第三章 其の5
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「あれ、どうしたのとうさん?」
慌てて腕時計を見る。
5時24分。あん。間違いない。太陽もまだ出ている。
なのに、なんでとうさんが玄関なんて掃除してんのっ!?
「早かったな。あの子とデートじゃなかったのか?」
「違うよ」
ローラーブレイドを買って教えていたのをデートというのなら、ちょっと悲しいデートだな。
おれとしては遊園地に行ったり、カフェテリアで手を……繋いだな、教えるときに。いやまあなんだ、『彼女になって』『はい』っていうやりとりがあってだね、まあ、そーゆーことだよ、うん。
「加奈美にいってないだろうね?」
「いえるか。我が家で殺人事件など起こされてはたまらんからな」
……それ、冗談でも笑えないし、本気でも笑えないよ……
「それはそれとして、なんで玄関なんて掃除してんの? しかもこんな早い時間に。首にでもなったの?」
「……お前は父親をどういう目で見てるんだ? 警察にだって休みはあるんだ、休んでも良いだろうが」
「今日の事件ってとうさんが担当じゃなかったの?」
「あれはたまたま近くにいたから協力したまでだ。警察にも縄張りがあるからな」
ふ~ん。警察にも色々あるんだねェ~。
「あら、男2人でなにしてるの?」
うおっ! かあさんまで帰ってきたよ。天変地異の前触れかッ!?
「なに驚いてるのよ。ん? 息子から女の匂いがする」
クンクンとおれを嗅ぐ我が母。
慌てて腕を嗅ぐが、綾子の匂いなどしない。母よ、あなたは犬か!?
「ウソよ。まったく、あんたは正直よね~。とはいえ、あんたがデートなんて奇蹟ね。加奈美、自殺でもしたの?」
この母にして加奈美あり。
おれよ、なぜグレなかった? 正常に育つなど愚かだぞ。
「浮気調査が仕事だからって息子まで調査すんの止めろよなっ! 息子の心はデリケートなんだぞっ!」
「なにいってんの。うちて1番図太いのはあんたでしょうが。ほら、お寿司買ってきたから用意して。あなたも掃除が終ったなら食事にしましょう」
「ああ、わかった」
母上どのから折り詰めを受け取る。
……明らかに海苔巻き類が多いのがわかるな……
「回転でもいいから旨いもん食わせろ」
まったく、回転寿司が高級に感じるってなに時代の子供だよ。
「加奈美の手料理食べてなにいってるの。ほら、加奈美が餓死する前に連れてきなさい」
はいはい、わかりましたよ。
まったく、我が親ながら人使いが荒いんだから。下で働いている人が哀れでしかたがないよ……。
「なにこれ!? きったないわねー!」
うちへと入り、汚れたリビング(主にパパさんの衣服やらゴンビニの弁当の残骸だね)を見て母上さまが叫んだ。
「まあ、しょうがないね。おれ、家出してたから」
家事能力0のパパさんに掃除しろという方が悪い。こうなって当然でしょう。
「忍っ! 妹ほったらかしにしてなに考えてんの! なにかあったらどうするのっ!」
じゃあ、子供をほったらかしにしてる親に聞くが、子供になんかあったらどーすんだよ?
……いっても無駄だからいわないけどな……
「はいはい、すみませんね」
説教するかあさんを軽く流して加奈美の部屋へと向かう。
トントン。
ドアをノックするが返事はない。
死んだか?
「おーい、加奈美~。かあさんが安い寿司買ってきたぞ~!」
やっぱり返事はない。
マジで死んだかとドアを開いて中に入るが、加奈美はいない。念のためにベッドの布団を捲るがやっぱりいなかった。
うん、まあ、加奈美だし、そりゃそうかと納得して自分の部屋へと向かう。
ドアを開けると、おれのベッドの布団が膨れていた。
加奈美にベッドを占拠されることが多いから、ソファで寝ることが多い。それを知ってるのになぜにおれのベッドで寝るんだろうね、こいつは?
「加奈美」
ぴくんと布団が揺れる。
「かあさんが安い寿司買ってきたから食べないか?」
今度は反応なし。拗ねてやがるな、こいつ。
フフン。いつまでもお前に振り回されるおれだと思うなよ。
なんて偉そうにいってみたものの綾子にブラコン(シスコンも可)の操作方法を伝授してもらったんだけどな。
『───お兄ちゃん、あたしの頼みなら大抵のこと聞いてくれます。そこを逆手に取るんです───』
なるほど、目から鱗が落ちました。
「そっか。食べないか。加奈美の顔、見たかったのにな~」
ガバッと布団が跳ね除けられる。
……なんつーか、こんな安い手で釣れるって、ブラコン(シスコン)はバカなのか……?
ベッドから飛び出した加奈美は、自分のパジャマを着て、ちょっと泣き腫れた顔をしていた。
「……ほんと?」
「いや、嫌なら───うおっ!?」
背中を向けた瞬間、加奈美がタックルしてきて床に倒された。
「……女の臭いがする……」
「ああ。綾子と一緒がああぁぁぁあぁっ!」
折れる! 首が折れるって! 本気で首絞めんじゃねーよッ!
「あたしが苦しんでたのに、お兄ちゃんのこと愛してるのに、お兄ちゃんのバカァー!」
「……ぞ、ぞれば、おばえが悪い、んだどーがぁ……」
「なんでよ?」
「じゃべるがら、ばなぜッ!」
死ぬよ! マジで死んじゃうよっ!
遠くに死んだじいちゃんが見えた頃、やっと加奈美の手が緩んだ。
ったく。日に日に強くなって行くな、こいつは……。
「お前は兄を殺す気か!?」
「お兄ちゃんが悪ければ殺すから」
マジで? マジでいってるの、加奈美ちゃん!?
───と、いかんいかん。これではいつもの通りではないか。冷静に有利に、だ。
「お前、約束破っただろう」
「約束?」
「ああ。お前、綾子とローラーブレイド買いに行くの約束してたんだってな」
こいつと約束を取りつけるなんて驚いたが、まあ、伝授された今なら納得だ。シスコン(ブラコン)の扱うのが上手いんだもん。あいつは生まれついての策士だよ。
「それなのにお前は家まできた綾子を無視したばかりか、知らない街に放り出しやがって。あいつ、方向音痴なんだぞ。偶然、バイト先にきたからいいようなもののなにかあったらどうする気だ。おれは、約束を破るような奴は嫌いだ」
おお、おれ、凄いぞ。偉いぞ。感動だぞー。
いつもなら加奈美に負けて現実逃避してるとこなのに攻撃してるよぉ~~!
───おっと、いかんいかん。ここで泣いたら元の木阿弥だ。がんばれ、おれ!
「…………」
ム。泣きそうな気配。ここだな。
「……もうするなよ。それと、綾子にちゃんと謝るんだからな」
優しい口調で諭してやると、加奈美の泣きそうな気配が消えて行った。
「じゃあ、着替えて寿司でも食べよう。まったく、お前は食べないと直ぐ痩せるんだからダメだろう。そんなガリガリの加奈美なんて見たくないぞ」
と、背中にしがみついていた加奈美が勢い良く離れた?
なんだと振り替えればパジャマのボタンを外していた。
───ぬおっ!
パワーレンジャーに変身するより早く回れ右。電光石火で部屋を飛び出した。
言葉1つでここまでとは。こりゃ、扱いに注意しないと身を滅ぼすぞ……。
読んでもらえて嬉しいです。
ありがとうございました。




