはこれです」
と、差し出された綾子の手のひらには赤い光が生まれた。
「加奈美と同じくらいか。なら大丈夫だな」
「なにが大丈夫なんですか?」
「それだけ微弱なら勧誘はこないだろう───いや、あのババアのことだ、そうともいい切れないか。高校生に殺し合いをさせようってんだからな」
「あの、いったいなんのことですか?」
「いいか、綾子。その力は隠せ。銀髪のババアがきても絶対に断れ。じゃないと兄貴みたいに戦いに出されるぞ。またあの森に入らなくちゃならなくなるんだ。いいな!」
「は、はい」
「よし。んじゃ悪いが、ハンカチ濡らしてきてくれ。おれは飲み物でも買ってくるから」
「わかりました」
少し離れた居酒屋の自動販売機へと駆け出し、夏美ちゃんが良く飲んでいるジュースを買って戻った。
ハンカチを濡らしてきた綾子も戻ってきて、加奈美に渡していた。
夏美ちゃんを優しく慰める加奈美は、いつも見せる激情とはまったく違い、とっても穏やかで、とっても慈愛に満ちていた。
……なんだろう? この光景を見てると胸の奥がとてつもなく熱いんだが……?
「忍お兄ちゃん」
「ん、なんだい?」
「……睦月お兄ちゃん、あたしを嫌いになったのかな……?」
チラッと加奈美を見ると、慰めたけどダメだったといった感じで首を振った。
「嫌い、か。そういう夏美ちゃんは睦月を嫌いになったか? 夏美ちゃんの前に現れないから」
「ううん。嫌いになんかならないよ。睦月お兄ちゃんはあたしの大切な人だもん!」
「睦月だって同じさ。ただその思いを向ける方向を間違っただけさ。夏美ちゃんを守る思いが夏美ちゃんの思いと重ならなかったんだよ」
それは睦月だってわかってるはずだ。だが、睦月も子供じゃない。世間を知っているからこそ、生きる力が欲しいのだろう。
「今は睦月を信じてあげな。あいつは必ず夏美ちゃんのところに帰ってくるからさ」
もちろん、制裁を食らわしてからだけどな。
「おれが保証する。睦月は───」
と、第6感が悲鳴を上げた。
咄嗟に体が動こうとするが、理性が待ったをかけた。
おれだけ逃げてはダメだ。加奈美や綾子、夏美ちゃんを置いてはいけない。が、3人を抱えて逃げるなど不可能である。ならどうする? んなもん決まってるッ! 封印している魔を放てと、両手を真上に振り上げた。
「ハァアァァァァッ!」
気合いとともに魔を放った。
「加奈美、夏美ちゃんをッ!」
叫び、茫然とする綾子を抱き上げ、半壊した公衆トイレの陰へとダッシュした。
こん畜生が! ここはおれにとって鬼門かよ? 2度とこねーぞこんなとこッ!
「忍先輩、これを」
と、綾子が組み立て式の警棒を差し出した。
……こいつ、色々持ってるが武器マニアなのか……?
まあ、違う真実が出てくるのも怖いのでありがとうで止めておこう。
素早く組み立てると、1メートルの警棒となった。
「加奈美、綾子、今度は逃げろよ!」
妹たちに叫び、警棒を構えながら公衆トイレの陰から飛び出した。
「───なっ!?」
完全に破壊されたブランコの場所に男が1人、立っていた。
いや、男が立っていること自体は不思議じゃないが、甲殻鎧のような筋肉に包まれ、邪悪としかいいようがない魔力を放っている。しかも剥き出された顔は"人間"だと主張してるんだ、驚くのも当然だ!
「ほぉお。まさか向かってくるとは思わなかったぞ」
男が1歩近づき、おれは1歩下がった。
な、なんだ、この魔力はっ!? こないだの魔獣が可愛く思えるぞ!
「……お、お前、なんなんだ……?」
「フフ。度胸がある小僧だ───」
目を離したつもりはない。これでも動体視力は良い。なのに、4mもの距離を一瞬に消され、おれの目の前に現れた。
「───シルビスの手の者か?」
一瞬で悟る。こいつには勝てないと。
「……違う……」
「だが、これだけの魔力を持つ者をほっとく程シルビスは甘くない。あれは勝つためならなんでもする女だ。正直いえば楽に殺してやるぞ」
「あ、生憎だが、おれは殺し合いなんてまっぴらだ。ババアの申し出など断った───」
ごふっと、なにか重いものがぶつかる音が耳に届いたとたん、全身から感覚が消失した。
「良い選択だ、小僧」
なにがなんだかわからない。感覚がないのに体が燃えるように熱い。
「お兄ちゃんっ!」
くるなと叫びたいが、口が動いてくれない。クソッ! 動けおれのバカ体っ!!
「ほぉ~。凄いなお前。まだ動けるのか。おもしろいぞ───」
ぼやける視界が狂い、熱い体が更に熱くなった。
畜生っ! 動けおれのバカ体っ! 奇蹟でも偶然でも良いから動けよ、バカ体ッ!
根性を総動員して起き上がると、加奈美が見えた。岩をも砕きそうな拳も一緒に。
いくら加奈美が強いといってもおれ程頑丈ではない。あんなもの食らったら破裂する。
奇蹟にも放さなかった警棒に魔力を籠めて男に向かって投げ放つ。が、見えない壁に弾かれてしまった。
「おいおい。お前、凄いな。どんだけ頑丈なんだよ!」
男がこちらへと向かってくる。
「ダメェエェェェッ!」
ナイフを取り出し男へ突っ込む加奈美。ダメなのはお前だろうが!
簡単に弾かれるナイフ。加奈美へと放たれる拳。まるでスローモーションのように流れつ行くと、突然、加奈美が吹き飛んだ。
「忍先輩ッ!」
綾子の叫びになにが起こったのか理解する。体当たりして救ってくれたのだ。
もらったチャンスは大事に使え。そんな言葉に死んだじいちゃんが鍛えてくれた体と心が応えてくれた。
今持てる魔力を拳に集中。脚を怒鳴りつけて男へと飛び出した。
剥き出しの顔に一撃を食らわす───が、まるで鋼鉄を殴ったかのように弾き返されてしまった。
「やれやれ。ティートベルといいこの小僧といい、この運の良さが怖くてたまらんな。どうしておれの前にこうもおもしろい奴ばかり現れてくれるかね? やっぱり神のお導きってやつかな。アハハ!」
男の手が伸び、おれを軽々と持ち上げた。
「ありがとよ、小僧。苦労した甲斐があるってもんだ。これは礼だ。ティートベルのようにじっくり殺してやるよ」
───トクン。
今の男の言葉に胸の奥でなにかが跳ねた。なんだ、今の……?
「お兄ちゃんを放せっ!」
「お前のようなゴミに興味はない。下がってろ」
「下がるのはあんたの方よ!」
「ったく。面倒なゴミだ。少し待ってろ」
それこそゴミのように放り投げられてしまった。
「お兄ちゃんを守るのはあたしよっ! あたしが守るんだからッ!」
加奈美が男に突進する。
トクン。トクン。
……まただ。また胸の奥でなにかが跳ねている……
いや、跳ねているというよりは扉を叩いているような、飛び出そうとしているような、心が破裂しそうな勢いで暴れている。
(───お兄ちゃんっ!)
ついに弾けると、そこから光る女の子が飛び出してきた。
……え? あ? 誰、なんだ……?
(あたしよ! お兄ちゃんっ!)
……その声、加奈美、か……?
(違うッ! あたしだよっ!)
……だ、だが、その声は、加奈美だぞ……?
(思い出して、お兄ちゃんっ! あたしを思い出してっ!)
そんな、わかんないよ! 加奈美じゃなければ誰なんだよっ!?
(あたしだよ! ──────だよ! お願いだからあたしを思い出してっ!)
光る女の子が叫ぶ。太陽のように、嵐のように、まるで加奈美が怒ったときのように激しさだが、なぜかそれが懐かしいと感じでしまう。いったいなんなんだよッ!
(───どこまで逃げればお前は救われるのだ?)
光る女の子の口から男の声が発せられた。
……この声もどこかできいたような……?
(お前はどこまで逃げるのだ? どこまで逃げれば救われるのだ? お前が守る偽りの光景はそんなに心地良いものなのか?)
違うッ! 偽りなんかじゃない! 真実だ! おれが望むおれが守るものだッ!
(ならばいつまで逃げている。いつまで目を逸らす。その真実を守りたいのなら、本当に安らぎたいのなら、そこにある真実に目を向けろ。全てを受け入れろ。我が手から受け継いだ光はなんのためだ。その光はなんのために魂となったのだ。思い出せ! 受け入れろ! 全ての真実は明日を得るための光だッ!)
「────────────」
その熱い思いが電撃となり、おれの中のなにかを断ち切った。今まで封じていた記憶が怒涛のように溢れ出した。
……そうだ。おれは閉じ込めたんだ。逃げたんだ。この大切な光から……
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読んでもらえて嬉しいです。
ありがとうございました。




