序章
五作目の投稿です。
『彼女とサバイバル』を読んでくださった方、ありがとうございます。
10人くらいに読まれれば大満足だと思ってたら意外と読んでくださる方がいて驚きました。
時間に余裕があればこの作品も読んでやってください。
~~序章~~
森が、世界を飲み込んで行く。
あらゆる命が飲み込まれ、あらゆる命を更に飲み込もうとして四方に広がっていた。
「……これを見ないためにきたんだがな……」
その呟きは小さいが、そこに含まれる怒気は灼熱の炎にも負けなかった。
数十万の命と人類の英知が急激に失われていた。
まさに地獄としか表現できない光景を、銀髪の老女が見詰めていた。
───大魔導師シルビス。
異世界シズマより魔王ゼイアスを倒すべく地球へとやってきた1人だ。
神の技たる大規模な時空転移結界陣の使用。4年にも及ぶ下準備と万全の布陣。完璧とまでいい切った作戦は最初から失敗。次々と布陣は落とされ、それだけは防ぎたかった"根付け"まで許してしまった。
……なにもかもお見通し、だった訳か……
「……導師……」
暗闇の世界に細い光が生まれ、迷彩服に身を包んだ男が現れた。
「敵が第4結界を突破。防衛していた第6、第7特機隊からの通信が途絶えました」
男は苦しみを抑えながら報告した。
魔王軍を押さえる結界は5つ。第6、第7特機隊が全滅したとなれば最終結界まで防衛するのは一般装備の国連軍と訓練途中の第8、第9特機隊だけ。もはやなにもないと同じだった。
「魔鋼機とベルはどうした?」
「魔鋼機は2時間前に第226地区で自爆を確認。バルタベル、ティートベルは第415地区で生存を確認。複数の魔将軍と戦闘中。リルターベル、バルパーベルは第415地区で生存を確認。残存兵力を統合しながら後退しています」
「ティンカーベルは?」
「どの隊も確認していないとのこと
です。甲機隊の1隊を捜索に出しては?」
「いや、駄目だ。あれは"壁"の準備で精一杯だ。このまま作戦を続け……いや、一部を変更する。残りの特機隊と国連軍は最終結界まで後退。第4結界付近にありったけのミサイルを撃ち込め。後退する時間を稼ぐ。それと生存者の回収を忘れるな。次期戦力を1人でも救うのだ。ただし、無理と思われる者は、構わぬ。処分しろ」
「……わかりました。ですが導師。ティンカーベルを見捨てるのは得策とは思えません。なによりベルが敵の手に渡ったりしたらどうするのですか!」
「構わぬ。光の女神から与えられた"聖なる魔"は"邪悪なる魔"には触れられぬ。今は森を囲むことを優先する」
厳しい口調とは裏腹に、シルビスの表情は暗く沈んでいた。
魔の森に咲く花には人を、命を魔獣に変える力がある。実は魔獣を生む。人の力ではどうすることもできない瘴気が満ちる。
その森に入り、ベルを回収となれば幾千もの命とひきかえとなるだろう。
───わかってる!
わかっているからこそ冷静にならなければならないのだ。勝つために。明日を得るために……。
「各部隊に徹底させろ。これ以上森を増やしてはならぬッ!」
最終結界が破られれば魔王軍を押さえる壁はない。どうすることもなく地球が地球でなくなり、シズマがシズマでなくなるのだ。
「コウダどの───」
「いかなる犠牲を払ってでも最終結界で防ぎます」
シルビスの口から出る前に、男はそれを遮った。
「最終結界が破られれば魔王軍を押さえる壁はない。どうすることもなく地球が地球でなくなり、シズマがシズマでなくなる、でしたな」
シルビスたちがきて4年。その言葉を誰よりも理解し、誰よりも協力してきた男は、穏やかに笑った。
「……すまぬ……」
「それは地球に住む者のセリフです」
男をしばし見詰めたシルビスは、一本の魔剣を差し出した。
それはシルビスの想い。生きて帰れとの無言の約束であった。
男は魔剣を受け取り、表情を引き締めた。
「では、行ってきます───」
あれから7年。魔剣はシルビスの手にあった。
勇者たちの働きで魔王軍を最終結界で押さえたが、ティンカーベル回収や侵攻は失敗の繰り返し。希望の"光"さえ消えかかっていた。
それでもだ。それでもシルビスは諦めなかった。
あの"樹"を倒し、笑える明日をこの手にするまでは……。
「ふっ。誰がいったかわからぬが、"帰らずの森"とはよくいったものだ」
シルビスは呟いた。
これからも多くの命を飲み込むだろう森を見詰めて……。
読んでもらえて本当に嬉しいです。
ありがとうございました。