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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

神様とか妖怪とか不思議なものがいたりする世界

お姉ちゃんの一日

作者: Tone

 初めまして、作者のざいすです。

 本やネット小説を呼んでいたら、自分も書いてみたいなぁと思い、初めて投稿してみました。なので、思いっきり初心者です。作品も趣味の産物です。心臓をバクバクさせながら前書きを書いています。

 至らない所がかなり多いと思いますが、楽しんで頂けたら幸いです。

 では、皆さん、よろしくお願いします。

 朝の六時半。


 カタコトと音が鳴っている事に気づいて、あたしはパチリと目を覚ます。音の方向を見やると、お母さんが朝食を用意しているようだ。少し寝ぼけながらも目をこすりながら、あたしの一日の最初の仕事に取り掛かる。最初の仕事と言うのは妹のゆいを起こすことなのだ。


 自分のベッドから飛び降りて、リビングからゆいの部屋に向かう。少しだけ開けられているドアに体を音もなく滑り込ませて、ゆいの部屋の中へと入る。ベッドの上ですぅすぅと規則正しい寝息を立てて寝ているゆいが目に入った。あたしはゆいの顔の横にちょこんと座り、手を振り上げる。そのまま勢いよく振り下ろして、ゆいのおでこをぺしんと叩いた。ゆいは眉間にしわを寄せて、もぞもぞと動いて布団の中へすっぽりと入ってしまった。あたしは仕方ないなぁとゆいの上にまたがる様に乗って、ジャンプしてゆいの体を揺さぶった。二、三分それをやると、やっと布団の中からゆいが顔を出した。あたしはゆいが眠そうに顔を出した所を、眠気が覚めるようにゆいの鼻先を舐めてやった。


「ひゃっ!」


 ゆいが可愛らしい声を上げる。あたしはそれにくすくすと笑いながら、『おはよう』と朝の挨拶をゆいにする。ゆいも「もぉ~」と言いながらもしっかりと挨拶してくれた。


「おはよう、メイちゃん」


 メイ。それがあたしの名前だ。メイと言う名前は好きなのだけれど、ゆいには「お姉ちゃん」と呼んで欲しい。だって、あたしはゆいのお姉ちゃんなのだから。何度も言っているのに、ゆいは聞いてくれないのだ。言うことを聞かない、朝は起こされないと起きない、本当に手のかかる妹だ。


 その後も起きているのになかなかベッドから出たがらないゆいの袖を無理やり引っ張ってリビングに行った。テーブルには既に朝食が用意されていて、お父さんも起きて座っている。ゆいとあたしもテーブルに向かい、自分の席に座る。


「おはよう、ゆい。メイも毎日、結を起こしてくれてありがとな」


 お父さんがそう言いながら、あたしの頭を撫でる。『まったく、そんなことで喜ぶと思ったら大間違いなんだから、それにゆいのお姉ちゃんなんだから当たり前だよ』と答えて胸を張る。


 お母さんもテーブルについてみんなで「いただきます」をして朝食を食べ始める。こんなにおいしい朝食を作るなんてお母さんはすごいなぁなんてあたしは考えながらカリカリと朝食を頬張った。


 おいしい朝食を食べ終わり、ゆいやお父さんは学校と仕事に行く準備を始める。あたしはもう準備完了だ。ゆいの行く準備が整うまであたしが行う日課はニュースを見ることだ。ニュースを見るようになったら政治や経済に出てくる漢字も読めるようにもなった。それにあたしは足し算に引き算もできるし、九九だってこのまえ覚えた。これでゆいにも教えてあげることができるのだ。ゆいも小学二年生になったばかりだから、まだ九九はできない。そこであたしがお姉ちゃんらしく教えてあげるのだ。


 ふふふ、待っていろよ、ゆい。


 にやりと口角をあげて、悪役のように声を漏らす。ニュースで星座占いコーナーが始まる。占いの一位はみずかめ座だ。内容は大事な人とお話ができるようになるでしょうということ。ゆいはみずかめ座だったはずだ。


 ゆいの大事な人? お父さんとお母さん? いや、もうすでに話してるし。まさか、ゆいに好きな人が出来たのか? そんなのお姉ちゃんは認めないぞ!


 妄想のあまりの悔しさに床をバンバンと叩く。後ろから視線を感じてバッと振り返ると、お母さんがケータイをこちらに向けて見ていた。今の行動をケータイで撮られたことに気づき、恥ずかしさのあまり飛びずさる。


「あーもー可愛かったのにー」


 お母さんが子供っぽく頬を膨らませる。『何が可愛かったのにーよ。ほんと撮らないでよ』と怒ったように言い返す。ふんっと顔をそらして、テレビの占いの続きを見る。もう次は最下位しか残っていない。お母さんのせいで自分の星座を見逃したかもしれない。できれば、見逃していた方がいい。あたしは知っているぞ。これをフラグと言うことを。


 最下位はしし座だった。フラグだからって本当にそうならなくてもいいのにと、思わずうなだれる。内容だけでも確認するために顔を上げてテレビを見る。テレビに映し出される「ケガに気を付けましょう」の文字。ケガに気を付ければいいんだなと今日の目標を決める。


「メイちゃーん。行くよー」


 玄関の方からゆいの声が聞こえてきた。いけないいけない、占いに夢中になってしまった。『今、行くよ』と言いながら駆け足で玄関の方へと行く。玄関には赤いランドセルをからったゆいとスーツ姿のお父さん。お母さんも玄関に来て「いってらっしゃい」と見送りに来た。ゆいとお父さんは「いってきます」と答えて、ゆいは元気よく外に出て、お父さんはゆいを追いかけるように外に出た。あたしも『いってきます』とそれに答え、ゆいとお父さんを追いかけた。





 家を出た後、ゆいとお父さんと一緒に学校に向かう。途中の公園でお父さんと別れて、同じ小学生の団体と一緒に登校する。集団登校というものらしい。なんでも最近、不審者という変な人がうろついているから安全のためだそうだ。あたしも気を付けてないと。


「ゆいちゃん、おはよう」


「おはよー、えみちゃん」


 一人の女の子があたしたちの方に来た。この女の子はゆいのお友達のえみだ。おとなしい子だがとてもいい子だ。それにしてもあたしに挨拶をしないとはどういうことか。気づいていないのかとゆいたちが話しているところに割り込んで『おはよう、えみ』と言ったら、やっとこっちを見てくれた。


「メイちゃんもおはよう」


『挨拶はするものだよ』と注意だけはしておいた。挨拶は大事だからね。


 通学路には細い道を多いので、あたしが車道側を歩く。えみも交えて、楽しくゆいとおはべりしながら十五分くらい歩くと、南小浦小学校の校門が見えてきた。校門には生活指導の津田先生が立っている。


 あの先生は恐ろしいのだ。まず、顔が怖い。それに、声も怖い。もう出で立ちがやくざのあれなのだ。あの顔と声で怒鳴られたとき、あたしは足をがくがくさせながら必死に逃げたものだ。津田先生の前を通るときは、ゆいに隠れながら『おはようございます』と小声で挨拶してやり過ごした。それにしても、ゆいやえみは怖くないのだろうか。すごく良い笑顔でゆいとえみは「おはようございます」と挨拶している。津田先生もそれに応えて、「うむ、おはよう」と低くドスの聞いた声で返す。


 いけない、先ほど自分でえみに挨拶のことを注意したのに自分ができていないのでは姉の威厳に関わる。これではいけないと津田先生の方を見て、精一杯『おはようございます』と声を出して言った。ギロリと津田先生の目がこちらを向く。一瞬の静寂の中、「うむ、おはよう」と津田先生の喉が低く唸った。


 校門を過ぎ去り、学校の正面玄関に着いた。ゆいたちとはここで一旦お別れだ。自分としてついて行きたいのだが仕方がない。『ちゃんと教室に行くんだよ』とゆいに言って、教室に向かうゆいたちを見送った。


 ついて行きたいなという願望を押し込めて、くるりと振り返って運動場の方へと向かう。運動場の端の日当たりのいいお気に入りの場所へと歩を進める。そこで背伸びをして、大きく口を開けて欠伸をする。暖かい日差しの中、心地よい風が吹く。ゆいを学校まで送ったことであたしの仕事は一段落だ。ごろんと寝転がる。気持ちのいい風が吹き、まぶたが重くなってくる。重くなるまぶたに抵抗せず、そのまま、まどろみに身を任せた。





 その後ものんべんだらりと過ごした。お昼休みにはゆいたちと鬼ごっごをして遊んだ。あたしは一度も捕まらずに逃げ切った。まだまだ甘いよ、ゆいたちは。


 だいたい二時半くらいにゆいたちが学校から出てきた。正面玄関でそれを出迎える。ゆいと一緒に出てきたのは朝一緒に登校したえみと同じクラスのちえだ。ちえは運動神経が良くて、お昼の鬼ごっごでは危うく捕まりかけた。まあでも、するりとかわしてやったけどね。下校も登校の時と同じように集団下校だ。校門を出て、ほんの少し行った所でちえとは別れた。ちえとあたしたちの家は結構離れているのだ。それでも、ちえは「公園で待ち合わせなー」と言って帰って行ったけど。そのまま、えみとも別れて何もなく下校し、家へとたどり着く。ゆいは「ただいまー」と靴を脱ぎながら言って、階段を駆け上がって自分の部屋にランドセルを置きに行く。あたしも家に上がって、リビングに向かう。そこでお母さんを見つけて『ただいま』と声をかけると、お母さんは振り返って「あら、おかえりー」とのほほんと返事をくれた。


 ゆいが二階から降りてきて、おやつのシュークリームを急いで食べる。あたしも用意されたおやつを急いで食べる。ゆいは二分も経たない内にシュークリームを食べ切った。


「遊びに行ってくる」


 ゆいは言って、リビングから出て、玄関に走っていく。あたしもおやつを口に含んだまま、ゆいについて行く。


「六時には帰って来なさいよー」


「わかってるー」


『あたしに任せといて』と玄関からお母さんに伝わるように大きな声で言った。ゆいも「いってきまーす」と大きな声で言ったら、リビングから「いってらっしゃーい」と返ってきた。そのまま、駆け足で公園に向かう。あたしの家の近くには住宅街の憩いの広場として結構大きい公園がある。そこでは、いろんな子供が遊んでいる。野球やったり、サッカーやったり、ブランコに乗ったり、滑り台を滑ったり、ジャングルジムに登ったりして。


 公園に着くと、そこには既にちえが待っていた。


「おそいよっ!」


 額に少し汗を浮かばせているちえに言われた。ちえの家は結構遠いと思っていたのに、ちえの方が先に着いているとは……。それから、ほんの少し経ってえみも来た。三人が集まったところで、何をして遊ぶかを話し合う。あたしはそんなゆいたちを見ながら、ぼーっとしていた。ゆいたちが決めたものなら何でもいいしね。


 どうやら、かくれんぼをすることに決まったみたいだ。この公園にはアスレチックや、木やら茂みやらで、意外と隠れることができる場所が多い。ルールとしては公園の外に隠れないこと、稲人山(いなとやま)に行かないことくらいだ。稲人山は公園の隣にある山だ。というか、公園が稲人山の麓にあるといった方が正しいかもしれない。


 もちろん、あたしは鬼じゃなくて隠れる方だ。じゃんけんで鬼はちえに決まった。


「じゃ、百まで数えるよ」


 ちえが公園にある木に顔をくっつけて、「いーちっ、にーっ、さーんっ」と数え始める。あたしとゆいとえみは一斉に全員別の方向に走って隠れる場所を隠す。さてどこに隠れようかなと辺りを見回しながら考える。かくれんぼだから鬼ごっごと違って見つかったら終わりだ。ちえの数える百秒の間に勝負が決まると言って過言ではない。裏をかいて、ちえの近くに隠れるか。それとも、オーソドックスに隠れるか、悩みどころだ。


 公園内を見渡すとゆいとえみはもう隠れたみたいだ。「ななじゅうろーくっ、ななじゅうなーなっ」とちえの声が聞こえる。まずい、変に考えすぎて、どこに隠れるか全然決められない。仕方がないと近くの茂みに身を潜める。


「ひゃーくっ! じゃあ、いくよー」


 ちえが大きな声でかくれんぼの開始宣言をする。あたしは茂みの隙間からちえの様子を見る。ちえはあたしのいるところとは反対の方向へと進んでいる。その様子によかったよかったと安心して、つい欠伸を漏らす。何か眠たくなってきた。茂みの隙間から来る風が気持ちいい。意識がふわんと飛んでいくのに、それに逆らえずにカクンと首が下がった。





「みーつけたっ!」


 その声にはっとして目を開けると目の前にちえがいた。あぁ、見つかったとあきらめて茂みから出ると、えみもちえが最初に数を数えた木の所にいた。ゆいの姿は見えないから、まだ見つかってないようだ。ちえが「あとひとりー」と意気込み、ゆいの探索の続きを始める。あたしは木の近くにいるえみの下に行く。えみが「みつかっちゃったね」と声をかけてきたので『そうだね』とだけ返す。眠たい頭を振って、欠伸をしながら、ゆいを探しているちえの方を見る。ゆいはまだ見つからないようで、ちえが公園を右往左往している。公園をあらかた探しても見つからないようで、あたしとえみも探すのを手伝うことになった。


 見つからない。ゆいが見つからない。公園内をくまなく探したけれど、見つけることができない。公園の時計が五時半を指しているのを見て焦り始める。ちえとえみもゆいが見つからないことに焦り始めた。もしかして公園の外に行ったのかと思ったけれど、ルールとして公園の外に隠れるのはダメだし、ゆいが何も言わずに行くはずがない。


「ね、ねえ、ちえちゃん。おまわりさんに言った方がいいかも……」


「う、うん。行こう、交番に」


 ちえとえみが公園を出て、交番の方に向かって行った。あたしは一緒に行かず、ここに留まった。ゆいに何かあったかもしれない。全員で交番に行って、時間を取られるよりも早くゆいを探して見つけたい。耳を澄ませて、ゆいの声が聞こえないかを探り、鼻でゆいのにおいを探す。とりあえず、公園の外回りを走りながら、ゆいの声や手がかりになりそうな音を探す。焦りを募らせながら、稲人山の入り口付近に差し掛かる。


 ──か、──て!


 ゆいの声だ! 聞こえた稲人山の方を見る。


 ──よぉ!


 声が小さくて、ある程度の方向しか分からない。それで十分だと稲人山に入り、声のした方へ走る。稲人山の中は鳥の声や他の動物の動く音が多くて、耳に雑多な音が聞こえてくる。それでも、ゆいの声を聞き分けて、声のする場所を正確に特定して、がむしゃらに走る。程なくしてゆいのにおいが少しだけ嗅ぎ取れた。確実にゆいがいる。茂みにもつっ込んで、声のする場所に一直線に突き進んで行った。


 茂みを突っ切ると古い小屋があった。山の神社への道を掃除する道具やらなんやらを入れている小屋だ。たまに、麓にある神社の人が掃除していたのを覚えている。


「だれか! だれかぁ!」


 その小屋の中から、ゆいの声が聞こえる。小屋に入ろうとするが、ドアが閉まっていて入れない。小屋を一周して、入れるような窓がないか探すけれど窓すらない。


 とりあえず、ドアの前に立って中に聞こえるように何度か『ゆいー』と大きな声を掛ける。こちらの声にゆいが気づいて、小屋から声が返ってきた。


「……も、しかして、メイちゃん? たすけて、メイちゃん! たすけて!」


 ゆいが無事でよかったと安心する。でも、ゆいの声が泣いている。この小屋のドアを開けたいが、外付けの鍵が掛けられていて自分ではどうすることもできない。大人を呼んで来るしかないなと考えて、ゆいに『大人を呼んでくるから、あと少しだけ待ってて』とできるだけゆいが安心できるようにやさしく声を掛ける。


「たすけて、メイちゃん! たすけて、たすけてよぉ!」


 ゆいが泣きながら必死に助けを求めてくる。小屋に一人閉じ込められて、あたしが声を掛けたくらいで

落ち着けるはずがない。だからと言って、ここにいてもあたしはゆいを助けられない。ゆいの泣き声に後ろ髪を引かれる思いになりながらも、あたしは小屋に背を向けた。


 小屋に背を向けて、急いで人を呼んで来ようとしたとき、こちらに来る一人の人物が目に入った。ある予感がして咄嗟に茂みに隠れた。茂みからその人物を窺う。この辺で見かけたことのない若い男だ。それにこんな夕方にここに人が来るなんてめったにない。そのことから、あいつがゆいを小屋に閉じ込めたのではないかという考えが行き着くまでは難しくなかった。茂みからじっとその男を見る。男は一直線に小屋へと向かっていく。あいつがゆいを小屋に閉じ込めて泣かせたのかと自分の中に怒りが湧き上がる。噛み殺してやりたい。


 男が小屋のドアに手を掛けて、鍵を開けようとする。あたしは体を屈めて、静かに男に近づく。男が鍵を開けて、ドアを開けた。一瞬、ゆいが嬉しそうな顔をして、男を見ると怖がるように声を上げた。


「やだ、こないで……」


 男はそれを無視して、下品な笑みを浮かべる。男の手がゆいを捕まえようと伸ばされた。その瞬間、あたしは全身のバネを使って走り、男の手に飛び掛って噛みついた。


「痛っ!?」


「メイちゃん!!」


 痛みに顔を歪める男とたすけに安堵の顔になるゆいが噛みつきながらも目に入った。一旦、噛み突くのをやめて男から離れる。男が痛みに耐えれずに手を押さえようとした瞬間、思いっきりジャンプして顔に飛び掛り、相手の顔に爪を立てる。


「いだっ!」


『ゆい!! 逃げて!!』と声を力の限り張り上げる。男が顔を振り回して、あたしを振り落とそうとする。あたしは必死に男の顔に爪を立てて、ひっかきながらもしがみ付く。ゆいが逃げる音がしない。振り回されながらも、ちらりとゆいの方を見ると、何に驚いているのか呆然としている。その様子に、あたしは大声で『ゆい! 何してるの? はやく! 急いで!!』と叱咤する。


「う、うん。わかった!」


 ゆいがはっとして、小屋から飛び出た。


 あたしは暴れる男にしがみ付くために、鼻にも噛みつく。しかし、男の手があたしの首を掴んで、力ずくで剥ぎ取られ、あたしは小屋の壁に叩きつけられる。


「メイちゃん!!」


 外に出たゆいがあたしを見て、こっちに近づこうと振り返る。『あたしはいいから、早く逃げて!! 人を呼んで来て!!』とあたしは痛みに耐えながら叫ぶ。


「いやだよぉ。メイちゃんおいていけないよぉ」


 泣きじゃくりながら、ゆいが立ち止まる。その声に男がゆいの方を見る。あたしは『いいから逃げろっ!!』と怒鳴り、男の手にもう一度噛みついて、男の手から解放される。地面に着地してから、ゆいの顔を見て『早く行けっ!!』ともう一度怒鳴る。ゆいがびくりと体を振るわせたが、腕で涙を拭いて「わかった」と言って、公園の方に向かって走り出した。


「待てっ!!」


 男がゆいを追い掛けようと動く。あたしは男の足首に全力で噛みついて、追い掛けさせない。

 許さない。ゆいを、妹を泣かせたこいつを。さっき見たゆいの顔に青い痣があったのが見えたんだ。こいつはゆいを殴ったんだ。あたしの大切な家族を。許さない。絶対に許さない。これ以上傷つけさせるもんか。噛み殺してやる。お前なんかあたしが噛み殺してやる。


 ぎりっと噛みつく顎に力が入る。口内に男の血が広がる。吐き出してしまいたいが、それよりも自分の怒りが収まらない。


「くそっ、なんだよっ!」


 男が足を振って、あたしをまた壁に叩きつけた。体の内へと衝撃が伝わる。口を離して、盛大に咳き込んだ。男はそれを見逃さず、噛まれなかった足の方で思いっきりあたしを蹴りつけた。壁と足とで挟まれて、蹴りの衝撃が全て体に叩き込まれる。それから何度か蹴りを叩き込まれた。二度目にゴキンという音が鳴った。四度目にボキリという音が体の内から耳に届いた。蹴られながらもゆいが逃げたかどうかを見る。蹴りが顔に入ったから、視界が歪んで見えてしまう。それでも、音で、においで、歪んだ視界でゆいがいないことを確認出来た。男の蹴りが入る。ゴキリという音が体に伝わった。咳き込んで、胃の内容物を吐き出した。体中が痛くて手足に力が入らない。


「やっと動かなくなったか」


 男がゆいを追い掛けようとあたしから目を離す。男がゆいを追い掛けたら追いつくかもしれない。そんなことなって欲しくないし、させたくない。あたしは痛いという感覚を放り投げて立ち上がる。


 痛いとかどうでもいい。ただ、こいつをゆいの下へは絶対に行かせない。


 ふらふらとした足取りながらも『待てよ。マヌケ野郎』とあたしははっきりと相手に聞こえるように言った。男がこちらに振り返る。ひっかかれたり、噛みつかれた男は至る所から血を流している。あたしを見た男の顔にありありと浮かぶ恐怖の表情が見て取れた。


「何なんだよっ! 一体何なんだよっ! このネコはっ(、、、、、、)!!」


『うるさい、黙れ! クソ野郎』ともう一度叫んで、足に力を込める。男は半狂乱となって、あたしに向かって何か言ってくる。そんなくだらないことは全部無視して、あたしは持てる力を振り絞り男に飛び掛った。





 血まみれになった男がゆいとは反対の方向へと走って行く。ゆいに追いつけないと諦めたようだ。これでゆいは大丈夫だと安心する。安心した瞬間、足の力が抜けて崩れ落ちた。今まで無視していた痛みが戻ってくる。苦痛に顔を歪めるが、ゆいのところに行かないと、と思って痛いのを我慢して立って麓の公園に向かって歩く。しかし後ろ左足に激痛が襲い掛かってきて、その場に倒れてしまった。挫いたか、折れたかしたかもしれない。もう一度立って後ろ左足を地面に着かないように三本の足だけでひょこひょこと歩く。どうにか麓の公園までたどり着くと、ゆいたち三人とお巡りさんがこちらに向かって来ていた。


「メイちゃんっ!!」


 ゆいがあたしに気づいて走って近寄ってきた。お巡りさんは何か連絡を取っている。


「メイちゃん! だいじょうぶ? 病院に行かないとっ!」


 ゆいに抱きかかえられる。その際、ゆいの手が胸に当たって痛かったが我慢する。ゆいの顔にある青痣をやさしく舐める。ゆいがくすぐったそうな表情になるを見て、安堵して目を閉じる。もう限界だ。


「メイちゃん? メイちゃん! どうしよ、どうしよっ!」


 ゆいの慌てる声が聞こえたけど、意識を保つことができずに、ゆいの腕の中で深い眠りの中へと落ちた。





 目を覚ますとゲージの中にいた。首に何か巻かれている。後ろ左足にも何か巻かれて固定されていた。『だれかー』と声を上げると、見知らぬ女性が入ってきて、あたしを見て微笑みゲージごとあたしを持った。女性に連れられて移動したところにはゆいとお父さんとお母さんがいた。ゆいたちの目の前にゲージは置かれ、開けられたので、三本の足でおぼつかなく外に出た。ゆいが勢いよく抱きつこうとしたのをお父さんが止めた。ゆいがしぶしぶそれに従い、あたしをそっと抱いた。


「よかったぁ」


 ゆいに安堵の表情になる。お父さんとお母さんは先ほどの女性と一緒に別室に言った。行くときに、ゆいに大人しくしている様にとだけ言って。


 ゆいと二人きりになる。ゆいの顔にはガーゼが貼ってあり痛々しい。『ゆい、顔大丈夫?』と心配して声を掛ける。


「だいじょうぶだよ。それよりもメイちゃんの方が大怪我しているんだからあんせいにしてなきゃいけないんだよ」


 それから、どうしてあんなことになったのかをゆいに聞いた。ゆいが言うには、かくれんぼで隠れているときにあの男に道を聞かれて答えようとしたら、いきなり連れて行かれて、あの小屋に閉じ込められたそうだ。あと逃げた男は捕まったそうだ。血まみれだったから、すぐにお巡りさんに見つかって取り押さえられたらしい。それを聞いて一安心した。


 それから、ゆいはあたしの体の状態についても説明してくれた。あたしの状態は「ろっこつは折れてて、後ろ左足はほねにひびが入っていて、あとはだぼくとかきりきずとかしているから、少なくとも一ヶ月はあんせいにして、数日はここに入院だって」ということだ。つまりは一ヶ月以上外出禁止だそうだ。ゆいと一緒に学校に行けなくなるということに気づいて落ち込む。それにゆいと一緒に外に遊びに行くこともできない。それをゆいに言ってうなだれると、あたしを抱いたゆいの腕に少し力が入ったのがわかった。


「だいじょうぶだよ。私がメイちゃんのかんびょうするから……」


 ゆいの声が少しだけ震えていた。今回のことがあったから、外に出るのが怖いのかもしれない。あたしは前足でゆいのほっぺをぐいっと押して『ゆいが看病してくれるなら、あたしはゆいに九九を教えてあげる』と落ち着けるようにやさしく言った。すると、ゆいは少し驚いたのか目を丸くした。


「メイちゃんは九九できるの?」


 ゆいがそう聞いてくるので、あたしは胸を張って『できるよ。なんたってあたしはゆいのお姉ちゃんだからね』と声高らかに言った。「すごーい」とゆいが褒めてくれる。ゆいが何かに引っかかったのか首を傾げた。


「おねえちゃん?」


 そこを疑問に思うのかとため息を吐いた。それからあたしはゆいに対して『そうだよ。あたしはゆいのお姉ちゃんでしょ。何で疑問に思うの?』と少し口を尖らせて言った。ゆいはそれを聞くと、にかっと笑って嬉しそうにあたしに言ってくれた。


「別にぎもんに思っていないよ。メイおねえちゃん♪」


 初めてゆいの口からお姉ちゃんという言葉を聞いたかもしれない。メイお姉ちゃん。とても良い響きだ。あたしが上機嫌にちょっと気持ち悪い笑い声を漏らしているとお父さんとお母さんが戻ってきた。一緒にいる女性に何かを言って、こちらに来た。お父さんとお母さんがやさしくあたしの頭を撫でてくれる。


「私たちは帰るから、少しの間だけ我慢してね」


 お母さんが言うには、もう家に帰るみたいだ。あたしも帰りたいが、数日入院することになっているから仕方ない。ゆいがあたしのことをお姉ちゃんと呼んだのだから少しのことぐらいは我慢しよう。ゆいが「明日も来るからねー、おねえちゃーん」と大きな声で言いながら手を振って帰っていった。あたしはまたゲージに入れられて、最初にいた場所に戻された。


 今日はあたしの猫生の中でも一番ハードな一日だった。こんな大怪我するなんて。ふと朝の占いを思い出す。朝の占いで「ケガに気を付けましょう」と言われたのに、見事に大怪我を負ってしまった。占いが大当たりだ。ということは、ゆいの占いも当たっているんではないかと考える。ゆいの占いは「大事な人とお話ができるようになるでしょう」だった。


 ゆいの大事な人って一体誰だ? えみやちえは毎日話しているから違うだろうし。じゃあ、やっぱり学校で誰か好きな人ができたのか?


 あたしは悶々として唸る。あたしの占いが当たっていたから、ゆいのも当たっている可能性がある。一体誰とお話できるようになったんだと必死に答えを見つけよう頭をフル稼動させるが、全然わからない。学校で誰か好きな人ができたとしか考え付かない。いやでも、お話ができるようになるだけだからと自分を落ち着かせようとするけど、頭から全く離れない。あたしはどうしようもなく苛立って病院にも関わらず叫んだ。


『ゆいは一体誰とお話ができるようになったんだー!!』


 その叫びもむなしい響きとなって消えるだけだった。

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[良い点] オチがついてていいね、猫と話せたよ!
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